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第17章

 小姓は振りかざした短刀を、ざっくりと王妃の背に突き立てた。凄まじい悲鳴が、嘔吐物とともに王妃の口から溢れ出た。王妃は飛び出さんばかりに目を見開き、渾身の力を込めて振り返った。そこには、返り血を浴び、目を爛々とぎらつかせ、小刻みに身を震わせて立ち塞がる小姓と、残酷に微笑むアーロンの姿があった。小姓は小刻みにその身を震わせ、その双眸にうっすらと涙を浮かべつつ、ゆっくりと、震える手でターバンを外した。艶やかな金髪が、ターバンからこぼれ出た。身を裂く痛みと恐怖の中、王妃は自分に刃を突き立てたのが、他ならぬ自分の娘であったことを知った。

 娘は青い目を見開き、ぎりぎりと音が立つほどに歯を食い縛って、再び、母親に刃を向けて斬りかかった。だが、少女のか細い腕では、なかなか止めを刺すことができなかった。生殺しの苦しみに王妃は悶絶し、失神したが、絶命はしていなかった。

「貸せ」

 アーロンは王女の手から、短刀を奪い取った。そして、血まみれになった王妃と、自らの仇である国王に目を向けた。髪も歯も抜け、皮膚も完全に腐った国王は、もう既に国王ではなく、単なる腐臭を放つ肉塊以外の何物でもなかった。だが、その窪んだ眼窩の奥で、目玉だけは異様にぎょろついていた。

「人を殺すときというのはな」

 アーロンはぞっとするような笑みを浮かべ、短刀の切っ先を王妃の目に突きつけた。

「こういうふうにやるものだ」

 彼はそう言うと、短刀の先で王妃の目玉を抉った。失神していた王妃は、再び空を引き裂くような悲鳴を上げた。

 寝台に蹲った肉塊が、くぐもった声を漏らした。眼窩の奥の目玉が、かっと王妃のほうを向いた。アーロンは抉り取った王妃の目玉を短刀の先に刺すと、肉塊のほうに向き直った。

「どうだ、おまえが最も寵愛した者たちが、たかが楽人の男如きを巡って、醜く殺しあう様は。王妃も王女もおまえを裏切り、毎晩のように私と寝ていたのだよ。卑しい詩人の私とな。大声で衛兵を呼び、私を嬲り殺させたいか。だがもうおまえには、声を出すことはおろか、怒りと嘆きに髪を掻き毟り、涙を流すことすらもできまい。私の愛するジーナを、権力でもって死に追い遣ったおまえであってもな!」

 国王であった肉塊の眼窩の奥が、ぴくりと動いたようであった。汚れた眼球には、それを覗き込むアーロンの姿が映っていた。その白い肌は紅潮し、黒い瞳は月かげを帯びたような光を放っていた。

「そうだ」

 アーロンは更に、肉塊に向かって語り続けた。

「この女は、貴様の気に入りだったな?この売女の体に溺れていた貴様のことだ、冥土へ行っても、さぞかしこの女と姦けたことが忘れられずに苦しむだろうよ。この世に未練を残さずに済むよう、私が貴様等をひとつにしてやるよ、永遠にな」

 アーロンはそう言うと、やにわに王妃に歩み寄り、衣装を剥いで豊かな双の乳房を抉り取った。そしてそれを、肉塊の中に捩じ込んだ。人間のものとは思えぬような叫びをあげ、遂に王妃は絶命した。

「冥土で雌豚と戯れていろ」

 アーロンはそう呟くと、身の毛のよだつような笑い声をあげた。ヨアンナはその姿に恐懼し、わなわなと震えながらその様子を見ていた。アーロンは笑いながら短刀を振りかざし、今度は肉塊の心臓を抉った。弱った心臓はぴくぴくと動いていたが、アーロンが刃を突き立てると、空気が抜けるような音をたて、やがて動かなくなった。そしてまた肉塊そのものも、痙攣するような動きを止めた。アーロンは遂に、宿敵をその手にかけたのだ。彼の中の残虐な炎が興奮と喜びに一層燃え上がり、彼は込み上げる笑いを抑えることができなかった。

「少し目を離した隙に、一体何だ?」

 アーロンの笑い声に気付いた衛兵が、凄まじい腐臭を少しでも吸い込むまいと布で鼻を押さえつつ、王の部屋へと踏み込んできた。だが、そこに漂うただならぬ禍々しさに気付き、彼はあっと息を呑んで立ち尽くした。最早顔の見分けのつかなくなった、妻妾の一人と見られる女の死体が転がり、肉塊の心臓が抉られている。目を見開き、ただただその場に立ち竦む王女ヨアンナ、そして血塗られた短刀を握り締め、リュートを抱えた背の高い若者。若者は衛兵を振り返った。その血に染まった衣装の真紅と、鋭い光を放つ切れ長の瞳の黒は異様に鮮烈で、悪夢かと思われるような光景のなかで、奇妙な生々しさを放っていた。

 

 

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