第16章
アーロンの毒の効果により、国王は今や生ける屍と化していた。王の顔は見分けがつかぬほどぼろぼろに崩れ、常に掻き毟るために彼の体からは粘り気のある血がだらだらと流れたままになっていた。それでも、酷い痒みは治まることがなかった。王は爪が腐り果て、既に崩れた指で何とか体を掻こうとするが、ぐにゃりと指が血まみれの皮膚にめり込むばかりで、痒みが癒されることはなかった。やがて王の体は痩せ衰え、皮膚は穴だらけとなり、はじめは苦しみに悶絶していたその叫び声も、最早くぐもった呻き声となっていた。国王の私室の床は、絶えず流れ続ける血と汚物にぬらつき、この世のものとも思えぬほどの異臭を放っていた。
宮廷医師たちは、原因不明の主君の病に既に匙を投げ、王の寵を得るためにあれほど躍起になっていた妃嬪たちも、最早誰一人王に近づくものはなかった。混乱を避けるため、主だった廷臣は、ひたすらこの事実を隠そうとしていた。そのために毎日、誰もいない浴場には、相変わらず盲目の楽人たちが呼ばれ、ことここに至ってアーロンは、王の部屋と偽り、誰もいない別の部屋に通されるようになった。誰もがあたかも主君が健在であるかの如く振舞ったが、しかし、王の私室から漏れるただならぬ異臭は、隠そうにも隠せるものではなかった。誰もが国王の崩御を予感し、城内は俄かに慌しくなった。
そしてアーロンは、遂に彼自身のための時が来たことを確信した。彼は目隠しを外し、真紅の晴れ着に身を包むと、リュートを抱えて真っ直ぐに国王の部屋へと向かった。
さて、この広い宮殿の中に、もう一人、自らの来るべき時が来たことを確信している者があった。外部の騒乱とは無縁であるかのような、美しい調度を設えた王宮の一室で、彼女は象嵌を施した美しい短刀を手に微笑んでいた。その鏡のような刃には、金色の髪に青い瞳をした若い娘の姿が映っていた。そう、それは、王女ヨアンナであった。
「アーロン・・・・・・」
彼女は、恍惚と呟いた。アーロンと逢瀬を重ねるようになってからというもの、彼女は身も心も、更に強く彼を欲するようになっていた。彼と会わない日は、彼を恋しく思う余りに、身が焦がれるほどの苦痛が彼女を苛んだ。彼女の心の中には、恋人の言葉が、まるで音楽のように響いていた。愛している・・・・・・。母上さえ・・・・・・。
―あのとき、彼は何と言いたかったのだろう。母上さえいらっしゃらなければ、あの人は私だけものになるのかしら。たとえ本当は彼が私を愛していなかったとしても、母を殺すことで、私は彼を喜ばせることができるのかしら・・・・・・。
王女は思いを巡らし、再び手の中の短刀を見つめた。そのすらりと尖った切っ先は冷たく、残酷な輝きを帯びていたが、軽く弓のようにしなやかな弧を描いた刃身の形と、宝玉に彩られたうねるような装飾が、彼女の心を魅了した。美しい宝剣を見つめていると、彼女はまるで、アーロンを見ているかのような錯覚に囚われるのであった。
「アーロン・・・・・・」
王女は再び、恍惚と愛する者の名を口にした。彼女は短刀を鞘に収めると、それを胸にかき抱き、寝台に横たわった。わが身が押し潰されるような切なさと快感が同時に込み上げ、その昂まりのうちに彼女はあつい吐息を漏らした。
暫しの恍惚ののち、王女はやがて、ゆっくりと目を開いた。そして寝台から身を起こすと、小姓が着る少年の衣装に身を包んだ。時は来た。父の崩御が近く、この騒ぎで宮殿の警備が手薄になった今しかない・・・・・・。ヨアンナ王女の目がきりきりとつり上がった。彼女は握り締めた宝剣を腰に帯びると、アーロンと時を同じくして父王の部屋へと向かった。
アーロンが王の部屋に就くと、そこには既に、医師に呼ばれた王妃が先に到着していた。凄まじい異臭と夫の凄惨な姿に、彼女は激しく嘔吐を繰り返していた。だが、彼女はすぐに、アーロンの気配に気付いた。そして彼女が振り返ろうとしたその瞬間だ。突然部屋に滑り入った小姓が剣を振りかざし、彼女に躍りかかった。




