第15章
「そなた、名は何と申す」
国王は思わず、美しくリュートを奏でたアーロンに問うた。アーロンは突然の国王の問いかけに驚いたが、すぐに額づき、平身低頭して答えた。
「畏れながら、陛下に申し上げます。我が名はアーロン、吟遊詩人でございます」
「アーロンと申すか」
国王は目を細め、アーロンの姿を見た。目隠しに覆われ、その美しい瞳は隠れたままだったが、高く尖った鼻梁と微かに笑みを含んだような形のよい薄い唇は、凛々しいが同時に魅惑的でもあり、美しいものを愛でる王の心を満足させた。象牙の塔のようにすらりとした体に纏った真紅の長衣と、軽く束ねた黒々と輝く長い髪が、磁器のような白い肌に照り映え、アーロンの姿だけが目映い光に包まれているかのようであった。
王は一瞬、何もかも忘れた。自分を襲う苦しみのことも、そして自らが王であることすらも。妙なる楽の音の余韻と、アーロンの類稀なる美しさに、王は暫し陶然となった。暫くして漸くふと我に返ると、彼は再び口を開いた。
「アーロン、これから毎日、朝と夕に余の許で楽を奏でることを命ずる。よいな」
それだけ言うと、王はローブを羽織り、浴場を後にした。妃嬪たちも、急ぎそれに従った。楽人らも引き上げ、あとは独りアーロンだけが残された。
一時の興奮が収まると、彼は誰もいない浴場のテラスで、再びリュートを爪弾いた。彼は奏でた、かつてジーナのために弾いた弔いの曲を。甘美な感傷と、先程ここで感じた奇妙な興奮と快感の余韻がアーロンの心を満たし、彼は再び恍惚のうちに囚われた。
恍惚のなかで、彼は再び自らの復讐に思いを巡らした。これから王の側に近侍することで、彼はその苦しむさまをつぶさに知ることができるであろう。彼はそのことに満足した。彼の口元に、ゆっくりと笑みが広がった。
早速その日の夕刻から、アーロンは王の召還に応じ、彼のためにリュートを奏でることとなった。王は突如襲った皮膚の病にかなり苦しんでいるらしく、その呻き声が厚い扉の外までも聞こえてくるようだった。しかもその呻きは日に日に凄烈を増すようになり、耳を聾せんばかりの悲鳴に加えて、ばりばりと皮膚を掻き毟る音さえも、目隠しをしたアーロンの耳に届くようになった。
必死で制する医師たちの手を振り払い、王が酷い痒みにのたうちまわる様子を、アーロンは手に取るように知ることができた。王の前での彼は常に礼儀正しく、彼の奏でるリュートが王の心に一瞬の安らぎを与えたので、王はアーロンを寵愛し、多くの褒美さえ与えた。だが、この束の間の安寧のあとには、更なる苦しみが王を襲うのであった。
アーロンは王妃の元を訪ねた折、王の体にどのような目に見える変化が起こっているかを必ず訊ねた。その度に王妃は、主君の苦しむ様子をつぶさに語って聞かせた。アーロンはその度に、満足げな笑みを王妃に向けるのであった。彼の美しい面差しが、残酷な悦びで一層輝きを増すのを見ると、王妃は更に微に入り細を穿って王の様子を説明して聞かせるのであった。
王妃の話から王の様子を思い描き、また自分が耳にした王の悶え苦しむ声を思い出すと、アーロンは名状しがたい快感と興奮に襲われた。王と初めて言葉を交わした日に思い描いた殺戮の光景と、美しいジーナの姿が彼の脳裏に幾度も浮かんだ。そうなると彼は、自分の中に暴力的な衝動が湧き出すのを感じるのであった。彼はその衝動に身を任せ、これまでになく激しく王妃の体を求めるようになった。王妃はその様子に、彼と自分との更に強くなった絆を感じていた。女は悦楽のうちに、彼に自らの肉体を供した。
アーロンが王に近侍するようになってから、二十日余りが経った。毒の効果は、思ったよりも早く出ているようであった。表立っては、敢えて誰も何も言わなかったが、陰では国王の崩御すら噂されるようになり、城内は混沌の闇の底に突き落とされようとしていた。




