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第14章

 アーロンの毒酒を飲み始めて十日目、贅を尽くした浴場で、王がいつものように盲目の楽人たちに楽を奏でさせ、多くの妃嬪たちとともに趣向を凝らして湯浴みを楽しんでいるときであった。王の背中の皮膚にあるごく小さな異変が、ふと妻妾の一人の目に留まった。

「陛下、これは・・・・・・」

 妃嬪たちは、皆彼女の指差すそれに注目した。小指の先ほどの大きさだが、王の背には、白い斑点がひとつできていた。

「一体、何だというのだ」

 王は思わず、皆が訝しげに見ている背中の斑点に手を伸ばした。と、その瞬間である。耐え難いほどの痒みが、突然彼を襲った。彼が思わず白くなった皮膚を擦ると、僅かに擦っただけであるのにも関わらず、傷口からは鮮血が溢れ出た。しかも痒みは、掻くほどに酷くなるようであった。

「痒い!!」

 王は思わず叫んだ。傷口は広がり、血が更に滲み出たが、それでも痒みは強くなるばかりであった。王は身悶えせんばかりに、激しく背中を掻き毟った。

 尋常ならざる主君の様子に驚いた小姓が、すぐに典医を呼んできた。彼は疥癬と判断し、すぐに薬を染み込ませた布で止血した。だが薬は全く効かず、王は更に襲う耐え難い痒みに悲鳴を上げるばかりであった。また、どんなに止血をしても、血は緩やかに流れ続け、止まることがなかった。

  ―これはひょっとすると、何か怖ろしい伝染病なのではないか・・・・・・。

 恐れをなした妃嬪たちは、さっと王の傍を離れ、身悶えする彼を取り囲んでは、不安げな様子で互いに目を見交わしあっていた。

 盲目の楽人たちに混じり、目隠しをしてテラスでリュートを奏でつつ、アーロンは階下の浴場で起こる騒ぎにじっと耳を傾けていた。

 ―ついに毒の効果が、目に見える形で現れてきたようだ。あの男はまだ、これから更なる苦しみが自らを襲うであろうことを知るまい。私の愛するジーナを辱めたその肉体も、やがて醜く崩れ果てよう。富や権力をもってしても自らを救うことができぬ運命の拙さと、穢れきったその身を呪うがいい!

 アーロンはそう思うと、身震いがするほど胸が高鳴るのを感じた。そして目隠しをかなぐり捨て、苦しむ仇の姿をどうしても一目見たいという強い欲望を感じた。だが、今はまだそのときではなかった。彼自身が、そのことをよく知っていた。

 階下から聞こえる、耳を劈くような仇敵の悲鳴は、これからこの宮殿で繰り広げられるであろう血の惨劇と、仇敵の完全なる征服の場面を、目隠しをしたままのアーロンの瞼の裏に、はっきりと浮かび上がらせた。阿鼻叫喚の巷と化した宮殿を、壮健であったかつての面影を最早失い、醜い肉塊と化してのたうちまわる国王の姿。血と肉が飛び散り、狂乱の最中に逃げ惑う王の側近たち。皮膚が裂け、醜く変わり果てた妻妾たち。そして、自ら祭司となり、この血の儀礼を愛するジーナに捧げる彼自身の姿。儀礼の果てには、凄惨な惨劇のうちに滅んだ宮殿の高い屋根に、光り輝く衣を身に纏ったジーナが舞い降りる。彼女は美しく微笑み、アーロンの勝利を優しく祝福する・・・・・・。

 アーロンは恍惚と、自らの思い描く勝利の風景に酔った。彼は特に、醜い肉塊と化した国王を供犠として捧げる自らの前に、女神のような姿でジーナが現れる場面を幾度も繰り返し想像した。彼は小刻みに身を震わせ、その形の良い唇を半ば開いて、うっとりと微笑んだ。そして、彼は無意識のうちに、まるで女を愛撫するかのようにリュートの弦を弄った。彼自身の恍惚の境地をあらわすように、リュートは聞くものを幻惑させるような、妙なる調べを奏で始めた。

 その調べに、思わず他の楽人たちは、楽の音を止めた。階下の医師も、王の手当てをする手を止めた。騒いでいた妻妾たちも、うっとりとアーロンの楽の音に聞き入った。そして、たった今まで、ただならぬ痒みに悶絶していたはずの国王すらも。

 突然の周囲の変化に、アーロンはふと我に返った。彼は戸惑い、辺りを見回すかのように首を振った。その様子に目を留めた国王は、階下から彼に声を掛けた。


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