第13章
一方王妃の部屋には、アーロンと入れ違いに国王が入ってきた。丹念に刈り込まれた白い頬髯と顎鬚、艶々とした肌の色。盛りを過ぎて尚壮健な長身の体躯を、ゆったりとした絹のローブで包んだ王の姿は、この世の贅と権力を極めた者のみが備える、独特の風格を醸し出していた。
王は何も言わず、妃の寝台に上った。王妃もまた、艶やかに微笑んで彼を迎えた。二人はそうして、いつものように肉欲の限りを尽くした。
情交が済むと、王は眠る前に美酒を口にすることを習慣としていた。王妃は運ばれてきた王の葡萄酒に、こっそりと隠し持っていたアーロンの毒薬を一滴垂らした。真紅の液体がゆらゆらと広がり、やがて紫色の葡萄酒は、血のように紅くなった。それはこの世のものとも思えぬほどの芳しい香気を放ち、これが怖しい毒だと知っている王妃すら、どうしても一口味わいたいという抗いがたい欲望に囚われるほどであった。
「我が君、これを」
王妃は妖艶な笑みを浮かべ、王にこの旨酒を差し出した。その血のように鮮やかな美しい紅い色と、えもいわれぬ芳香に、王は思わず目を見張った。女はじっと、瞬きもせずにその様子を眺めていた。
「ほほほ、美しいでしょう。それに、とてもよい香りが致しますわ。さ、一気にお召し上がり下さいな」
女の言葉に促されるように、王はゆっくりと美酒を口に含んだ。甘美な味わいと香りが広がり、彼は思わず驚嘆した。
「余はこれまでに美酒という美酒を味わい尽くしてきたが、これほどまでの名品にはついぞ出会ったことがない。一体これを、どこで手に入れた?」
「それはいかな我が君と雖も、申し上げる訳には参りませぬ」
王妃は笑って帰ると、蠱惑的に身を捩ってみせた。
「陛下の御寵愛を得たいばかりに、多くの妃嬪たちが、躍起になって各地から銘酒を取り寄せているのですもの」
「秘密は誰にも漏らさぬ。妃よ、頼むから教えてはくれぬか。他の誰にも申しはせぬ」
珍しく人に何かを懇願する暴君の姿に、王妃はとうとう堪えきれずに高い声で笑った。
「そのうちに」
彼女は笑みを含んだまま囁いた。
「きっといつか、おわかりになることもありましょう。いつかきっと」
王はうむと唸ると、美酒を一気に飲み干した。体の奥が火のように熱くなり、言いようのない快感が彼を捉えた。王は酒を飲むとすぐに眠ってしまうのが常であったが、今夜は別であった。身を蕩かすような快感のなか、彼は異様な興奮を覚えていた。彼がぎらぎらと光る目で、ふと傍らの王妃を見遣ると、嫣然と微笑む彼女の艶やかな髪が、ややはだけたローブの胸元を緩やかに縁取っている。ローブから覗く女の豊満な乳房に、王は再び情欲が体の底から湧き上がるのを感じた。
異常に興奮した王は、淫情の赴くまま、半ば羽交い絞めにするように王妃を寝台に押し倒した。
「まあ、お盛んですこと」
王妃はふざけて言ってはみたものの、尋常ならざる王の様子とあまりに激しいその愛撫に、実のところかなり当惑していた。彼女が痛みに悲鳴を上げねばならぬほど、毒酒を飲んだ王は激しく彼女を愛した。
この日以来、王は毎晩王妃の寝所を訪ねるようになり、他の妃嬪たちはうち遣られた。王妃を尋ねた王は、毎晩必ずあの紅い美酒を所望した。日に日に彼は、それなしではいられなくなるようであった。そして酒を飲んだあとは、王妃に強引に情交を迫り、獲物を喰らう飢えた獣のように、彼女の肉体を貪った。
また、アーロンの紅い毒酒を口にするようになってからというもの、元来激しかった王の気性は更に激しさを増すようになった。何かにつけて落ち着きをなくし、苛立ちを露にする主君の様子を見て、臣下の者は、夜毎の後宮での不摂生が祟っているのだと密かに噂した。しかしそれでも、目に見える変化はすぐには現れなかった。
王がアーロンの毒酒を口にするようになってから、十日目のことである。ついに最初の異変が、彼の体にはっきりと現れた。




