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第12章

「何だって?」

 王妃は思わず問い直した。怪訝そうな顔をした彼女に、アーロンは目を細め、唇の端を吊り上げた、独特の狡猾な笑みを返した。

「私は貴方様の正式な夫に、と申し上げたのです。お分かりですか」

 アーロンは不敵な笑みを浮かべたまま、じっと王妃を見つめた。女の怪訝そうな顔が、次第にさも意を得たりと謂わんばかりの愉悦を含んだ笑みに変わった。彼女は喜悦と陶酔の入り混じった眼差しで、アーロンを見つめ返しつつ、彼に顔を寄せ、声を潜めて言った。

「しかし、我が君は極めてご壮健。何か秘策はあるか」

 アーロンは頷き、懐から赤い液体の入った小瓶を取り出した。

「これを・・・・・・」

 彼はそう言って、瓶を女に差し出した。瓶の中の薬の紅い色がアーロンの白い肌に照り映え、黒い泉のような思慮深げな双眸が、一層妖しい光を放つかに見えた。その様子は何やらぞっとするような、だが人の魂を奪うような、不思議な美しさを湛えていた。王妃は想わず、ごくりと息を呑んだ。瓶を翳し、女を見据えつつ、アーロンは更に続けた。

「ご壮健な国王が急に亡くなられたのでは、我々に疑いの目を向けるものもありましょう。しかしこの毒薬を使えば、その疑いをも免れます。この薬は見た目も美しく、また大層良い香りがしますが、実はこの世に並ぶものとてないほどの強い毒です。これを毎日一滴ずつ、陛下のお飲み物に混ぜて御覧なさい。今は頑健な陛下も、病に罹られたかの如く、徐々にお力が失せてこられることと存じます。そしておそらく三月もすれば、あたかもご病死であられるかのように・・・・・・。そのあとは・・・・・・、貴方は後宮の女主人で、大変な権力をお持ちだ。私を新たな王として擁立することなど、造作もないことでしょう。そうすれば必ず・・・・・・」

 アーロンは一層目を細めた。

「今はそうもいかないが、貴方の正式な夫となれば、私は毎日誰憚ることもなく、貴方にお会いすることもできましょう」

「それが、おまえの望みなのだね?おまえの望む王座を与えてやれば、おまえは私だけのものに、きっとなってくれるのだね?」

「私は今でも、貴方様だけのアーロンでございます。私は吟遊詩人のアーロン、貴方ひとりにお仕えする・・・・・・」

 アーロンは笑みを浮かべ、跪いて答えた。王妃は想わず、彼をその胸にかき抱いた。

「お前が我が夫となれば、誰憚ることなくお前に会うことができる。そして、おまえは私だけのものに・・・・・・」

 女はうっとりと呟くと、アーロンから紅く美しい毒薬を受け取った。

「必ず、おまえの望みどおりのものを与えてやろう。約束致す」

 アーロンはにやりと微笑み、王妃に荒々しく口付けすると、隠し扉を押して、部屋の外へと消えた。

 王妃の寝室を出た後、アーロンは真っ直ぐ、王女との待ち合わせ場所に向かった。薔薇の香気の漂う花園で、少年のように長い金髪を束ねた王女が待っていた。アーロンの姿を見るなり、彼女の面がぱっと華やいだ。彼は、彼女に口づけをした。彼女には彼の唇が触れたところから、自らの身が燃え上がっていくように思われた。二人はそのまま、花陰にくずおれた。

 熱い愛撫のあとのけだるさと甘い花の香りのなかで、王女はふと、隣でまどろむアーロンを見遣った。彼の面は如何にも端正に整い、男性的であったが、その寝顔は、まるで少年のようであった。その彼を見ていると、王女の胸の中には、言いようのない哀しみが込み上げるようであった。

「アーロン」

 彼女は、誰に言うともなく、愛する者の名を呟いた。

「知っているわ、何もかも。どうして私が、貴方に毎日会えないのかも。本当ならば、ずっとこうしていたい。でも、それは所詮叶わぬ夢。こうして一緒にいられる時があることを、感謝しなくてはならないわね・・・・・・」

 少女の諦めを含んだような、切なげな呟きに、アーロンはゆっくりと目を開けた。

「アーロン、目が醒めたのね」

 王女は微笑んだ。アーロンも、優しげに微笑みを返した。

「ヨアンナ様。私も、できることならずっと、貴方とこうしていたいのです」

 は王女の手を取り、悲痛な表情をしてみせた。

「愛する貴方とだけ、こうしていることができれば、どんなにか良いことだろう。お母上さえ、・・・・・・いや・・・・・・」

 アーロンはわざと口を噤み、ちらと傍らの王女の様子を見遣った。彼女は、まるで子供をあやすように、アーロンの広い背を撫でていた。その面は穏やかではあったが、彼の望みであれば命すらも厭わぬほどの、厳然とした決意を宿していた。それを抜け目なく見て取ったアーロンは、一人心の中で北叟笑んだ。

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