第11章
王妃に取り入って宮廷楽人となったアーロンが、宮殿で寝起きし、王妃とその娘である王女との逢瀬を重ねるようになって早三月が過ぎた。
楽人たちの務めは、後宮の中庭に設えられた浴場で、王が妻妾たちと湯浴みを楽しむ際、テラスで楽を奏でることであった。だが、楽人たちは宝玉で象嵌が施された豪奢な浴場も、王の妻妾たちの豊満な裸体も、決して見ることはなかった。というのは、彼らは皆ここへ来る際、王の命により両の目を潰されていたからである。ただ、王妃の計らいにより、アーロンだけはこの残酷な仕打ちから免れることができた。彼はそれを誰にも知られぬよう、人前ではいつも他の楽人たちと同じように、黒い目隠しをしていた。
王と妻妾たちが浴場で睦み会う淫らな声を耳にするにつれ、アーロンはリュートを爪弾く指が怒りに震えるのを感じた。あの男は、ジーナもこうして慰みものにしたのだろうか。彼は怒りと悲しみを必死で抑えつつ、毎日王のためにリュートを奏でた。そして、その黒い目隠しの下で、彼は毎日見えない筈の王の姿を見ていた。自分の毒に倒れ、じわじわと生ける屍となり、やがては悶絶して醜く果てるであろう王の姿を・・・・・・。
アーロンは、昼間は楽を奏で、夕刻になると王妃の元へ通った。女はすっかり、若いアーロンにのぼせ上がっていた。彼は毎日、明日も来ると王妃に約束したが、実際のところは、わざと一日おきにしか彼女のもとを訪れぬようにしていた。王妃の元へ通わぬ日、彼は秘密の抜け道を通り、あの花園で王女との情事を重ねていた。
ある日、いつものように枕を交わした後、王妃はとうとう、アーロンを睨み付けながら詰った。
「おまえ、・・・・・・何故毎日来ると言いながら、一日おきにしか妾を訪れぬ?他に意中の女でもおるのかえ?」
「おやおや、慈悲深い王妃様が、私をお疑いになられるとは」
アーロンはおどけたように言うと、冷ややかに女を見遣った。
「私が貴方様を差し置いて、そのようなことをするはずがございましょうか」
言葉こそ慇懃ではあったが、そう言い放つアーロンの態度は、いかにもぞんざいであった。彼は不機嫌そうに服を着込み、隠し扉を押して部屋から出て行こうとした。
「待て!」
王妃が呼び止めた。アーロンは、いかにもうんざりした様子で振り返った。
「おまえ、妾が何も知らぬとでも思うておるのか!王女だろう、私の元を毎日訪れぬのは、我が娘と逢瀬を重ねておるからなのであろう!」
王妃は叫ぶなり、寝台から駆け下りた。そしてアーロンの上衣の端を捉え、彼に縋って懇願した。
「頼むから、どこへも参るな。常に、妾の傍にいてはくれまいか。頼む、アーロン、妾はそなたを、愛して・・・・・・・」
そのあとは、涙で続かなかった。この三月の間に、彼らの立場は完全に逆転していた。王妃は既に、若い男に必死で縋る年増女でしかなかった。アーロンの端正な面に、侮蔑の色が広がった。愛だと?笑わせるな。
彼は王妃を振り払い、再び隠し扉を押そうとした。
「待って!」
王妃は尚も叫び、一層強くアーロンに縋りついた。
「おまえの為とあらば、妾は何でもしよう。望みのものは、何でも全て与えよう。だから・・・・・・」
望みのものを何でも全て与えるという王妃の言葉に、アーロンの体がぴくりと動いた。彼はずっと、このときを待っていた。彼は跪き、王妃の目をじっと見つめ返して問うた。
「本当ですか、そのお言葉は」
「妾は、偽りは申さぬ!」
王妃は思わず叫び、アーロンの袖を掴んだ。
「何が望みじゃ、言うてみよ。そなたの望むものであれば、何なりと・・・・・・・」
「しからば」
アーロンの黒い瞳が、蛇のそれのように暗い光を放った。
「私も、貴方を愛している。私を、貴方の正式な夫にして頂きたい」




