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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第十章
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計略の終り



 成長したかに見えたその背中だったが、変わっていないと思った。傷つきやすくて、何かに怯えた背中。

 けれど、差し伸べる手はいつだって力強くて、優しい。


 ――やっぱり、会いたくなかったな。


 何度も思い知らされる。諦めたら楽になるとわかっていても、こぼれた種を拾いきれなかったように、また愛おしさが芽吹いてくるのだ。けれど、今はそれにおぼれている訳にはいかない。

 私はぎゅっと唇を引き結んで、胸中の想いから意識をひきはがした。ここは敵地。気を抜いたら負ける。


 私たちは周囲を徹底的に警戒しながら進む。

 廊下と階段を何度も通り過ぎ、力の温存のために魔物とは極力戦闘を避けながら進むため、ツィーラの消耗が激しい。

 そんな彼女の状態を見るのが私の役目だ。

 時折癒しの術をツィーラに施しながら、どんどん進む。


「……おかしい、どうして四滅将が出てこないんだ。明らかにそれらしい部屋も通ったはずなのに」


 サーミュが不安をにじませた声で呟くように言う。

 確かに彼女の言う通り、見かける魔族や魔物の姿が少ない。思えば、ヴェレクトとの戦闘以降、姑息な罠はいくつも仕掛けられているものの、強い魔族自体が出てきて私たちを排除しようとはしていない。


「何か、理由があるんだろうか」


 勇者がぽつり、と言う。その表情はひどく陰っている。

 私は彼から視線を前方に移した。


 そう、何かがおかしいのだ。思っていた魔王城とは違う。かつてここに潜入したのは私たちが初めてではない。この世界に魔王が降臨して以来、大勢の腕におぼえのあるものや僧侶たちが乗り込んできたのだ。


 とはいっても、勇者を召喚しなければならない現状から見てもあきらかなように、大半は生きて帰れなかった。

 それでも、中には命からがら逃げ延びたものもいて、彼らから魔王城の内部についての情報は得ている。それらを読んだり聞いたりして、対策を立ててきたのだ。


 なのに、今こうして歩いている城のなかは、想像していたものと全く違う。建物の構造や位置関係などはだいたい聞いていた通りなのだが、魔素の濃さや魔族の配置、魔物の数などがあきらかに少ない。

 勇者、という魔王にとっては最大の敵が乗り込んできているのに、全力で排除しようとしているとは思えないほど、簡単にここまで来てしまったのだ。


 今まで戦った敵のなかで最も手ごわかったのはヴェレクトのみで、あとはさして強くもない魔族と、魔物のなかでは最強クラスのものがちらほらいる程度。

 そのため、予測していたほどアイテムも、体力や精神力も消耗せずにいる。


 全員が、不気味な沈黙のなかを進む。

 やがて、大階段が現れた。それまでの廊下とは雰囲気が一変し、壁で燃える魔素の炎の色も濃い。

 全身を重苦しい空気が包む。


「これを登り切れば、玉座……」


 つぶやいた私は、ここまでの傾向を思い返していた。真っ向から叩き潰そうというのではなく、どこかからめ手で罠にはめようとする傾向が強い。

 だとしたら、何か待ち受けている可能性が高い。

 ツィーラが警戒しているから、避けられると思うのだが、用心するに越したことはないだろう――私はそう考え、意識をツィーラへと戻した。


 時だった。


 微かに、振動音がした。ぞわりと背筋を悪寒が走る。ツィーラがその場に立ち止まり、鋭い表情で言った。


「来る!」


 彼女の声の後、洞窟内に何かが落ちたような甲高い音がして、大階段の正面が青白く輝いた。そこから、ゆっくりとふたりの人物が現れる。

 私はひゅっと息を吸い込んだ。


 そこにいたのは、さらわれたウェティーナと、エーミャだった。ふたりとも目を閉じて、かつてレフィセーレが魔族に囚われていたときのようなクリスタルに封じ込められている。それを見て、ほんの一瞬だけ安堵した。


 ――良かった、生きてる。


 が、そう思ったのも束の間、そのクリスタルに魔法文字が浮かび上がった。罠だ、と直感的にわかったが、だったらなぜツィーラが気がつかなかったのだろうか。

 魔法を発動させるには、対価となる力が必要だ。神聖呪文にも、神から注がれる力に加え、本人の体力を使う。さらにそれらを精神力を使って、ある法則にのっとった上で発動させなければ術は術にならない。


 私は、それらのうち使われている「力」に魔のものには扱えないものが混じっていることに気づいた。それは僧侶である私だからこそ感じ取れる力――つまり、神の光だ。

 ツィーラの索敵は主に魔素をもととした術式に限られていたから、見落としてしまったのだ。


 こんなことのできる人物はひとりしかいない。


 クリスタルから発動された術は、まっすぐにツィーラとサーミュを目指した。途中、枝分かれしてこちらにも来る。なぜか勇者には向かわない。この罠では彼を捕えられないことを知っているからだろう。

 その代わり、発動の速さが凄まじかった。


「なんてことを!」


 サーミュが怒りに頬を朱に染め、エーミャのクリスタルへ向かう。彼女の大剣には、叩きつけることで術を破壊する力が付与されている。それでクリスタルからふたりを解放するつもりなのだろう。

 だが、それは神の力を持つものには効果がない。


 気づかないサーミュに私は叫ぶ。


「待って、行っちゃだめ!」


 しかし声が届くより早く、彼女は術式に捕らわれた。足元に絡み付く術を、剣で切り払おうとするが、切っ先はただ空を切るばかりで、サーミュもクリスタルに封じられた。


「くそ、目的はみんなか!」


 勇者がサーミュの術を解くために魔法を編む。しかし、それより早く、術式が私とツィーラを捕まえた。


「くそっ! 勇者からあたしたちを切り離すつもりか!」


 ツィーラが悪態とともに、術式解除を行い始める。が、封印の術式はそれより早くツィーラを捕えた。


「ツィーラっ!」


 勇者の悲鳴のような叫びが耳に突き刺さる。次は私だ。私は足元で輝く白と青の入り混じった凄まじい力を見た。

 神と魔と、双方が肉体と精神を封じ込めようとする。

 私は、まず使い慣れた神の力に働きかけた。


 ぱしっ、と何かが弾ける音がして、それは私の精神力に変化する。術式の中の神の力を、私は取り込んだのだ。

 少なくとも、今の私はレフィセーレよりも神の力に愛されている。ミロムに触れたことで、より神の力を感じ取りやすくなったあのときから、そうなったのだ。


 残るは、魔素から作られた方だ。

 これは浄化する方が手っ取り早い。さきほど術から得た神の力で、浄化にかかる。

 封印の術式が、小さくきしんだ。


「リフィエ、待ってろ……今助ける」


 勇者が重い声で告げれば、浄化が一気に加速した。ふっ、と体が楽になり、私は突然の解放に思わずふらついて床にひざをつきそうになった。

 しかし、ひざに衝撃がくることはなかった。勇者が抱き留めてくれたからだ。


「あ、ありがとうございます」


「……いや」


 受け止めてくれた勇者だったが、顔色は悪い。私もまた、眉間にしわを寄せて唇を引き結んだ。


「間に合わなかった、意地でも守るって言ったのに」


「……勇者様」


 青白い魔素の霧の中に並ぶ四つのクリスタル。その中に封じられた仲間たちとエーミャは、目を閉じて穏やかな顔をしている。しかし、あれが砕かれれば彼女たちの命はない。

 人質をとられたようなものだった。


 私はクリスタルを睨みつけた。あれは魔素の氷だ。浄化すれば彼女たちを解放できる。けれど、いまそれをやってしまえば、勇者を支えるものはいなくなる。


「リフィエ、頼みがある」


「嫌です」


「まだ何も言ってない」


「貴方の言いたいことは察しがつきます。でも、そんなことをしたら私がみんなに恨まれます。皆に恨まれるのだけは嫌ですから……」


 私はそうはっきりと言った。



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