14-5
ずっと天才だと周囲から持て囃されてきて、だからと言ってそんなものに何の興味も持てなかった。欲しいものは何でも手に入った。誰にも興味は湧かない。ただ、魔石の研究だけは少しだけ面白かった。だからやってみただけで、それもいつか飽きるだろうと思っていた。
他にすることも無いからしていた研究で、国から認められた。帝都の外れに研究棟付きの屋敷を与えられ、そこで暇つぶしに研究を続けていた。ずっと心の底が冷え切っていて、生きる意味もよくわからなかった。
大学に通い始めてすぐ、同じ学年に優秀な者がいると教授に言われ、少しだけ興味が湧いた。教授の指差す先にいたのは、人の好さそうな男だった。だが、優秀とは言っても自分には遠く及ばなかった。それに気付いてすぐに興味を失った。
大学に興味もなかったので、通い始めて何年経った頃かは覚えていない。ある日、教授に呼び止められた。どうしても抜けられない用事があるが、ある生徒に約束した資料を今日中に渡したいのだと言う。すぐに断ったのだが、無理やり押し付けられた。捨ててもよかったが、渡す相手が入学当初に聞いた優秀な学生と言われた者だったので、また少しだけ興味が湧いた。
大抵中庭で昼食を摂っていると言われ、いつもよりほんの少し軽い足取りで向かった。一度見た人の好さそうな男を見つけ、真っすぐそこへ向かっていった。
資料を無事に渡せたが、人との接し方が分からず、迷惑そうな態度を取ってしまった。僅かに後悔したが、それもすぐにどうでもよくなる。そのまま踵を返そうとして、視線が縫い留められた。
艶やかな黒髪に端正な顔立ちの女の警戒するような視線――その強い眼差しに、どうにも惹きつけられて目を離せなくなる。訳も分からず見つめていると、彼女は怪訝な顔をした。その瞬間、目の前を遮るように男が立ちはだかった。人の好さそうなその男は、彼女を自分の恋人だと言う。
特にその言葉を気にすることもなく、その場を立ち去った。
しかし、一晩経っても、二晩超えても、頭の中からあの女の姿が消えてくれない。今まで他人に興味を惹かれたことは無かった。考え始めると止まらなくなり、手に入れたいと思い始めた。見かける度に人の好さそうな男――平良弘樹を見つめる柔らかな瞳に、自分も映りたいと思うようになる。
どれだけ価値を見せても、どれだけ有益さを示しても、彼女――澪は一向にあの視線を向けてくることはなかった。
どうしても手に入れることを諦め切れず、色々な手を使った。きらきらと澄んでいた瞳がいつの間にか曇り、明るかった笑顔は見られなくなった。それでも側にいて欲しかった。
ようやく手に入れた澪は、望むような視線をくれることは無い。それでも、少しは歩み寄ろうとしていることも感じた。このまま時が経てばきっと、あの瞳を向けてくれる。そう思っていた矢先だった。
「……今、なんと?」
「子供が出来ました」
腹に手を当て慈しむような瞳を向ける澪に、統司は言葉を失った。自分が得たかったものを簡単に奪われ、目の前が黒く染まっていく。
「……邪魔だ、始末しろ」
絶句した澪が顔を上げ、一瞬後に鋭い視線で統司を射抜いた。
「いいえ、絶対に産みます」
「駄目だ。医者は俺が手配する」
それは寒さの厳しい十二月の出来事だった。
統司の欲しかった眼差しを、澪は腹の子に向けた。それがどうしても許せなかった。もう少しで手に入るかも知れない――。そう思った矢先の出来事で、統司は受け入れる事ができなかった。
結局澪は堕胎に激しく抵抗し、強行するなら自分も命を絶つと言い放った。統司はそれ以上どうすることもできず、結局双子が生まれた。
徐々に成長する双子を見る澪の視線は、殊更柔らかさを帯びていく。その瞳が自分を映すことはない。どうせ自分に向けられる事がないのなら、奪い取ってやろうと思った。昔から手に入らないものなど一つもないのだから。
双子が一歳を過ぎた頃、次の子供が出来たと言われた。今度は出産に反対しなかった。
双子が二歳になり、三番目の子供がもうすぐ生まれるという頃、いよいよ統司は実験を始めた。
以前国の研究で手に入れてあった古の魔石に、特殊な効果を付与した。ガーネットの魔石に、埋め込まれたモノの魔力を吸い取る力を込めた。吸い取った魔力はリンクする古の魔石に送り込む。送り込まれた魔石を使って、人の感情を奪うのだ。
まずは一号の目にガーネットの魔石を埋めた。しかし、一号はあっという間に命を落とした。仕方なく魔石を回収して二号に試した。こちらは少し持ちこたえたが、やはり耐え切れずに事切れた。どちらも魔力は多かったが、器としては貧弱だったようだ。
澪が気付いて騒いでいたが、望んでいるものを得るためには仕方がない。
無事に生まれた三号は、念の為一年遅らせて埋め込んだ。今度も駄目かも知れないが、その時は処分してまた次を作ればいい。経過報告だけを待ちながら、帝都の研究棟に籠って魔石の研究を続けた。
三号はどうやら実験に成功したようだった。一年ほど置いて様子を見にいくと、声を掛けられ酷く不愉快になった。じっと見つめて何かを期待するような目で、統司に向かって「お父さん」と呼びかける。求めるように向けられた目に、自分が重なり吐き気がした。それ以来、邸に戻って澪の様子を見る事はあっても、三号が寄り付きそうな場所には足を踏み入れないようにした。
それから七年かけて、ようやく思い通りの魔石を作る事が出来た。三号の魔石も器に馴染み、魔力を吸い取ってもすぐには壊れそうもない。まずは一つ、出来損ないの魔石で実験をすることにした。
あの人の好さそうな男――平良弘樹に、息子がいるらしい。その息子に執着する娘の存在を知り、利用出来ると狙いを付けた。その娘は、かつて澪を見ていた自分に似ている気がした。そう思うと鳩尾に不快感が走り、その事実から目を逸らした。すぐに話に乗るだろうと思い、言いなりになる痣の男を使って、出来損ないの魔石を渡した。
「あの男の全てを手に入れたければ、このオパールを使って目の前で命を絶てばいい。それで全てが手に入る」
そう吹き込めば、あとは簡単だった。絶望を味わった十二月に、一つずつ誰かを絶望に陥れる。手始めに行った実験は、娘の失敗もあり中途半端な結果となった。
次の魔石からは改良して、毎年十二月に一つずつ感情を集めていく。いくつかばら撒いて、うまくいったものだけ回収すればいい。
一つの魔石に、一つの感情と一つの魂。魂によって繋ぎ止められた感情は、元に戻る事はない。全てを集めたら、最後は澪の感情を一つずつ奪っていく。繋ぎ止めるための魂は、すでに魔石に仕込んである。ガーネットの魔石から吸い込む魔力は、澪の感情を奪い終わるまでは持つだろう。最後の仕上げに使う魔道具も完成した。これで偶発的にではなく、確実に澪の感情を手に入れることができる。
やっともうすぐ全てが終わる。やっと全てを手に入れられる。
「そんな……そんな事のために……」
珊瑚は顔を歪めて、詰まりそうな喉から声を絞り出した。
「そんな独りよがりな欲の為に、先生や、雅先生や……あの優しい人たちを利用したんですかっ」
「うるさいっ、三号! お前に何が分かるっ。お前も双子も何もしていないくせに……ただそこに宿っただけで……。なぜだ……なぜお前たちだけが全てを手に入れられるんだ!」
珊瑚は歯を食いしばり、両手を握りしめた。
「欲しいものが手に入らないからって、人から奪うなんて許されませんっ! どんなに努力したって手にできないものだって沢山あります。……でも、それが人から奪う理由にはなりませんっ!」
珊瑚の脳裏に陽一と亜真音の姿が浮かぶ。
「望むものが手に入らないからって無理やり奪って縛り付けるなんて、そんなのただの執着ですっ!」
「黙れっ! お前のような人として存在も認められないようなモノに、偉そうな口を利く権利はないっ!」
統司は立ち上がり、澪の隣へ歩み寄った。珊瑚が一歩踏み出すと、商会長に後ろから抑え込まれて動けなくなる。
「お母さんに何をっ!」
「これ以上お前と話すのは時間の無駄だ」
そう言って上着の内ポケットから光る石を取り出した。
「これで最後だ。澪、ようやくお前のすべてを手に入れる事ができる。三号、そこでお前の役目を果たせ。お前の力で何が起こるのかそこで見ておくがいい」
統司は澪の横にある小さなテーブルに置かれた箱型の装置に、取り出した石を嵌め込んだ。はめ込まれた桜色の石以外にも、すでに五つの石が埋まっている。
濃い緑のマラカイトは恐怖、真っ黒なブラックオニキスは怒り、澄んだ紫のアメジストは不安、深い藍紫のアイオライトは悲しみ、黄味の強い緑のクリソベリルキャッツアイは驚愕、最後の淡い桜色のピンクトパーズは喜びを。一つ一つの魔石に気付き、それぞれ話を聞きに訪れた人たちの顔が珊瑚の脳裏を過った。
「これで最後だ」
「やめてっ!」
珊瑚の叫びを無視して、統司は箱のダイヤルをギリギリと回し始めた。
ドクリと珊瑚の心臓が鳴った瞬間、頭を内側から殴られたような激痛が走る。冷汗が滲み、身体がぶるぶると震えだす。恐怖に目を見開いた商会長が手を放すが、珊瑚に立ち上がる力は無い。頭を抱えて必死に母の方に視線を向けた。
統司の手にした箱が眩く輝き、部屋中が淡い桜色に満たされる。その光が収束して、澪の体を包み込んだ。珊瑚の左目がキラキラと淡い桜色に染まった刹那、頭をギリギリと締め上げるような痛みが襲い、目の前が暗くなる。
(駄目……気が遠くなる……痛い……痛い。お母さん……ごめん……ね……私の、せい……で……)
『珊瑚っ』
『珊瑚ちゃんっ』
頭の中に、一悟と二胡の声が響いた。気を失って夢の中に来てしまったのだろうか。徐々に頭痛が和らぎ、周囲を見回した。箱を手にする統司と、何の感情も映さない目で椅子に座る澪の姿が目に入る。
(……ああ。これは、夢じゃない)
珊瑚の心臓がドクドクと早鐘を打つ。
(ここにいたのに……何も出来なかった)
身体が震え出し、ぎりぎりと歯を食いしばる。
「これでようやく全てを奪う事ができた」
統司の言葉に、珊瑚の頭に血が上り、今まで感じたこともないほどの怒りが湧き上がる。
「うっ、うわあああああああ!」
建物中に響き渡る声に、商会長は尻もちをつき、統司は不愉快そうに顔を顰めた。
その刹那、さっきとは比べ物にならないほどの眩い閃光が走り、二階の部屋が一瞬で真っ白に染まる。
すぐに何かが爆発するような大きな音が響いた。同時に窓ガラスが割れ、地震のような衝撃に見舞われる。
「な、なんだ? 何が起きたんだっ?」
慌てた商会長は一人階段を駆け降り、直後に続いた爆発音と共に「うわああああ」と叫び声をあげた。
澪を割れたガラスから庇っていた統司は、舌打ちをした後澪を支えて窓から繋がるバルコニーへと移動し、足元に座らせた。
珊瑚は追いかけようと、ふらふらと立ち上がる。
「三号、これはお前の仕業だ。澪を危険に晒すとは、どう始末をつけるつもりだ」
「わ、私の……せい?」
「そうだ。お前の感情が乱れたせいで、下にあった出来損ないの魔石が暴走してこの様だ」
一階に続く階段からは、徐々に白い煙が立ち上り、廊下を伝って部屋の中へと流れ込む。その様子に珊瑚は息を呑んだ。
「下に降りれば火に巻かれる。さあ、どう落とし前をつける」
「ど、どうって言われても……どうしたら……」
統司は口元を歪ませ、珊瑚を見下ろし手を差し出した。
「来い、三号。お前の魔石を使えばこの事態を収めることが出来る」
「わ、私の魔石を使う? ……どう使うんですか」
「その魔石に新たな効果を付与すれば、どうにか収めることが出来る。今ならまだ間に合う……さあ、来るんだ、三号」
珊瑚はごくりと喉を鳴らした。本当に自分の魔石でこの事態が収まるのだろうか。あの人を信用することは出来ないが、煙を目にして膝が震える。
バルコニーに足を踏み入れ、一歩一歩近付いていく。あと数歩で統司の手に届くというところで、統司の手が後ろから強く引かれた。突然のことに驚いた統司は、そのまま手摺まで下がり、たたらを踏む。
珊瑚は驚きに目を見開き、その人を凝視する。
一歩二歩としっかりとした足取りで近付いてくるのは、さっきまで座り込んでいたはずの澪だ。
「お……かあ……さん」
目の前に立った澪は、いつもの優しい笑顔で珊瑚を見つめる。
すっと珊瑚の首元に手を寄せ、ネックレスを手繰り鍵を襟元から引き出した。両掌に乗せて額をつけ、「導いてくれて、ありがとう」と呟く。その瞬間、鍵に嵌め込まれた魔石が淡く光った。
鍵から手を離すとそっと珊瑚を抱きしめ、優しく頭を撫でる。触れても感情は流れてこない。それでも温かな手からは愛情を感じる。
「ごめんね、珊瑚。あなたは私に残された唯一の宝物よ」
「……お母さん」
珊瑚の頬を涙が流れ落ちる。それを指で拭った澪は、再び珊瑚を包み込み、耳元で囁いた。
「あなたを傷つけるものは、私が全部持っていく。だから、幸せになりなさい、珊瑚」
一度ぎゅっと珊瑚を抱きしめた澪は、踵を返して統司の方へ走り寄った。
澪の様子に唖然としてバルコニーの手摺に寄りかかっていた統司は、駆け寄る澪に両手を広げる。
澪はその勢いのまま統司に抱き着き、手摺を超えて二人揃って消えていった。
「お母さんっ!」
一瞬の出来事に慌てた珊瑚は手摺に駆け寄り、身を乗り出して下を見る。バルコニーの下は、切り立った崖になっていた。珊瑚は落ちていく二人を見つめながら、届かないと知りつつ必死に手を伸ばす。
「お母さんっ!」
「お母さんっ!」
「――お母さんっ!」
明日3話で完結です。
21時台に、時間を置いて投稿予定です。




