12-4
楽しかった誕生日から一週間が過ぎた。今日は陽一が大学病院で雅の研修会に参加する日だ。
「陽一、大丈夫だから早く行けって。遅刻したら雅さんが恥かくだろ」
「わかってるけど、やっぱり心配だ……」
「お前は珊瑚ちゃんの親父かよっ」
「さすがにこの年で親父はないだろう、親父は……ないよね? 珊瑚君っ!」
「はひっ」
突然話を振られた珊瑚は驚きおかしな声が出た。
「な、無いです! 先生も篠塚さんも、どう見ても父親には見えませんっ」
「そうだよね、よかった……」
「……陽一、お前の気にするところはそこじゃなくて、時間だ」
「うぐっ。確かにそろそろ行かないとまずいかな」
「潔くとっとと行ってこい」
「……涼介、本当に頼んだからな」
「わかってるって」
「先生、私もう成人を迎えた大人ですよ。安心してお出掛けしてくださいっ!」
「……そうだね。じゃあ、行ってくるよ」
ぐずぐずと出発を遅らせた陽一は、渋々といった様子で診療所を後にした。涼介と二人で小さくなっていく背中を見送り、珊瑚は少しの寂しさと、これからの企みへのわくわくで複雑な気分だ。
「よし、珊瑚ちゃん。出掛けるか!」
「はい、よろしくお願いします」
珊瑚はぺこりと頭を下げた後に、気合を入れて拳を握る。
「そう言えば、篠塚さんは今日の研修に参加しなくてよかったんですか?」
「ああ、俺は雅さんの手術に助手として参加してるからな。むしろ研修用の資料を作った側だ」
涼介と並んで他愛ない話をしながら中心街へ歩いていく。歩き慣れた道だが、隣を歩く人が変われば景色も少し違って見える。陽一も身長は高いと思っていたが、涼介はさらに高い位置に顔があり、見上げる珊瑚は少々首に疲れを感じる。歩幅は珊瑚に合わせてくれているようだが、やはりなんとなくしっくり来ない気がした。
今日は連休とは言え、以前のように店が軒並み休みということはない。かといって、人出はいつもの休日よりも少ない。人にぶつからずに歩ける位で、陽一と一緒だったとしても手を引かれなくても歩ける程度だ。涼介はきっと、これも計算して今日を選んだのだろう。
「珊瑚ちゃん、まずは食器洗い機の材料でいいのか?」
「はいっ。魔石もいくつか欲しいです」
「わかった。陽一が帰ってくるまでにぱぱっと済ませようぜ」
「そうですね」
先に荷物にならない魔石から見にいく。魔石は高いものから安いものまで様々で、今回使うのは効果を付与するものではないので比較的安価だ。使うのは、人の魔力が流れると機械に動力を伝えるための魔石だ。
一方で、効果を付与するための魔石は少々高い。効果を付与するには多くの魔力と知識、それに技術も必要だ。その為、専属の職業がある。珊瑚は元々魔力も多く、沢山の本から学んだ知識もあるので効果の付与もできる。
「この店から行ってみようぜ」
そう言って涼介が案内したのは、なぜか装飾品を置いている店だ。動力用の魔石があるとは思えず、珊瑚は涼介に胡乱な目を向ける。
「何か言いたそうだな?」
「……いえ。篠塚さんはこのお店で何か探すんですか?」
「いや、探すのは珊瑚ちゃんだろ?」
意味が分からず首を傾げる珊瑚に、涼介が手招きをして、ショーケースの中を指さした。
「あっ!」
覗き込むと、そこに並んでいるのはタイタックだ。
「陽一の誕生日は、十二月だ。まだ先だけど、別々に出掛ける機会なんてそうないだろ?」
「……どうしてこれを?」
「これを見て思いついたんだろ?」
涼介は自分のネクタイをプラプラと揺らして、珊瑚の目の前にタイタックを見せつける。
「……流石、篠塚さんは鋭いですね」
「いや、珊瑚ちゃんほどじゃないよ、多分」
涼介が誕生日の珊瑚を思い出して吹き出したのを、上目遣いにじろりと睨む。
「ああ、悪い悪い。それより、いいのがあるか見てみろよ」
「……はい」
少しむすっとした顔のままケースを覗き込んだ珊瑚は、どのタイタックが陽一に似合うのか思い浮かばず、腕を組んで唸り声をあげた。
「どうした?」
「どれも素敵なんですけど、どちらかと言うと篠塚さんに合うものばかりのような……」
「それならこっちのはどうだ?」
涼介が指さしたのは、シルバーのピンに宝石を埋め込むタイプのタイピンだ。
「なるほど、篠塚さんのとは違うデザインなんですね」
「ああ。こっちのはネクタイを挟むタイプのピンだ。珊瑚ちゃんは魔石に自分で効果を付けられるのか?」
「はい。あまり強力なのとか特殊なのは難しいですが」
「それなら、こっちの魔石が入るやつにして、自分で効果を入れたらどうだ?」
「っ!」
「本来はそういう店に依頼して効果を付けるんだがな。自分で出来るなら安くつくし、特別な感じがしていいんじゃないか?」
「はいっ、そう思います!」
悩みに悩んで選んだのは、タンザナイトの魔石を埋め込んだタイピンだ。効果の付与に失敗しても返品は出来ないので、診療所に戻ってからじっくり魔力を込めることにする。
店員には自分で依頼するので効果付与は要らないと涼介が口添えた。包装紙で綺麗に包むのは難しそうだったので、プレゼント用に装飾のついた小さな紙の手提げ袋を付けて貰う。箱に入ったタイピンを両手に持つと、珊瑚の頬は自然に緩んだ。
「よかったな」
涼介の声に、その存在を思い出してはっとする。
「はい、ありがとうございます。篠塚さんのお陰で、いい買い物が出来ました」
「そうか。きっと陽一も喜ぶぞ」
「そうだと嬉しいです」
涼介がぽんと珊瑚の頭に手を乗せ軽く叩く。喜びと満足気な気持ちが伝わり、珊瑚は思わず声を立てて笑った。
「よし、それじゃあ今度こそ食器洗い機の材料だな」
「はいっ」
そう言って他愛の無い話をしながら街を歩く。動力となる安い魔石を買い、食器洗い機に使う枠やボード、ホースやモーターなど細かい部品も買い込んだ。
「こんなもんを組み立てて作れるのか?」
「多分大丈夫だと思います。図面はもう引けているので」
「珊瑚ちゃん、これって普通のことじゃないからな」
「そうなんですか?」
「そうだ。俺や陽一ならいいけど、あまり知らん人間に言わない方がいいぞ」
「……わかりました」
珊瑚は神妙に頷いた。なぜ言わない方が良いのかはよくわからない。
「あー、あのな。普通できないことができると分かれば、面倒ごとが舞い込んでくるもんだ」
「そういうものですか?」
「人間は欲が深いからな。まぁ、陽一の前なら好きにしたらいい。面倒が起こる前に何とかするだろ」
「はあ」
珊瑚にはよくわからないが、陽一の手間を増やしたくはない。いつか必要なら相談しようと決めて、頷いておいた。
「他に必要なものはあるか?」
「大丈夫です。必要なものはこれで全部です」
メモを見ながら確認して頷く珊瑚に、涼介は「よし」と声をかけた。
「じゃあ、あとはこれを珊瑚ちゃんの部屋にこっそり運び入れれば完了だな」
「はいっ、よろしくお願いします!」
二人頷きあって歩き出そうとした瞬間、少し距離を空けて一人の男が通り過ぎていく。子供の笑い声が響いて何となく珊瑚が視線を向けた先に、見覚えのある男の顔があった。
珊瑚の肩がビクリと震え、涼介が片方の眉を上げて怪訝な顔をする。少し間を開け小声で「どうした?」と聞いてきた。珊瑚は男から目を逸らさずに、かすかに震える声で涼介に答えた。
「篠塚さん、そのまま聞いてください。以前話していた顔に痣のある男の人のことを覚えてますか?」
「……ああ」
「多分、その男の人と今すれ違いました」
「……そうか。まだ見えるか?」
「はい」
「こちらを気にしてる様子は?」
「多分、大丈夫だと思います」
「どこへ向かってる?」
「あっちは神殿の方だと思います」
「わかった。距離を置いたまま自然に後をつけるぞ」
「はい」
そう言ってそれとなく方向転換する涼介は、いつも通り口元には軽そうな笑みを浮かべている。しかし目元は真剣で、珊瑚の言った男の姿をしっかり捉えたようだ。
「よし、珊瑚ちゃん。このまま楽しそうに話しながら後を追うぞ」
「わかりました」
珊瑚は少しぎこちない笑顔になるが、どうにか足を前に進める。
「ぶっ、はははっ! 同じ方の手足が同時に前に出て、機械みたいになってるぞ」
「ええっ?」
珊瑚は無意識におかしな歩き方をしていた事に気付き、慌てて自然に歩き出す。
「くくくっ。珊瑚ちゃんは器用なのか不器用なのかよくわからんな」
「うっ。私が器用さを発揮するのは、対物のみですっ!」
「おい、それは胸を張って言うことか? 自虐になってるぞ」
「私、まだ人付き合いは初心者なので!」
「それも自慢できることじゃねえな」
珊瑚はそれ以上何も言えずに口を引き結んだ。
緊張がほぐれた珊瑚は、自然に男の行方を視線で追いかける。涼介も男の動きを把握している様子で、幾分気が楽になる。
「やっぱり神殿へ入っていくようだな」
「はい」
「中までつけるわけにはいかんが。まあ、あとは西野さんに報告して任せる方がいいだろう」
「……そうですね」
二人はそのまま何事も無かったかのように、軽口を飛ばしながら診療所への帰路についた。
診療所の扉を開け、珊瑚はほっと息を吐く。涼介のお陰で大分気が楽だったとは言え、やはり緊張していたようだ。診療所がいつの間にかすっかり安心する場所になっていたのだと、今更ながらに実感する。
陽一が戻る前にと手早く荷物を珊瑚の部屋に運んで貰い、何事も無かったかのように発明品置き場に移動する。
珊瑚がお茶を入れて一息つくと、神妙な顔で涼介が口を開いた。
「珊瑚ちゃん」
「なんですか?」
「今日出かけてた話は陽一にしなくちゃならんな」
「どうしてですか?」
「さっきの男の話をするのに、ここに来たと言うわけにはいかんだろ」
「あっ! そうでした。どうしましょう」
「……そうだな。俺が無理やり連れだしたなんて言ったら、陽一が激怒しそうだよな」
「そうですね。実際私がお願いしたわけですし……」
二人で唸りながら考え込むが、いい案は思い浮かばない。どうしたものかと考えている間に、診療所の扉が軽やかなベルの音と共に開かれた。
「珊瑚君、涼介、ただいまっ」
「おかえりなさい」
「おうっ」
結局答えの出ないまま、陽一が帰ってきた事で会話が途切れる。何食わぬ顔をしながら、どうしたものかと頭の中をぐるぐるとそのことばかりが駆け巡った。
「何かあったの?」
様子のおかしい珊瑚に陽一が眉を顰めて問いかけた。
「すまんっ、陽一」
突然顔の前で両手を合わせて頭を下げる涼介に、珊瑚と陽一は目を瞬いた。
「今日は大人しくここに居るって言ったけど、俺がどうしても欲しいものがあって」
「……うん、それで?」
「ちょっと中心街へ珊瑚君を連れて買い物に出た。すまんっ!」
「お前、自分の勝手な用事で珊瑚君を危険にさらしたのか?」
「いつもお前も買い物に出てるから、大丈夫かと思って」
「それは、珊瑚君を残していくのも、一人で行かせる事も出来ないから必要最低限だろ?」
「だから、悪かった。諸々解決するまで気軽に出掛けない方がいいのはわかってるんだが」
なんとなく気まずい空気が流れ、珊瑚は顔を青くして固まる。自分のせいで二人が仲違いするなどいいはずがない。
「あのっ、違うんですっ!」
「珊瑚ちゃん、いいから」
「……何が違うの? 珊瑚君」
「あのっ、えっと。今日の街へ行ったのは……。えーと、……その……じゃがいもっ! 今日のお夕飯で使おうと思ってたじゃがいもがなくて……」
言いかけた珊瑚は陽一の顔を見て言葉を止めた。眉を寄せ、顔を少し歪めた陽一は、怒っている様には見えない。
珊瑚はふと、陽一と一馬のやり取りを見て寂しさを感じた自分を思い出した。光や瑞穂と陽一のやり取りに感じた疎外感も頭を過る。
(ああ、そうだった。自分だけ置いて行かれたみたいな気分は、寂しかった。私は、先生にこんな顔をさせる為に嘘をついてまで買い物に行ったわけじゃない)
ぎゅっと口を引き結んだ珊瑚は、顔を上げて陽一の目をまっすぐに見つめた。
「先生、ごめんなさい。篠塚さんが無理やり連れだしたわけでも、じゃがいもが欲しかったのでもありません」
「珊瑚ちゃん……」
「いいんです、篠塚さん。私、こんなつもりじゃなかったのに。ただ先生に喜んでほしくて……」
「僕に喜んで欲しかった?」
「はい。実は、ここに置いてもらえたお礼に、ちょっとした物を作ろうと思って。内緒にして出来上がったら先生に見せて、驚かせようって思ってたんです」
陽一は驚いたように目を見開いた。
「篠塚さんにお願いして、こっそり買い物に連れていって貰いました。本当にごめんなさい」
珊瑚は深く頭を下げた。顔に熱が集まって、そのまま涙が出ないように必死に堪える。
陽一の深いため息が聞こえ、そのままの姿勢でびくりと体が震えた。
「珊瑚君、顔を上げて」
陽一の顔を見るのが少し怖くて、涙が出そうなのを見られたくなくて、珊瑚はすぐに顔を上げることが出来ない。
「珊瑚君、怒ってないから。僕も大人気なくて悪かった。ごめんね」
その言葉に珊瑚はゆるゆると顔を上げて陽一を見上げる。
「先生が謝ることじゃ……」
「いや。珊瑚君の誕生日の時、涼介と何かこそこそ話してたから。きっと何かあるんだろうって思ってたんだけどね。それが気になって変に突っかかった自覚はあるよ」
「……ごめんなさい」
陽一は頭を掻きながら「まいったな」と決まり悪そうに続けた。
「まさかそんなこと企んでたなんて、思いつきもしなかった。珊瑚君にはやられたよ」
珊瑚は陽一の軽口に目を瞬いた。
「せっかく色々考えてくれてたのに、僕が台無しにしちゃったね」
「そんなっ。私が変に隠したせいで……」
「珊瑚君、この繰り返しはいつもと同じだよ。終わりがないからお互い様ってことで手を打とう」
「いいんですか?」
「うん。そうじゃないとずっとお互い謝って、終わりがないからね」
そう言って柔らかに笑う陽一に、珊瑚はほっと胸を撫でおろし、ようやく肩の力を抜いた。
明日、明後日は2話ずつ更新になります




