8-1
『珊瑚、よかったな』
『お母さんと西野さん、知り合いだったのね』
『これで神殿はなんとかなるな』
『そうね。きっと大丈夫よ』
二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。確かに西野は『今度こそできる限りのことをする』と言っていた。過去に母の力になれなかったと、悔やんでいるのだろうか。
『それにしても、あいつが国の研究をするような人間だったとはな』
『そうね。あんな人でなしなのに、能力だけはあるのね』
肩を竦めた二胡は、あの人の話をする時はいつも冷たい表情になる。一悟はいつも表情も饒舌なので分かりやすい。
珊瑚は魔石に魂が宿るのか、その話を一悟と二胡に聞いてみたいが、二胡が話したくないと言っていたので躊躇した。それに気づいた二胡が、一悟に向かって『余計な事言うから、珊瑚ちゃんが気にしてるじゃない』と不満を口にした。
「二胡ねえ、ごめんね。言わなくても二人には考えてる事がわかっちゃうんだよね」
『いいのよ、珊瑚ちゃん。あんな話聞いたら気になって当然だもの』
『すまん、珊瑚。俺は隠し事が出来ない』
胸を張って宣言する一悟に珊瑚は笑みを漏らした。一方の二胡は一悟をじとりと横目で睨む。
『珊瑚ちゃん。今はまだ詳しいことを話したくはないの。でも、目の魔石に私たちの魂が宿ってるのは合ってるわ』
『……』
「それって、魔石のせいで二人が縛り付けられてるって事?」
一悟と二胡は、眉を下げて黙り込んだ。それは珊瑚の言葉が正しいのだと言っているのと同じだ。
『珊瑚ちゃん。今言える事は、私たちが魔石に残ったのは、あの人も計算外だったってことよ』
『そうだな。あいつは俺たちのことなんてとっくに忘れてるだろうからな』
『でも、私たちはこうしてここに居る』
気分を変えるように、二胡が明るい笑みを浮かべた。
『それともう一つ。私たちは今の状態が気に入ってるわ』
『俺としては、珊瑚とこうやって話せてむしろ嬉しいくらいだな』
一悟と二胡が柔らかな表情で珊瑚を見つめた。
『私たち、絶対に会えないはずだったのに、こうして夢でなら会えるわ』
『俺は二胡みたいに生意気な妹じゃなくて、珊瑚みたいに素直な妹が増えてよかった』
『何言ってるのよ、一悟。私が姉よ?』
『いや、俺が兄だ! 名前だって一が付いてるしなっ』
『そんなの関係ないわよ』
この双子は兄か姉かでいつも争うのだが、珊瑚はそんな二人を他所にしばらく考え込んだ。
「二人は縛られて苦しくないの?」
言い争いを止めた二人が顔を見合わせてから、揃ってぱちぱちと目を瞬かせる。一拍おいて珊瑚を見ると、同時に口を開いた。
『苦しくないわ』
『快適だな』
ほっと胸を撫でおろした珊瑚は「よかった」と呟いた。
「他の魔石にも魂が宿ってるのかな?」
二人は少し考え込むが、二胡が思案顔で口を開く。
『その可能性はあるわね』
「その人たちは苦しくない?」
一瞬虚を突かれたような顔をした二胡が、表情を和らげて答えた。
『きっと大丈夫よ。魔石の中は、痛くも苦しくもないわ。私は珊瑚ちゃんの気持ちに浸かって、いつも退屈しないわよ』
『そうだな。近頃の珊瑚は特に色んな感情が湧いて、毎日忙しいくらいだな』
珊瑚はその言葉にほっと息を吐く。もしかしたら、ほかの魔石にも亡くなった人の魂が宿っているのかも知れない。雅の恋人や藍島の妻が苦しんでいなければいいと思うが、二人の様子が見えるなら、それは無理なことかもしれない。
陽一の場合がどうなのかは分からないが、それ以外の人たちは、魔石を手に入れた相手が皆亡くなっている。その魂は魔石に宿る事で感情を縛っているのかもしれない。だとするなら、それは二重の苦しみなのではないか。
『それにしても、西野のおっさんも、母さんの行方がはっきりとは分からないんだな』
『そうね。でも、帝都の邸にいる可能性が高いわよね?』
『そうだな』
教会に出入りする商会の人間が怪しいと話した後、西野は藤原統司の行方についてわかる限りのことを教えてくれた。珊瑚はその時のことを思い返す。
西野は渋い顔で考え込んだ後、逡巡してから珊瑚に視線を合わせた。
「藤原統司の行方を知りたいか?」
珊瑚は一瞬身体を固くした。しばらくの間考え込んでから、ごくりと唾を飲み込んだ。
「はい。きっと母も一緒に居ると思いますし、色々知りたいこともあります」
西野は深くうなずき、顎に拳を当てた。
「藤原の屋敷は、帝都の外れにある研究棟を併設した大きな屋敷だ。そこに居るらしい事はわかっているが」
あまりにもあっさりと藤原統司の行方が知れて、珊瑚は拍子抜けする。居場所が分かっているなら、行くしかない。そう思った矢先に、西野が口を開いた。
「だが、今はまだ動くときではない。もう少し待って欲しい」
「どうしてですかっ?」
母の状況が気になり、気が急く珊瑚は前のめりで西野に尋ねた。
「まだ時期尚早だ。証拠が足りん。全てが出揃って言い逃れ出来んようにしてからでなければ、奴に逃げ道を与える事になる」
珊瑚は焦りに胸がじりじりするが、何も言えずに俯いた。すると、それまで黙っていた陽一が口を開く。
「神殿が動きを見せているのは、珊瑚君を拘束する為かも知れないと思ってたんですが、藤原統司の方ですか?」
西野は少し考え込んだ。唸り声をあげた後に、眉間に皺を寄せる。
「私は今のところそう聞いているが、その過程で珊瑚さんの事を知られる可能性もある。現時点で知られている可能性もなくはない。神殿長がどう考えるかは、正直私にもわからんな」
「では、珊瑚君がそうなる可能性もまだあるんですね?」
「無いとは言えん。が、もし情報が耳に入れば私もすぐに動く。最悪そうなった場合も、必ず配慮すると約束する」
「僕としてはそんな事態を招かないで欲しいですけどね」
陽一は軽い調子で言うが、目が笑っていない。肩を竦めた西野は、「善処する」とだけ答えた。
「あの」
珊瑚は窺うように西野に声を掛けた。
「なんだね?」
「藤原の屋敷に、母の姿はありますか?」
その言葉に一瞬声を詰まらせた西野は、気まずそうな顔をする。
「それが、屋敷に他の誰かが居る気配は今のところ感じられない」
「では、そこに母は居ないのでしょうか?」
「いや、そうとも限らん。そもそも神崎が行方知れずだった事も知らなかったからな。内部まで調査出来る訳ではないから、中に閉じ込められているなら気配がなくて当然だ」
「平良弘樹先生の行方はどうでしょう?」
「それもまだ把握出来ていない。神殿はそちらの調査も進めているから、何かわかれば必ず知らせる」
西野は「だから今は動くな」と念押ししているようだ。
珊瑚は肩を落として頷いた。さっきまでは気が急いて、もう行くしかないと思ったのだが、冷静に考えればただ行っただけでは何も解決しない。母の事もそうだが、弘樹についても下手に動いて何かあってからでは遅いのだ。
「神崎の話は上にあげておく。それも何か手掛かりが掴めれば知らせるから、そう気を落とさんで欲しい」
眉を下げた西野に、珊瑚は顔を上げて小さく頷いた。
「ありがとうございます。私も自分に出来る事をしたいと思います」
その後、屋敷の大まかな場所は知らされた。神殿が動く時は、西野が珊瑚と陽一を連れて行くと約束してくれた。
『兎に角、今は情報を集めるしかないのかしら』
『そうだな。珊瑚は珊瑚で、先生と出来ることをして、神殿の方は西野のおっさんに任せるしかないな』
珊瑚は神妙に頷いた。
『珊瑚ちゃんの頭痛が最近多いのも気になるわよね』
『そうだな。今まで毎年十二月だけだったのに、なんでだろうな』
「二人はそういう時に何か感じたりしない?」
顔を見合わせた一悟と二胡は、視線を珊瑚に戻して同時に首を横に振った。
『俺たちにも分からないな』
『珊瑚ちゃんが苦しいってことしか分からないわ』
「そう」
三人共に下を向いて考え込むが、答えが出る訳もない。そうしているうち夢の終わりがやってくる。
『珊瑚、信用できる人が増えてよかったな』
『そうね。珊瑚ちゃん、終わりが来るとは限らないわ。信じる事を恐れすぎないでね』
珊瑚は曖昧な笑みを浮かべ、頷くことはできなかった。そんな珊瑚を見ていた二人は、複雑な顔をする。二胡が何かを言いかけたところで、夢の終わりがやってきた。
二人の『またな』『またね』の言葉が微かに残り、珊瑚はゆっくり瞼を開いた。
二日半の診療を終えると、連休がやってくる。診療所を訪れる患者たちは、四日間の休みをどう過ごすか楽し気に話していた。浮かれた様子で珊瑚と陽一にも連休の予定を尋ねてくるが、珊瑚に浮かれる余裕は無い。二日目には次の症例の人と会う約束を陽一が取り付けているからだ。
統司の方も気になるが、まずは自分に出来ることをするしかないと珊瑚は気を取り直した。
春の暖かな日差しの中、陽一と共に帝都の中心へ向かった。連休二日目とあって、帝都の中心はいつもより空いている。多くの人たちは連休を利用して田舎へ帰ったり、旅行したりするためだ。
開いている店も少なく、大通りも見通しがいい。人が少ないのでぶつかる心配もほとんどないのだが、二人はそれに気付かずいつも通りに手を取り合って並んで歩いた。
「今日会う人は、馬車に乗らなくてもいける距離に住んでたよ」
「そうなんですか。帝都中心地に近い場所の人が多いのですね」
「そうだね。そこも共通点なのかな」
「そうかも知れませんね」
「神殿に出入りしてる商会の人間が絡んでるなら、その方が都合がよかったのかもね」
「そう思います。売る相手を探すのにも、特定されにくくするにも、人が多い方がきっと都合がいいですよね」
「そうだね。それに、珍しい魔石だと田舎ならすぐに噂に上りそうだし」
「そうですね。私の住んでいた田舎なら、あっという間に町中に広まります」
「都会はあまり他人に関心を持たないからね」
「はい。それがありがたい時もありますけど……」
陽一が眉を下げ、手からはほんの少し労わるような感情が流れてくる。珊瑚はすぐに顔を上げて、笑みを浮かべた。
「でも、身近な人たちは皆さん優しいし親切ですよね。私のイメージしてた冷たい都会とも少し違ってました」
「そう。それならよかった」
「はい。帝都に来て、よかったと思います」
珊瑚は淡く微笑むが、本当は違うことを考えていた。一悟と二胡と話したときにも思ったことだ。帝都に来て人の優しさに触れれば触れるほど、失う怖さを知ってしまった。手にしてしまった今は、手離したくないと思う。失った時の傷は、田舎で冷たくされたときの比ではないだろう。本当は知らない方がよかったのではないかと、相反する気持ちを抱えていた。
他愛ない会話をしながら歩いているうちに、目的の家に着いた。今回の症例の相手は、妻を亡くして一人で子供を育てている男だ。
その親子の住む家は洋風長屋だった。横長の大きな建物で複数の部屋が並んでおり、それぞれの玄関は別になっている。石造りの壁は明るい灰色で、帝都の雰囲気に合うモダンな造りだ。個々の玄関の上に小さな瓦屋根がついており、同じ作りで五軒分が並んでいた。
二階に住む人はどうやって入るのだろうかと珊瑚が不思議に思って眺めていると、陽一が玄関の一つの前に立ち、呼び鈴を鳴らしていた。
ドアが薄く開き、ドアチェーンが見える。隙間から覗いた男の誰何の声に、陽一はいつも通り「平良診療所の者です」と返した。一旦ドアを閉めた男は、ドアチェーンを外して再度ドアを開く。
「取り合えず中へどうぞ」
不愛想な男はそう返すと、陽一と珊瑚をドアの中へと招き入れた。
「お邪魔します。本日はお時間を頂きありがとうございます。平良診療所の医師で、平良陽一です」
「こ、こんにちは。診療所で助手を務めております、神崎珊瑚と申します」
不愛想な男は、二人に視線を送り「丁寧にどうも」とぶっきらぼうに返した。
玄関を上がった珊瑚は、左手にある階段に目を止めた。なるほど、この家は縦長に一軒が区切られているのだと納得した。
リビング兼ダイニングルームに案内されると、思ったよりも広々としている。しかし、子供と暮らしているとは思えないほど、簡素で物が少ない。清潔感はあるが、幼い子供が居る気配があまり感じられない。二階にそれらしい部屋もあるのかも知れないが、一階部分は少し寂しく思えた。
小さな子供に合わせて持ってきた、菓子の詰め合わせを渡す。受け取った父親は一瞬瞳を揺らすが、すぐに表情をなくしてダイニングテーブルに置いた。
テーブルに向かい合うようにして椅子に腰掛けると、男が面倒そうに口を開いた。
「桜井直人だ。娘は今、妻の両親の所に行ってる。帰ってくるまでに話を終わらせたい」
「はい。よろしくお願いします」
陽一の言葉に微かに頷いた直人は、今から三年半ほど前に起きた出来事を語り始めた。




