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6-4

 それから毎日藍島は茉莉をモデルに、彼女たちの母親の人形を造り始めた。二体同時に全く同じものを造るのは初めてだが、モデルの良さも相まって夢中になって作業を続けた。

 

 茉莉と顔を合わせると緊張で思うように会話は弾まなかったが、一たび粘土を捏ね始めれば没頭して何も気にならなくなる。

 

 茉莉は大変いいモデルで、藍島と他愛ない会話もするが、作業に集中しているときは、邪魔にならないよう読書をしたり静かに過ごしている。

 

 藍島は茉莉と過ごす日々が心地よく、材料さえ手に入るならここでずっと人形を造ってもいいかもしれないとも思う程だった。しかし、それは期限付きの仕事だからだ。また別の人形を造るのなら、結局帝都の自分の家でなければ満足行く物が出来るはずは無いと理解していた。


「藍島さん、妹はなぜ母の人形を二体も作ろうと思ったか、不思議に思われませんでした?」


 ある日、茉莉が唐突に尋ねてきた。自分が寂しいから人形が欲しいのだと言っていたのでは無かったか。特に理由まで疑問を抱かなかった藍島は、素直にそのまま返事をする。


「……さあ。俺には人の気持ちは良く分かりませんから。ただ、仲がいいなら寂しかったんだろうなと思うくらいですね」


 茉莉はその言葉に頷き、少し考えてから続きを話す。


「ご存じの通り、私は病弱で度々寝込むのです。妹の陽菜(ひな)は、そんな私をいつも元気づけてくれるのです。でも、もうすぐお嫁に行ってしまうでしょう? しかも遠い外国へ」

「そうですね、そのように聞いてます」

「あの子、本当は自分が寂しいから人形が欲しいんじゃないんです」

「……どういう事ですか?」


 藍島は珍しく手を止めて、茉莉の話に聞き入った。

 

「私、いつ儚くなってもおかしくないんです。あの子は、そんな私を最期まで見守れなくて心残りに思ってるんです」

「そんな……」

「本当に、あと何年生きられるか分からないんです。だから、最期の時に自分が居なくて、私が寂しくないように、少しでも不安がないように。同じ人形を通して私を見守ってるって言いたくて、人形が欲しいって言いだしたんです」

 

 茉莉の寂しそうでもあり、嬉しそうでもある複雑な表情から藍島は目を離せなくなる。


「変な話をしてしまってごめんなさい。藍島さんを見ていたら、きっと妹の願いが叶うような素敵なお人形ができるんじゃないかと思って。だから、妹の本当の思いを知ってほしくなったんです」


 藍島はその言葉に、更に人形への思いを強くする。


 ますます作業に没頭する藍島だが、その合間に茉莉と交わす会話は心安らぐ時間だった。

 

 変わり者の藍島を否定せず、社交性がなく会話下手であっても、今まで出会ってきた女たちのように馬鹿にしてくることもない。大抵の女は藍島の見た目にすり寄ってきても、少し会話をすると気持ち悪いとか陰気だとか言って敬遠するようになる。その態度にいつも傷つき、下手な会話が猶更下手になり、どんどん自信を奪われて行った。自分から近付いてきた癖に毛嫌いされて、藍島は女が特に苦手だった。

 

 しかし、茉莉は一切そのような素振りを見せることは無かった。それは、今まで茉莉が見た目で周囲から受け入れられなかった経験に基くものなのだろうが、彼女に卑屈な面を見ることもなかった。そんな茉莉を、藍島は一層眩しく見つめるのだった。


 ひと月で大体の形が出来上がり、次のひと月で更に細かな部分を仕上げて行く。その間に焼き窯も順調に作られ、仕上げが終わる頃には間に合いそうだ。

 

 二つの人形は、既に誰が見ても全く同じ作りに見えるが、藍島は細部まで手を抜かずじっくりと仕上げた。

 

 目に使う魔石は、彼女たちの母親と同じ淡いブルーの魔石を柳田が既に買い付けてある。肖像画や茉莉と陽菜の目とも微妙に色が違うとの事で、一番理解している柳田に仕入れを任せていた。

 

 いよいよ細かい部分も終わり、魔石の目も埋め込んだ。あとは乾燥させて焼き上げだ。初めて使う窯とあって、乾燥が終わるまでの間に試し焼きで窯の様子を入念に確かめる。先に乾燥を済ませていたものを、窯の別々の位置に入れて試しに焼く。ひび割れや焼きムラがないかのチェックも怠らず、すっかり準備が整うまでに一週間ほどを要した。

 

 しっかり乾燥させた二体の人形を、確認した最適な位置へと置いて本番を迎える。まずは素焼きを無事に終え、ゆっくり二日掛けて冷やす。釉薬を塗布して一日乾燥させ、慎重に窯へ入れて本焼きへ。素焼きより高温で本焼きを行い、丸一日寝ずの番をする。そうして焼きあがった人形は、藍島の納得行く出来だった。

 

 そこから更に細かく着色を行い、人形に命を込めていく。


 藍島渾身の人形は、誰の目から見ても寸分違わぬ出来栄えで、その質感や色合いまで細部に渡り拘り抜かれたものだった。

 

 藍島自身も納得の行く出来栄えで、柳田や茉莉、発案者である陽菜も大いに喜んだ。


 人形制作の依頼も終わり、そろそろ柳田の邸宅を辞する日が近付いたある日、藍島は茉莉に結婚を申し込んだ。

 

 茉莉や柳田も、陽菜も大層驚いたが、茉莉以外は皆賛成してくれた。当の茉莉は自分がいつ藍島を置いていくのか知れないために、なかなか頷いてくれなかった。最後は限られた時間であっても、幸せな日々を過ごしてほしいと願う柳田と陽菜に背中を押され、ようやく承諾してくれた。


 結婚当初の二人は、藍島の家で共に暮らすことになった。数少ない人形制作の依頼をこなしながら、藍島にはどうしても諦めきれない思いがあった。一目会った瞬間に目を奪われた、茉莉をモデルにした人形を作ることだ。

 

 結婚したことで、一番近くに居てくれる存在にはなったが、それでもやはり茉莉の外面だけでなく内面から滲み出る美しさも、どうしても人形で表現したいと思った。


 はじめのうちは、恥ずかしいからと首を縦に振らなかった茉莉も、自分がこの世を去った後に藍島の心の支えになるかも知れないと思い直し、最後は首を縦に振る。


 藍島の茉莉をモデルにした人形作成の拘りはすさまじく、結婚してから一年経っても完成しなかった。何度も作り直し、納得がいかなければ壊し、また一から作り直す。茉莉の目を表現するための魔石も、片側の薄茶色のほうは手に入れたが、深い青の魔石が中々見つからない。


 そんな具合で結婚生活も、あっと言う間に一年半の時が過ぎていた。

 

 その頃になると、茉莉は帝都の空気の悪さに体調を悪化させていた。徐々に咳の回数が増え、伏せる日もある。藍島が作業部屋に籠っている間に、医師の診察も内緒で受けていたようだ。また、部屋の空気を清浄に保つ為の魔道具を購入してみたり、どうにか帝都で暮らして行けるよう、柳田の力も借りつつ手を尽くしていたようだった。しかし、藍島に悟られることの無いよう上手く隠していたため、藍島は茉莉が倒れるまで気付く事は無かった。

 

 いよいよ茉莉は帝都で暮らすことが困難となり、医師に田舎の実家で療養する事を薦められた。離れて暮らすのは互いに寂しく思うが、それでも藍島は茉莉の人形を諦める事がどうしても出来なかった。

 

 茉莉が里帰りをするとなったその日の事。茉莉はどこから手に入れたのか知らないが、自分の深い藍色の目と同じ色の魔石を藍島に差し出した。


「徹さん、この魔石ならあなたのお役に立てるかしら?」


 そう言って差し出されたアイオライトの魔石を見た藍島は、どうにも惹きつけられて目を離せなくなる。


「……ああ」


 そう一言返して魔石を受け取り、茉莉の見送りもそこそこに人形造りへと戻ってしまう。少し寂し気に、しかし諦めも含んだ儚い笑顔を残して茉莉は実家へ出発した。


 それ以来、茉莉を忘れた訳ではないのだが、憑りつかれた様に人形造りにのめり込んだ。寝食も忘れて作業を続け、元々陰気だった雰囲気がさらに不気味さを増していく。

 

 今にして思えば、人形を作るための設備は茉莉の実家にも整っていたのだ。それなのに、あの魔石を手にした瞬間、とにかく早く人形を造らなければという思いが藍島の頭を支配した。


 気付けばそれからふた月が過ぎ、藍島はようやく納得のいく人形を作り終えた。満足感に浸る間もなく我に返り、茉莉がどうしているのか考えると不安が過る。最後に見た顔は、どんなだっただろう。寂しそうにしていた気がするが、それ以上に酷く顔色を悪くしていたような気がする。

 

 突然胸を締め付けられるような苦しさに襲われ、茉莉を一人で実家に帰らせてしまった事を深く後悔した。


 急ぎ完成した人形を厳重に梱包し、茉莉の実家へと慌てて向かう。


 あの日はとても寒い日だった。十二月の帝都の風は、何かに捕まっていないと飛ばされてしまいそうな突風が吹くこともある。人形ごと飛ばされないように、慎重に貸し切り馬車に乗せ、できるだけ早く走るように御者にチップを上乗せして渡した。


 逸る気持ちを抑え、本来なら三日掛かる工程を一日半で駆け抜けた。御者には更に上乗せした料金を支払い、藍島は人形を抱えて急ぎ茉莉の居る邸へ向かう。寝食を忘れるほどに酷使した身体だったが、それ以上に茉莉の顔を見たいという気持ちが上回った。

 

 邸についてノッカーを鳴らすが誰も出てこない。嫌な汗が背中を伝い、扉を思い切って引いてみると、鍵は掛かって居なかった。

 

 足を踏み入れた屋内は、藍島が滞在していた時とは打って変わって、やけに静かだった。


 人形を抱え直して茉莉の部屋へと向かう。途中、城崎に出食わし驚いたような顔を向けられた。


「藍島様。先ほど知らせの者をやったばかりなのですが、入れ違ったご様子ですね。ですが、間に合われてよかった。お嬢様の部屋へお急ぎください」


 切羽詰まったような城崎の顔に、心臓の音がどくどくと鳴り響く。耳鳴りまでしてきて、足を踏み出すのに苦労した。ふらつきつつも半ば走りながら茉莉の部屋へと急ぐと、枕元に置かれた椅子には柳田が座っていた。


「茉莉っ!」


 思わず大声で叫びながら、茉莉の方へと駆け寄った。

 

 柳田は少し冷めた目で藍島を見るが、茉莉を一瞥すると諦めたようにため息をつき、藍島に場所を譲った。

 

 茉莉はうっすらと目を開けて、藍島を見つめて力なく微笑んだ。


「徹さん、来てくれたのね。お人形は完成したのかしら?」


 今になって茉莉の方がどれだけ大切だったのか思い知った藍島は、持っていた人形を脇に寄せて茉莉の手を握った。


「すまない。本当に悪かった。君をこんなになるまで放って置くなんて。俺は夫失格だ」


 泣きながら後悔を口にする藍島に、茉莉は一層柔らかに微笑んだ。


「いいの。あなたがどれ程お仕事が好きなのか、私知ってるから」

 

 掠れ声で、咳を交えながら話す茉莉は、更に言葉を続けた。

 

「結婚する前からずっとそうでしょう? それでもあなたと一緒に居たいと思ったのよ。だからいいの」


 藍島は後悔で胸が圧し潰されそうになり、涙が溢れて茉莉の顔もよく見えなくなる。袖で涙を拭い、両手で茉莉の手をそっと包み込んだ。


「俺はもっと君との時間を大切にすべきだった。もっと気遣うべきだった。俺なんかと結婚しなければ……」


 茉莉はその言葉に首を横に振って答えた。


「作業に没頭する徹さんを見てるのも、私は幸せだった。だって、私がモデルのお人形よ? 嬉しかったわ」


 一層かすれた声で答えた茉莉は、「お人形を見せて?」と微笑んだ。

 

 それに応えて藍島は慎重に人形を取り出し、枕元の椅子にそっと置く。茉莉は人形に手を伸ばしながら囁くように声を出す。


「ああ、素敵なお人形ね。本当に私にそっくりだわ。私、徹さんの妻になれて……幸せだった……」


 伸ばした手が届かぬ内に、茉莉の手はくたりと糸が切れた人形のように落ちた。閉じた目尻から一筋涙が零れ落ち、一つため息をこぼす様にして息が止まる。

 

 藍島が大声で茉莉の名を呼び、深い悲しみの感情が襲い掛かった瞬間、椅子に置かれた人形の目が一瞬眩く光ったような気がした。


 その刹那、たった今まで感じていた深い悲しみが、ぽっかり穴が開いたように無くなってしまった。



 陽一と珊瑚に視線を合わせた藍島は、大きく息を吐いた。シンと静まり返った部屋で、陽一も珊瑚もすぐには口を開けない。


「……俺はそれ以来悲しみを感じない。妻の事を思い出して深い後悔はあるが、あの瞬間を思い出そうとしても急に何もなくなったかのように感情が失せる」


 陽一は頷いた後、口を開いた。


「以前こちらを訪れた際、片目の無い人形があったと記憶しています。それが茉莉さんの人形ですか?」

「……そうだ」

「今日こちらには置かれていないのですね」

「……あれは、前に来た医者が見たいというから出していただけだ」

「今回見せて頂くことはできますか?」

「まあ、あんた達ならいいだろう」


 そう言って藍島は一度部屋を出て、戻ってきた時には重そうなケースを抱えてきた。ケースを開けると、中には片目の無い美しい人形が緩衝材に包まれていた。

 

 藍島はそっと取り出し、机の上に乗せる。

 

 深い藍色の魔石がはまっていた部分にぽっかり穴が開いていて、珊瑚はそこが妙に気になり思わず手を伸ばした。


「勝手に触れるなっ」


 そう言って藍島が珊瑚の手首を掴んだ。怒りの感情が一気に流れ込み、珊瑚は思わず後ずさる。


「す、す、すみません。あのっ、ほ、本当にごめんなさい」


 しかし、次の瞬間藍島から胸を締め付けるような感情が流れた後にプツリと途切れた。藍島は人形を見つめている。

 

 そのすぐ後に珊瑚の手首から手を離した藍島は、気まずそうに俯いた。


「……こちらこそ、すまない。お嬢ちゃんに悪気がないのは、わかってる」


 そう言いながら、愛おしそうに人形に触れる藍島は、苦しそうな顔をした。


「俺は、これを見ても悲しみが湧き起こらない。あんなにも絶望したのに」


 少し間を置いた藍島が言葉を続けた。


「触れて何かわかる事があるなら、触れてもいい。俺は、妻以外の人間が何をどう考えるのか興味もないから分からない。だが、さっきの話を聞いても触りたいと思う何かがここにあるなら、触れてもいい」


 その言葉に珊瑚はしばし考え込み、再度許可を得てそっと触れてみた。

 

 しかし、そこに何かを感じる事はなく、ぽっかりと空いた穴が指に冷たい感触を残すのみだった。



 藍島の話を聞き終えた陽一と珊瑚は、口数少なく診療所への帰路に着いた。

 

 結局魔石をどこから手に入れたのか、いつ失ったのかは、雅の時と同じで分からないと言われた。弘樹と会った後柳田にも仕入先の心当たりを聞いてみたが、藍島が気付かない内に招いた商人のうちの誰かだろうという程度しか分からなかったそうだ。


 珊瑚は藍島の話を聞いて、あの人が藍島や茉莉の事も利用したのだと思うと、胸が重石を乗せたように苦しくなった。これから先の話も、きっと同じように苦しいのだろうと思う。それでも珊瑚は、自身がそれを聞かなければならないのだと思った。

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