5-6
「ふふっ。お二人の顔を見てたら、なんだか本当に何とかなってしまいそうな気がしてきます」
そう言って笑った珊瑚に、陽一と涼介も笑みを浮かべて頷いた。
「よし。それじゃあ涼介も交えて、もう一度整理しようか」
「はい」
「おう」
陽一が二人に頷き、再び紙に視線を落とした。
「まずは珊瑚君の話からだね」
「はい。父親が私の目にアメジストの魔石を埋め込んだのが初めの記憶です。それから母が失踪して、言いつけどおり平良弘樹先生を訪ねて帝都に出て来たのが十二月です」
「そのちょっと前に弘樹さんと雅さんが会って、魔石の話をした」
陽一は頷きながら紙にペンを滑らせる。
「そして、その後誰かに出会って、マラカイトを預かった」
「その預ったマラカイトを、西野さんに渡した。そして、一度目に盗まれた時、先生と私が出くわしたんですね」
「そうだね。そして、そのマラカイトが今度は西野さんの執務室の、鍵が掛かった引き出しから盗まれた」
涼介が首を捻った後に陽一と珊瑚に尋ねる。
「おい、さっきから気になってるんだが……珊瑚ちゃんの魔石の話も並行してるよな。何か関係あるのか?」
その言葉に陽一と珊瑚は顔を見合わせた。ある程度予測はついているのだろうが、はっきりと確認を取りたいのかもしれない。ここまで来たらもう涼介にも明かした方がいいだろうと珊瑚が口を開く。
「はい。私の目の魔石と、先生のオパールと、マラカイトは、同じ質の物だと思います。それは全て私の父親が持っていた物と同質なんです」
涼介は驚いた様子もなく頷いた。やはり、なんとなくの予想はついていたのだろう。
「つまり陽一や、雅さん、その他の弘樹さんが調べてた症例には全て珊瑚ちゃんのお父さんが関わってるって事であってるか?」
「涼介、まだ断定するなよ」
「ああ、悪い。その可能性があるって事だな?」
「いえ、篠塚さんのおっしゃった通り、ほぼ確実に関わっているのだと思います」
珊瑚は俯き加減で唇を噛んだ。
「ああ、そんな顔するなって。陽一も俺も、珊瑚ちゃんが悪いなんて思ってないぜ」
そう言われても、あの人が関わっているなら、珊瑚も加害者なのだと思う。左目に埋め込まれた魔石が感情を引き寄せるなら、ほかの魔石と繋がりがあるかも知れない。誰かの感情を奪う道具になっている可能性がある。それなら自分にも責任がある気がしてならない。
俯く珊瑚の肩にぽんと手が乗せられ、ぱっと顔を上げた。
「これならわかるか? 俺は珊瑚ちゃんが悪いなんて本当に思ってないぜ」
肩から伝わる気持ちに、大丈夫だと言われているような気がする。眉を下げたまま、何も言えずに涼介を見上げた。本心からそう思ってくれているのは伝わるが、「そうですね」と簡単に納得することも出来ない。
しばらく黙って見上げていると、突然涼介の手が払われた。すぐに陽一の手が頭に乗せられ、涼介の感情が霧散する。一瞬流れてきたのは、何となく悔しいようなもやもやとした気分だ。陽一から伝わってきた感情は、以前より少し長くとどまった。
不思議に思って見上げると、陽一は静かな目で何かを考え込んでいる。涼介が二人を交互に見てから、顔を顰めた。
「おい、陽一。なんで俺の手を払うんだ」
陽一は少し拗ねたような顔で、珊瑚の頭から手を下ろした。
「涼介。お前、何か狡い」
「は? 何がだよ」
腕組をした陽一は、渋面を浮かべたまま答えた。
「涼介はいつもそうだよね。無自覚に人の懐に入り込むのが上手いんだ。僕が出来ない方法で、珊瑚君の信頼を得ることが出来るなんて何か狡い」
その言葉に涼介は目を瞬き、「お前ってそういう事気にする奴だっけ?」と首をひねった。珊瑚は、陽一が以前言っていたことを思い出す。
『あいつって、人の懐に入り込むのが上手いでしょ? やっぱり涼介みたいな医者の方がいいのかなって思ったんだ』
ちょっと見優しそうで、患者にも親切で。余裕そうに見えるが、本当は人との距離に悩みを持っている。そういう陽一だから、人との関わりに問題のある珊瑚を受け入れてくれたのだと思えた。
「先生は触れなくても、言葉とか態度で伝えてくれてます。いつもちゃんと伝わってますよ」
陽一は少し顔を歪めて、視線を逸らした。淡く微笑んだ珊瑚は、更に続ける。
「最初から先生の感情は伝わって来なかったけど、私はそれでホッとしました。一緒の時間を過ごして、触れて流れてくるものがなくても、先生が優しいのはもう知ってます」
珊瑚はこれまでの日々を思い起こし、目を細めた。
「いち君も診療所に来る患者さん達も、皆先生のことを心から信頼してます。触れて分かる私が言うんだから、絶対ですよ」
陽一は微かに微笑んで「ありがとう」と掠れた声で返した。その目元がうっすら赤く見えるのは気のせいだろうか。そんな陽一の背中を涼介がバシンと叩く。
「俺もそう思うぜ。そうじゃなきゃ弘樹さんが居ない診療所に、誰も通ってなんか来ないだろ」
陽一は「痛いよ」と言いながら涼介を叩き返すが、その顔を見れば照れ隠しなのは一目瞭然だ。叩き返された肩をさすりながら、涼介が口を開いた。
「それで、また一つ疑問なんだがな」
「なんだ?」
少し悩んだ後に、涼介が口を開く。
「神殿が珊瑚ちゃんの魔石を気にしてるのは、特殊な魔石だからだよな?」
「ああ、そうだな」
「そもそも、その特殊な魔石って何なんだ?」
珊瑚と陽一は、はっと顔を見合わせた。重要なことを涼介に伝えていなかった。しかし、西野に口外してはならないと言い含められている手前、言っていいものかどうか珊瑚は迷う。対して陽一は、涼介をじっと見つめて答えた。
「これを聞いたら、涼介も神殿とのいざこざに巻き込まれるかも知れない。協力してくれるなら助かるけど、そこまでの事は望んでない。深入りするつもりがないなら、これは知らない方がいいと思う」
涼介はちょっと呆れたような顔で、ため息を吐いた。
「お前、今更何言ってんだ。弘樹さんとお前のことを調べ始めた時から、俺はとっくに深入りしてんだよ。最後まで付き合うから全部話せ」
陽一はちょっと笑みを浮かべてから、「わかった」と答えた。
「珊瑚君の目と、僕のオパールと、西野さんの持ってたマラカイトは同質だって言ったよね。それは全部、神殿の封印された古の魔石と同質みたいだ」
涼介はごくりと喉を鳴らす。
「その魔石は全部、神殿から持ち出された物だってことか?」
「多分そうだろうね」
涼介は間を開けて、言いづらそうな素振りをする。
「で、その持ち出した人物が、珊瑚ちゃんの父親なのか?」
「私はそう思います」
「神殿はどう思ってるんだろうな」
「わからないね。西野さんは深く聞いてこなかったけど、予測してる可能性はある。ただ、珊瑚君の目に魔石を埋め込んだのが彼女の父親だとは伝えてない。だから、魔石を持ち出した人物と珊瑚君に関係があると思っているはわからないね」
涼介が考え込み、少し間を置いて唸り声を上げた。
「となると、神殿が動いてるのは珊瑚ちゃんの魔石だけが狙いなんじゃなくて、父親のことも関係してる可能性があるな」
「そうかもしれないし、単純に珊瑚君の魔石を危険視しているのかも知れない」
「西野さんの知っている情報と、神殿の持っている情報にも違いがあるかも知れませんね」
「そうだね」
手元の紙を見て少し考えていた陽一は、再び口を開いた。
「僕は、西野さんは珊瑚君の目について、神殿に話してないと思ってる」
「お前は西野さんのこと随分信用してるからな」
「そうだね」
そう言えば、涼介が来る前もそんな事を言っていた。不思議そうな顔の珊瑚に向かって、陽一がその疑問に答えた。
「西野さんは、叔父さんの大学の先輩なんだ。僕は医者になるのを反対されて、実家に色々邪魔さたんだ。そのとき、西野さんが力になってくれたんだよ。神殿のお偉いさんって結構発言力大きいから」
「ご実家からの邪魔ですか?」
「うん。僕と涼介は、二年早く医師免許取得したんだけどね」
「えっ?」
珊瑚は思わず声を上げるが、そう言えば陽一は二十四だ。普通なら今年やっと免許取得のはずだが、この診療所に二年いると言っていたっけと思い出す。
「あれって取るときにいくつか条件があって。保証人と推薦人が必要だってものがあるんだ。それぞれ別の二人がね」
「そうなんだよなぁ。普通は親が保証人で、推薦人を別に頼めばいいんだが」
涼介が頭を掻きながら顔を顰めた。
「僕の場合、父は反対してるから保証人にはならない。叔父さんが保証人を買って出てくれたけど、そうなると推薦人になって貰えない」
「陽一の家って、かなり稼いでてデカい会社なんだ。だから、親父さんの一言で推薦人を断る人ばっかりでな」
「それは困りますね」
珊瑚は唸り声を上げるが、なんとなく続きが予想できてなるほどとも思う。
「そんな時に、叔父さんが相談したのが西野さんでね。神殿の上層部で社会的にも国にも信頼が厚い。僕の父親からの影響も受けない」
「かなり都合のいい人だな」
「でも、西野さんには何の得にもならない」
「西野さんは、なぜ引き受けてくださったんでしょうか?」
珊瑚は西野の鋭い視線を思い出しながら疑問を口にする。珊瑚から見ると、一見優しそうでも実際は気を抜くと足をすくわれそうな印象だ。
「あの人、いい人だって言ったでしょう? 子供はいないんだけど、僕らの世代を見ると自分の子供みたいに思えるって言って、実は情け深い人なんだよ」
「そう……ですか。今日お会いした印象は、もっと怖い人かと思いました」
「今日は西野さんの厳しい面が表に出てたからね。僕は医者になったらお礼をするって言ったんだけど、いい医者になって患者に還元しろって断られたよ」
珊瑚は、陽一が西野を信用している理由に頷いた。ただ、自分の事については魔石が関連しているから、どこまで信用できるか分からないとも思う。
「俺も西野さんが神殿に報告した訳じゃないと思うぜ」
涼介の声に珊瑚が首を傾げた。
「どうしてですか?」
「俺は陽一と違って、人柄とか信用とかそういう理由じゃない。珊瑚ちゃんと陽一が西野さんと夕飯食ってたのは、俺が帰ってしばらくしてからだろ?」
「はい」
「俺は一旦家に帰ってしばらくしてから、資料を置き忘れた事に気付いて、病院へ戻ったんだ」
そこで涼介は斜め上を見上げながら、思い返すように話しを続ける。
「そうしたら、雅さんがさっきの話をしてくれたんだ。雅さんは俺たちが帰った後、手術の下調べで院内にまだ残ってたんだ」
珊瑚は頷きながら、もしかしたら待ち合わせで読んでいた本も暇つぶしではなく、資料だったのかも知れないと思う。
「それで、話を聞いてすぐに俺はここに来た。って事は、二人が西野さんと別れてそれほど経ってないよな?」
「そうですね」
「だとすれば、西野さんと二人が飯食ってる間に、雅さんは神殿の人間に話を聞かれてた事になる」
それでも珊瑚はまだ不安が残る。
「でも、私たちと会う前に神殿に報告してたって可能性もありますよね?」
「まあ、絶対無いとは言わないけどな。だが俺が思うに、先に神殿に報告してたなら、わざわざ警戒させるような事をするか?」
珊瑚はその言葉に、唸り声を上げながら考えこんだ。
「西野さんに対する俺のイメージは、もっと抜け目ないな。本当に珊瑚ちゃんを神殿で拘束したいと考えてるなら、もっと上手く立ち回ってこっちが気付く前に片付けてるだろ」
レストランでの西野を思い浮かべると、いきなり額をテーブルにぶつけていたことを思い出す。珊瑚は慌てて首を振り、あれもわざとかも知れないと顔を青くした。
「あと、もう一つ」
「なんでしょう?」
「西野さんが魔石を盗まれたのって神殿の執務室だよな?」
「はい、そうおっしゃってました」
「それで内部の人間に少しでも疑いを持ってるなら、珊瑚ちゃんの事を報告してなくても不思議じゃない」
考え込むようにして下を向いた珊瑚は、頷きながら答えた。
「……なるほど、そうかも知れませんね」
「だから、もし神殿が珊瑚ちゃんを拘束するような動きをしてるんだとしたら、西野さんとは別の線だと思うぜ」
珊瑚はその言葉にまた別の不安が湧き上がる。
「でも、それならもっとよくないんじゃないでしょうか?」
「ああ、うーん。まあな」
涼介は歯切れ悪く答える。
「少なくとも西野さんは、先生にも私にもどちらかと言えば友好的ですよね。でも、神殿長様や補佐の人は全くわかりません」
涼介は腕を組んで呻き声を上げる。突然パンと乾いた音が響き、手を合わせた陽一が口を開く。
「考えても無駄なことは、ひとまず置いておこう。情報を集めるうちに何かわかるかも知れない。少なくとも僕は、西野さんは敵じゃないと思う。何かあった時には、ある程度は力になってくれると思ってるよ」
どことなく気楽な調子でそう言った陽一は、一転真剣な目をして続けた。
「もしそうじゃなかった時は、僕にも覚悟がある。僕だって魔石を持ってるし、影響を受けてる。だから僕も当事者だ。珊瑚君だけが理不尽な目に合うなんて事には、絶対させないよ」
珊瑚は不安を抱えつつも、陽一の言葉に静かに頷いた。
明日、明後日は2話ずつ投稿になります。




