5-4
食事を終えて紅茶を飲みながら一息ついた三人は、姿勢を整えて本題へと移る。
「さて、弘樹から預かった魔石の件なんだが」
「はい」
「一度目に盗まれた時は、ただのスリだと思ったんだ。しかし、二度目に神殿の私の執務室から盗まれたとなると、流石にただの物取りとは思えない」
「そうですね。西野さんは自宅ではなく、神殿で保管してたんですか?」
「ああ。自宅だとどうも落ち着かなくてな。執務室の鍵のかかる引き出しに入れていた」
「他に鍵を持っている人が?」
「いや、私だけだ。しかも、盗まれた後も鍵が掛けられていた。だから、正確にはいつ盗まれたのかわからんのだ」
珊瑚は首を傾げて西野を見つめた。
「あの、神殿の内部ってそんなに簡単に入り込めるものなのでしょうか?」
その言葉に西野は苦虫をつぶしたような顔をして答える。
「いや、無理だな。例えば私が神崎さんを招待して執務室に通そうとしても、かなり面倒な手続きが必要になる。礼拝堂は出入り自由だが、内部に関してはかなり厳しく精査されているんだ」
「それでも執務室まで入り込めたという事は、内部の人間が関係してるって事ですか?」
陽一の問いに、西野は更に顔を顰める。
「そうとしか思えん」
「西野さんに、心当たりはないんですか?」
「魔石の話をしたのは神殿長とその補佐、あとは陽一君と神崎さんだけなんだ」
珊瑚は青くなり、陽一と西野を交互に見比べてから首を横に振った。
「ああ、神崎さんと陽一君を疑ってはないから安心して欲しい。二人が犯人なら、一度目の時に盗んだ男が持ち去ったと言えば済む話だからね」
珊瑚は胸を撫でおろし、小さく息を吐く。
「神殿長と補佐の方は信用できる人なんですよね?」
「そのはずだった。特殊な魔石の話だし、弘樹も構わないと言っていたから話を通したんだ。しかし、この状況で本当に信用出来るのか私にもわからなくなってきた」
西野の言葉に、陽一も珊瑚も神妙な顔で頷いた。
「特殊な魔石の場合は、神殿長様にお伝えするものなのでしょうか?」
「その通りだ。神崎さんも神殿に古い魔石が封印されてるのを知ってるかな?」
「はい」
珊瑚は初詣で見た不思議な魔石を思い出す。
「魔石は鉱山から採掘された特殊な宝石だという事は?」
「はい。魔力を込めて効果を付与出来るのが魔石で、それが出来ないものが普通の宝石として流通しています」
「ああ、その通り。その採掘の際、稀に古い時代の特殊な魔石が採れる場合があるんだ」
「神殿に封印されているのと同じような物ですか?」
「それと似たような物だな。今まで神殿の魔石ほど古く、特殊なものはまだ出ていないがね」
「そういった物は神殿で管理されるのでしょうか?」
「必ずではないがね。一旦神殿で預かって、鑑定の結果問題なければ市場に流す事もある」
「稀に高値で売られている魔石はそういった物なのですね?」
「その通り。これらの話は極秘事項だから、他言無用だ」
珊瑚は目を丸くして慌てて口を開く。
「えっ、わ、私にそのような重大な事を話して大丈夫なのですか?」
珊瑚の問いに、西野は軽く肩を竦めて答えた。
「これを話さんと、私の疑問も解けそうにないからな」
そう言った西野は先ほどより鋭い視線を珊瑚に向ける。
「神崎さん。君の目は少し普通とは違うように思うんだが」
その言葉に珊瑚はギクリと肩を震わせた。答えに詰まり頭が真っ白になる。震えそうになる手を膝の上でぎゅっと組み合わせた珊瑚は、見るからに顔色をなくした。そんな珊瑚の代わりに陽一が口を開く。
「確かに目に問題を抱えてます。でも、珊瑚君は僕と叔父の患者です。患者の症状に関して、詳しくは話せません」
西野は「参ったな」と頭を搔いた。その様子に先ほどの鋭さはないが、珊瑚は心臓がドクドクと脈打って落ち着かない。
「弘樹が魔石の事で何かを調べていたが、私は詳細を知らない。ただ自分と連絡がつかなければ、君に魔石の話をしても構わないと言っていた。そんな状況で今、君の隣に、変わった目を持つ神崎さんが居る。これが偶然だとは思えない。神殿には特殊な魔石を管理する責務がある。だからこそ、それを放置することはできないんだ」
「神殿長にも伝えたんですか?」
「いいや、まだだ。その必要があるかどうか判断がついていない。だが、その目が魔石である事は間違いないね?」
聞かれた珊瑚は真っ青な顔で俯いた。その姿は肯定しているのと同意だ。
チラリと珊瑚を見た陽一は、珊瑚の頭をぽんと軽く叩いた。はっとして陽一を見ると柔らかな笑みを浮かべていた。陽一は珊瑚に頷いてから、視線を西野に戻した。
「珊瑚君の片目に魔石が埋め込まれているのは事実です」
「ふむ」
「これはある人物によって埋め込まれた物ですが、どんな効果が付与されているのかはわかりません。しかし、度々頭痛に悩まされ、体調を崩すんです。それで困り果てた珊瑚君は、眼科の専門医として名の知れた叔父の元を訪ねてきた訳です」
陽一は、嘘はついていないが全てを話してはいない。珊瑚が知られたくない部分に触れずに話す陽一に、感心するとともにほっとする。
「なるほど、筋は通ってるな」
西野にじっと見られた珊瑚はほっとしたのも束の間、また落ち着かなくなって眼鏡を触る。
「西野さん、そんなに睨んだら珊瑚君が萎縮します」
「ん? ああ、すまない。魔石の事となると無意識に集中してしまってな」
少しの間考え込んでいた西野が口を開いた。
「神崎さんは、自分の意志で魔石を取り込んだ訳でもなく、何かよからぬことに使おうという意思もないという事だね?」
「は、はいっ。もちろんです」
「珊瑚君がそんな事する訳ないじゃないですか」
陽一が西野に鋭い視線を向けた。西野は慌てたように両手を顔の前で横に振って答える。
「いや、一応確認したまでだ。正直私にも神崎さんが悪事を企てるようなお嬢さんには見えない」
「そ、そうでしょうか?」
「あはははは。食事中の様子を見てればさすがに疑う余地もない」
珊瑚は食事中のはしゃぎようを思い出し、顔を赤らめ俯いた。
「すまんな、君の様子を笑ったんじゃないから誤解しないでくれ。疑うような事を言わなきゃならん自分が滑稽だと思っただけだ」
珊瑚は顔を上げて目を瞬きながら西野に視線を戻した。
「だが、私の思い込みで事を進める訳にはいかない。神殿長に伝えれば、神崎君には神殿に滞在してもらわなきゃならないかも知れない。でもきっと君たちはそれを望まないんだろう?」
珊瑚と陽一は顔を見合わせて頷き合う。
「わかった、この話は取り合えず私のところで止めておこう。ただし……」
どんな条件を付けられるのだろうかと、珊瑚は息を詰めて西野を見つめた。
「弘樹の魔石も、神崎さんの目も、こちら側には分からない事だらけだ。今君達が知っている事を教えてくれ。そして今後、新たに分かったことがあれば報告してほしい」
珊瑚は何をどこまで話せばいいのか分からず、困惑した表情を浮かべる。一方陽一は、普段通り感情を映さない目で西野をじっと見つめた。
「わかりました。可能な限りのお話はさせてもらいます」
「よし、では早速情報交換といこう」
「ええ。ではまず、叔父さんの持っていた魔石についての話を聞かせて貰えますか?」
「こちらから先に?」
「そこは西野さん、盗まれた負い目があるでしょう?」
そう言って笑う陽一はちょっと悪そうな顔だ。珊瑚は自分には思いつかない駆け引きに、二人を交互に見比べること出来ない。
西野は「それを言われると困ったな」と呟いている。盗まれたお詫びにディナーを奢ってもらったような気がする珊瑚だが、ここは口を閉ざす事にした。
「では先に弘樹の魔石についてだな」
珊瑚は緊張にゴクリと喉を鳴らす。
「魔石は盗まれたが、鑑定結果については無事だった」
「盗人には結果が不要だったってことでしょうか」
「恐らくそうだろうな。余計なところを荒らしたりせず、魔石の引き出しだけが開けられていた」
「結果はもう見たんですか?」
「ああ。弘樹が帰ってきてから一緒に開封する予定だったが、魔石が盗まれたとなっては結果を見なければ犯人の狙いも検討がつかんからな」
「それで、結果はどうだったんですか?」
そこで、西野はジャケットの内ポケットから綺麗に折りたたまれた数枚の紙を取り出した。
「まあ、詳しいことは省くが、あのマラカイトはかなり特殊なもので、古い時代の遺物だった」
陽一と珊瑚は鑑定結果の紙を見つめるが、魔石に興味のある珊瑚でも鑑定結果の数値などは何を示すのか理解出来ない。
「細かい数値はこれ単体で見ても意味が分からないだろう。だが、ここに出ている数値をあるものと比較すると非常に良く似ている。同質だと言ってもいい」
珊瑚は、はっとして西野を見つめる。マラカイトの魔石に触れた時、陽一のカメオに埋め込まれたオパールと、昔邸で触れた魔石を思い起こした。しかし、ほかにもう一つ、直接触れていないので確かではないが、似たような感覚を覚えたものがあった事を思い出す。あれは初詣の日の神殿での事だ。
「西野さんは他にも同質の魔石を知ってるって事ですか?」
陽一の疑問に西野は頷き、重々しく口を開いた。
「そうだ。あのマラカイトは恐らく神殿に封印されている古の魔石と同質のものだ」
珊瑚はやはりと思うが、それと同時に恐ろしさが湧き上がる。邸の魔石、陽一の魔石、マラカイト、そして自分の目の魔石。これらが全て同質なのだとしたら、あの人は神殿から魔石をどうにかして手に入れたという事だろうか。
(でも、なんのために? いつからそんなことを?)
珊瑚の頭の中で、嫌な問がぐるぐると駆け巡る。
「神殿の魔石が、誰かによって盗まれたってことですか? そんな事可能なんですか?」
陽一の疑問に西野が難しい顔をして重い口を開いた。
「今までは不可能だと思っていた。だが、私の執務室にも簡単に侵入を許すくらいだ。神殿関係者に内通者がいれば、あるいは魔石を盗み出す事も出来るのかもしれんな」
重苦しい空気が流れ、三人とも押し黙ってしまう。珊瑚は自分が予想していた以上に大きな事態になっている事に一層恐ろしさが増した。張り詰めた空気を一新するように、西野が口を開いた。
「さて、こちらの情報はこれまでだ。次は陽一君と神崎さんの番だな」
「はい」
珊瑚は不安な気持ちに押しつぶされそうで、微かに頷くことしか出来ない。
「では、僕らの知ってる事をお話しします」
「ああ、頼む」
陽一は珊瑚に視線を送って、大丈夫だと言うように軽く頷く。珊瑚は恐ろしさが消えた訳ではないが、一先ず陽一に任せればきっと大丈夫だと少し肩の力を抜いた。
「まず、叔父さんが調べていたのは、ある共通点がある患者についてです」
「ふむ」
「症例の似た患者を調べる内に、魔石が候補として挙がったようです」
「その症例とは?」
「その点に関しては、守秘義務がありますので詳細は話せません」
珊瑚は、なるほどと思う。陽一は自分や珊瑚のことも含めて、医師の立場を盾に詳細を話すつもりはないのだ。嘘はついていないし、話せない理由もはっきりと述べている。守秘義務と言われて、法を犯してまで話せとは西野も言えない。神殿といえども、法律に従うのは当然のことだ。
「なるほど。それは事件でもない限り、警察でも聞き出せないな」
肩を竦めた西野が答えた。
「では、話せる範囲で続きを頼む」
頷いた陽一が話を続ける。
「魔石に特殊な効果があるのか、それぞれの魔石に共通点があるのか、それを調べるために叔父さんは似た症例の患者を訪ねていたようです」
「陽一君が断定しないのはなぜだ?」
「僕に心配かけると思ったのか、詳細は明かされていませんでした。実際わかっていたら、一緒に調べたでしょうし」
「なるほど」
やはり陽一は自分の魔石についても話すつもりは無いようだ。それは、あのカメオが大切な人の物だから渡したくないからだろうか。そう思うと珊瑚は複雑な感情が湧きおこり、自分でも不思議になって首を捻る。
「それで西野さんに渡したマラカイトは、どこから入手したのか僕らも知らないんです」
「ああ、確かにあれを見た時、二人とも初めて見たような反応だったな。私に魔石を渡した話すら弘樹がしていなかったのは分かった」
「そうですか。……僕らはマラカイトを持っていたのではないかと思う人を訪ねたのですが、その人の物ではありませんでした」
「その人物が持ってた魔石は手に入らなかったのか?」
「はい。似た症例の患者は全て、魔石を紛失していました」
「それはもしかして……」
「僕もおそらく同じことを考えています」
西野は難しい顔で、声を落として答えた。
「やはり、同じ人物に盗み出されたという事か」
「そう思います」
珊瑚はその人物を思い浮かべて不安が膨らむ。西野と陽一はそれぞれ考え込んでいる様子だったが、しばらくすると西野が唸り声を上げた。
「そう言えば陽一君は、詳細を明かされていなかったと言ったが。今は知っているという口ぶりだな?」
「ええ。叔父さんが出掛けてから、偶然症例についてのカルテを見つけたんです」
「なるほど。その詳細のカルテを見せてもらう訳には……」
「守秘義務がありますから」
陽一は満面の笑みで答えた。対して西野は肩を落としてがっかりしている。
「その患者たちがすでに魔石を持っていないなら、無理に聞き出す事も出来ないな」
「そうですね。それに、その患者さんたちは魔石の力を得て何か問題を起こすような症例ではありませんから、安心してください」
「なるほど。それなら魔石が見つからない限り、神殿の管轄ではないな」
ふうっと大きく息をついた西野は、残っていた紅茶を口にする。
「概ね互いの情報は交換出来たってところかな」
「そうですね、僕らの知ってる事でお話しできることは全て話しました」
「では、また何かあればお互い知らせ合うという事でいいかな?」
「はい」
三人共に残りの紅茶を飲み干して、テーブルのベルで給仕を呼ぶ。西野は会計があるので、そこで陽一と珊瑚は先に部屋を出た。
その後姿を見送りながら、西野は一人考える。
(神崎珊瑚。神崎という名前には憶えがあるな)
ふと大学時代の後輩を思い起こす。顔立ちの美しさは似ているが、髪や目の色が違う。だが、立ち居振る舞いや無邪気さは、西野の知る人物を思い起こさせた。
(神崎澪、彼女に似ている気がする。陽一君と一緒に居るのが彼女の娘なら、これもまた因果か。そして、藤原統司。あの藤原なら目に魔石を埋め込むこともやるかも知れんな)
片手で口元を覆い低く唸る。
(警戒させるのは得策ではないな。あの娘に害意は無いだろう。問題は藤原がどう関わっているかだ。あの娘が変に利用されなければいいが)
部屋で会計を済ませながら、西野はディナーの代金以上の収穫に苦い笑みを浮かべた。




