142.霞とお花
「って感じかな」
葵が話し終えると、霞が心配そうに口を開いた。
「それは、すごく大変でしたね」
「うん。でも、あやのさんはすっごく優しいんだよ。まぁ、たまに変なテンションになることも多いんだけどね……」
霞は葵の言葉から、あやののことを信頼していることを感じ取れて安心した。
「葵ちゃんもいい主人に会えたようでよかったです」
「まぁ私の場合は主人ってわけじゃないんだけどね。今度、二人もお店に遊びにおいでよ。綺麗な雑貨がたくさんあるんだよ」
「はい、ぜひ」
二人が楽しそうに話しているのを見て、十六夜はふっと微笑み団子を口へと運ぶ。
「そういえば、霞も今日は何か見せたいものがあるんじゃないのかい」
「そうでした」
霞はぽんと軽く手を叩いて立ち上がり、ベランダの方へと歩いて行く。
「こっちです。私のお友達を紹介します」
「お友達?」
葵は不思議そうに立ち上がり、十六夜はその後ろをついて行く。
「で、お友達ってどこにいるの?」
「この子たちです」
楽しげに、両手を広げて見せた場所には植木鉢が2つ。
綺麗に花を咲かせている、霞草と鳳仙花があった。
「わぁ、綺麗なお花。お友達ってお花のことだったんだね」
「霞草のシロちゃんと、鳳仙花のベニちゃんです。ナギがベランダでお花を育てていいと言ってくれたんです」
「名前もついてるんだ。よかったね霞ちゃん。お花大好きだもんね」
「はい!」
霞は花に負けず劣らずに満開の笑顔を見せた。
「これが霞のいつも言っていた花か。なかなか綺麗じゃないか」
「そうですよ、シロちゃんもベニちゃんもすっごく可愛いんです。ベニちゃんは今朝花を咲かせたんですよ!」
「へぇー、そうなんだ。元気いっぱいに見えるのはそのおかげかな?」
葵は花をじっと見つめ、鼻を動かし香りを楽しんでいる。
「いい匂い……私は葵だよ。よろしくね、シロちゃんとベニちゃん」
「ふふっ、葵ちゃんともお友達になれてよかったですね、ベニちゃん、シロちゃん」
二人は並んでしゃがみ、花を愛でている。その後ろ姿を腕を組み、十六夜は微笑みながら見つめていた。
「花……か」
十六夜は前に現世に来た時のことを思い出していた。
◇◇◇
霞の主人の家へと帰るために夕暮れに染まる道を、霞と十六夜はとぼとぼ歩いていた。
「十六夜、今日はありがとうございました。お散歩をして楽しかったです。それに、お団子まで……」
「気にするんじゃないよ。散歩と団子ならいくらでも付き合うから。たまにはあんたの方からも誘いなよ」
「……主人の用事と鍛錬をお休みする日があれば」
「はぁ……まったく……」
霞の表情は相変わらず暗い感情が張り付いている。十六夜は、現世に来る前と変わってしまった霞が心配で散歩へと時々誘っていたのだ。
「鍛錬の息抜きくらい自分で見つけな。それに、主人のために何もかも自分を犠牲にする必要はないよ」
「……ですが、それが私の使命ですので」
少し語気を強めた十六夜に、ただ機械のように、使命を果たすためだという、本心を全て隠した言葉を返すだけ。十六夜はそんな霞の姿を見るたびに心が締め付けられていた。
家へと近づくほど霞の足取りは重くなっていった。
「霞。もう着くけど、本当に苦しい時は道場になんでも言い訳をつけてきな。私や葵、それに……」
ふと気づくと霞がしゃがんでいた。
「どうかしたのかい? 」
「十六夜、見てください」
霞の視線の先の地面には、小さな黄色い花が咲いていた。
「花……?」
思わぬ答えに十六夜は戸惑った。
「名前も分からないのですが、とっても綺麗です」
霞は優しく笑っている。それは、十六夜が久しぶりに見た霞の笑顔だった。とても小さい、それでも大きな一歩だった。
「……そうだね、綺麗な花だ」
「ふふっ。お花を見ていると、元気をもらえますね」
温かく、柔らかい時間が流れ始めていた。この一瞬は主人のことは忘れていられるほどに。
「霞!そんなところで何してるのさ」
だが、そんな温かな時間はすぐに崩れ去った。声の方向を見ると霞の主人が苛立つようにこちらを見ていた。霞の表情はまた暗く仮面をつけたようになってしまった。
「主人、お帰りなさい」
「とっとと着替えな。その格好で出歩くなっていつも言ってるだろ?」
「承知しました」
霞は小さく頭を下げる。そして、綺麗なその装束からボロ布のような装束へと姿を変えた。
「霞……」
「ほら、さっさと。やる事は山ほどあるんだから、ぼさっとするんじゃないよ!」
霞の主人はぶっきらぼうに霞の前を歩いて行く。
「あっ……」
霞は思わず、声を出した。霞の主人はさっきまで十六夜と見ていた花を何のためらいもなく踏み躙ったのだ。
「何か言いたげだね?」
「い、いえ」
霞の視線の方をちらっと一瞥し、踏み躙られた花を見る。
「あー……それか。地面に生えてる雑草のことなんかいちいち考えて歩いてられるわけないだろ? ここは人様の道だ。生えてる方が悪いんだよ」
乾いた笑いと共に冷たく言い放つと、霞の主人は家の中へと入っていった。霞は静かに踏まれて倒れた花を見つめている。
十六夜は、心の底から怒りが湧き上がり収まりそうになかった。
「最低なヤツだ。霞、あんたも少しは言い返しな。さっきも言ったけど、私らは別に主人の……」
「十六夜」
怒りに任せた十六夜の言葉を、霞は静かに遮った。
「花は踏まれても踏まれても、根っこがあれば芽を出して、また綺麗な花を咲かせるんです。とっても綺麗なのに強いんです」
涙声で震えていたが、はっきりと意思のこもった言葉だった。
「だから、大丈夫です。この子も……私も。心配しないでください」
「霞……あんた……」
「何してるのさ!さっさとしな、霞」
「申し訳ありません。主人、ただいま」
霞は涙を拭いて、また真っ暗な仮面を被り主人の元へと歩いて行く。
「では、十六夜。また」
十六夜は、霞の暗く強い決意の背中を見守るしかなかった。
「せめて、花……見られるところもう少し探しといてやるか」
◇◇◇
ベニちゃんとシロちゃんを見ている霞の背中は、幸せに満ちている。それだけでなく、十六夜が今現世に来てから霞の背中はいつ見ても楽しそうで、明るい決意をしっかりと秘めていた。
「ほんと、よかったね。霞」
「十六夜、何か言いましたか?」
「……別に、何も言ってないよ」
「そうですか?」
霞は、少しだけ不思議そうな顔をしたがすぐに植木鉢へと目線を戻した。
「ねね、霞ちゃん。シロちゃん達の写真撮ってもいい?」
「いいですけど、写真を撮れるんですか、葵ちゃん?」
「うん。この、スマホでね!」
葵はポケットからスマホを得意げに見せて操作した。
「ここをこうしてこうすると……ほら」
葵は今撮ったベニちゃん達の写真を霞に見せる。
「すごいです、葵ちゃん。そのスマホを上手く使いこなしているんですね。私には何が何やら」
「えへへ、道具を扱うのは私得意だから」
「葵は、昔から器用だからね」
葵は二人に褒められて満更でもない様子。
「そうだ、みんなで写真を撮ろうよ!ベニちゃんとシロちゃんも一緒に」
「いいですね!撮りましょう」
「ま、仕方ないね」
葵に引っ付くように霞と十六夜が集まる。内カメにしたスマホを上に掲げ、位置を調整する。
「この辺かなぁ……よし、いい感じ。じゃあ取るよ、せーの」
ピコンと写真を撮る音が鳴り、写真を確認する。
「うん、上手く撮れてるよ」
「本当ですね!すごくよく写ってます」
弾けるように笑う葵と霞、そして透かしたように笑う十六夜。その後ろには綺麗に咲いたベニちゃんとシロちゃんの姿も。
「いい写真じゃないか」
「ね! 後で印刷して二人にもあげるね」
「そんなことまで……。葵ちゃんは、何でもできますね」
「えへへ、道具のことなら何でも聞いてね」
胸をポンと叩いて、葵は得意げだった。
「さ、そろそろ残った団子を食べるとするか」
十六夜はふっと笑って、部屋へと戻って行く。
「まったく……十六夜は、本当にお団子ばっかりですね」
「いざちゃんらしくていいんじゃない?」
「そうですね」
部屋ではすでに、十六夜は椅子に座り団子を吟味していた。二人は呆れ半分で部屋に戻り、一緒にまた団子を食べるのだった。




