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141.葵がやって来た日③

「君、どんなところから来たんだい」

「警察に連れて行ってあげた方がよくない?」


逃げた先でも葵は声をかけられたが、怖くてすぐに立ち去っていた。ほとんどが悪意がないものだったが、葵にはそんなものを感じるほど、その時は余裕がなかった。


「もう、嫌だよ」


葵は走るのに疲れ、しゃがみ込み、また泣いてしまっていた。

そんな時、落ち着いた柔らかな優しい声が聞こえたのだった。


「ねぇ、あなた大丈夫?」


絶望に打ちひしがれ、目を腫らした葵が顔を上げると、赤みがかった茶色い髪を耳にかけ、見つめる女性がいた。左肩には鞄を掛けて、右手には缶のサワーが入った袋を持っている。


「何かあったの?」


腕を組みながら見つめるその目は、とても優しくて葵には温かく感じた。


「みんなを……探していて……」

「みんな……っていうのは、お友達のこと……かしら?」

「友達……」


葵は返事に困ったが、小さく頷いた。女性は葵に視線を合わせるようにしゃがみ、話を続けた。


「あなたや友達は、スマホは持ってないの?」

「スマ……ホ? えっと……それって」

「……これのこと、だけど」


女性は鞄から携帯電話を見せた。葵は瞬きを大きくしながら見る。明らかに、初めて携帯を初めて見たような様子の葵を、女性は不思議そうに見つめていた。


「もしかして、これ見るの初めて?」

「は、はい。前に来た時は……あっ。えっと……」


葵は、女性の視線に気づき慌てて誤魔化すために言葉を濁した。


「スマホを知らない……それに、その格好」


葵の現代社会に不釣り合いなほど、しっかりとした和装をじっと見つめ、顎に手を当てて考える。

葵は何かを疑われていると思い、この場から逃げる覚悟を決めた。


のだが、


「わかった。もしかしてタイムスリップ系でしょ?」

「へっ?」


葵は、予想外に楽しそうな笑顔を見せる女性に素っ頓狂な声をあげてしまった。


「絶対そうだ。携帯も知らないし、それにその格好。江戸とかから来た系よね」

「いや、その……」

「いいって、隠さなくって。あ、正体は隠してバレてはいけないみたいな感じの方かしら? もしかして世界を救うみたいな」


葵が入り込む隙がないほど女性は矢継ぎ早に、勝手に理解したように楽しそうに喋っている。


「それなら、あなたもしかして行くところに困ってるんじゃない?」

「えっと……まぁ……それは……」


葵が胸の前でぎゅっと拳を握る。みんなを探すためには、しっかり休める場所があった方がいい。現世の人間に頼ってはいけない。葵はそう思っていたからだ。


「なら、決まりね。家に来なさい。ここから少しは歩くけど」

「いや、でも……」


葵は真っ直ぐに見つめる女性の目を見る。女性の目には霞たちの主人には溢れていた悪意が、一片も感じられなかった。


(この……人間なら……)


「その……少しの間、お世話になってもいいですか?」

「もちろん、私の方は構わないわよ」


軽くウインクをする女性に、葵はようやく笑った。


「あぁ、そうだ、自己紹介がまだだったわね。私は青山あやの、よろしくね」

「わ、私は、葵って言います。お世話になります」


葵が立ち上がり、慌てて頭を下げているのを見てあやのは声を出して笑い、立ち上がった。


「そんなに畏まらなくていいのよ。……さ、帰りましょうか」

「は、はい」


ゆっくりと歩いて行くあやのの後ろを葵はついて行く。さっきまでの不安はなく、現世に来て初めて感じた安心だった。


「それで、あなたのことは聞かない方がいいのかしら」

「………大丈夫です。ちゃんと話します」


葵は、自分という存在。仲間の存在、もののけのことを話した。本当は、主人以外の現世の人間には話してはいけないのだが、葵はこの人になら話しても大丈夫だと判断したのだった。


「成る程ね……」

「信じてくれますか……?」

「……信じるも何も、そんな嘘つく理由もないしね」


あやのは、肩をすくめて答える。葵は、信頼してくれているのだとほっとした。


「それに、大人になってこんなファンタジーみたいなワクワクする話に出会えるなんて最高じゃない?」


あやのの表情は子供のようで、興奮が抑えきれないようだった。


「で、葵ちゃんは徳川家康とか見たことあるの?」

「えっ、いや……多分ないと」

「なら、もっと前かな。織田信長とか?」

「いやー多分それも」


あやのの家に着くまでは、しばらく質問攻めに葵はあうのだった。葵は苦笑いしながらその質問攻めに付き合うのだが、嫌な気持ちよりもどこか明るい感情が心に広がっていた。

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