ミルレイク子爵領
犯人が何処を拠点としているのかは解らないが、メレニアは、ひとまず王都を離れることにした。
夜昼構わず、人目があろうがなかろうが、仕掛けてくる相手である。狙われたメレニアは、暫時軟禁状態だ。
どうせ、屋敷から出られないのだ。それなら、広々ゆったりとしたミルレイク子爵領の領主館のほうが、くつろげるだろうと、父子爵が配慮してくれた。
「このところ、王都暮らしでずっと修行していただろう?たまには羽を休めておいで」
「そうね。ボリスやエレーナとも、だいぶ会ってないわ」
「私が帰る時にも、王都に残るからなあ」
領主館では、現在弟と妹が暮らしている。弟ボリスは、13才。妹エレーナは、10才である。残念ながら、2人とも家業に適性はない。どうやら興味も薄い様子。
母ヘイリーは、馬車の旅が好きだ。ひと月毎に、子爵領と王都の子爵邸を行き来している。父が月に一度帰る日に、便乗して移動する。父の仕事は現在王宮出勤なので、王都に屋敷を構えていた。王都から1日がかりのミルレイクからでは、通勤不便なのだ。
「万が一危険なことがあれば、すぐ行く。お守りに警報機能を追加しとくな」
「警報?」
「危ないと思ったら、魔力を流せ。それだけでいいよ」
リチャードは、すっかり面倒見がよい兄貴分だ。メレニアは、更に一歩踏み込みたい。しかし、どうしたらよいやら、見当もつかなかった。お茶会の乙女トークに混ざれない真面目さで、そうした情報に疎いのだ。
(殿方は、好きな子には、声が甘くなるって聞いたことがあるわ。リックさん、そんなことないなあ)
眼差しが優しくなるときはあるのだが。
(お父様がお母様を見詰める時みたいな視線を、下さる時だってあるもの)
可能性はある、でも今はそれどころではない。狙われたご令嬢メレニアは、浮わついた感情を一旦頭の隅に押しやるのだった。
(今は、じっと隠れているのが、私に出来る最善だわ)
馬車の旅は、快適だった。普通は、揺れや音が辛いと聞く。ミルレイクの秘術の効果らしい。加えて、見送りに来てくれたリチャードが、馬に疲労軽減の魔法をかけてくれた。
「犯人の事は、こっちに任せとけ。あんまり出歩くなよ」
「気を付けます」
出発前のやり取りを、メレニアは馬車の中で何回も思い出していた。見送りに来てくれただけでも舞い上がったのに、優しく頼もしい言葉までかけて貰えたのだ。
花咲く川辺に差し掛かる。馬車は、馬に水を飲ませるために休憩をとる。
ミルレイク子爵領は、水に恵まれた森林地帯だ。王都より少し寒く、既に秋草が花をつけている。赤も黄も、夏より濃い色の花が多い。
メレニアは、ついつい紫を探してしまう。憶えず、胸元の紅い石に手をやる。
「まあ、仲がおよろしいのね」
リリーに言われ、驚いて手元に視線を落とす。視界には、柔らかに反応しあう、石の中の濃い紫と指先の深緑があった。
「これは」
喜びと恥ずかしさに、メレニアの頬が染まる。
「想い合う2人の魔力は呼び合う」
魔法使いの恋にまつわる伝説だ。
(でも、私、魔力は少ないわ)
魔法使い同士だけに現れる、ロマンチックな現象とされていたが。そもそも、魔法使いは数が少ない。人は皆、何かしらの魔法が使える。しかし、ここで言うのは、国から認可を受けた強力な魔法使い達の事だ。
リチャードの魔法と、父ミルレイク子爵の秘術が影響しているのだろうか。
「お嬢様っ、危ない!」
「えっ?」
突然、カワセミが飛んできた。美しい青を、晩夏の陽射しにきらめかせ、一直線に飛んでくる。細長く尖った嘴は、あっと言う間に首飾りを奪っていった。
「ああっ!」
叫び声も虚しく、何処からともなく放たれた虹色の光を浴びる。
リリーは、渾身のジャンプで、リチャードがくれた御守りをカワセミからむしりとる。
王太子の婚約者とそっくりなご令嬢、メレニア・フィランは、草の間で見落とすようなカヤネズミになっていた。
次回、森を抜けて




