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森を抜けて

 リリーはリチャードの御守りを握りしめ、泣きながら主人を探す。侍女の叫び声に驚いて馬が騒ぎ、御者が(なだ)めている。


 メレニアは、辺りに漂う魔法の気配を感じとる。


(今までと違うわ。逃げなきゃ!)


 今回、虹色の魔法は、メレニアを動物に変身させたあとも残っていた。これまでは、変身の瞬間しか感じさせなかったのに。


(リリーには悪いけど、馬車には戻れない)


 姿を見せれば、捕まってしまいそう。メレニアは、カヤネズミの短い足を必死で動かし、草陰を走る。


(千切られた時咄嗟に流した魔力が、警報機能を起動してるといいんだけど)


 メレニアが目指すのは、ミルレイク子爵領だ。数年ぶりで朧気な記憶しかないが、出鱈目に駆け回るよりはましだ。


 振り返らず走るメレニアには、リリーの手に握られた紅い石が、紫の魔力を帯びて光るのが見えなかった。



 カサカサと草をかき分けて、カヤネズミ令嬢が川岸を急ぐ。ネズミの身では、地面のデコボコや小石が大きな障害物になる。視界も極めて悪い。

 眼を楽しませた赤や黄色の秋草も、頭上遥かに揺れている。前だけを見て逃げるので、花は視界にも入らない。


 木の根が眼前に迫る。


(ミルレイクの森だわ)


 貴重な薬草が数多く採れる森は、ミルレイク領の玄関口だ。森を抜け、村を通り、丘を越えれば、湖の畔に領主館がある。領主館は、ミルレイク子爵の秘術で守られている。カヤネズミの足で、どのくらいかかるかは解らないが。



 川岸の草原よりも、森の中は走りにくかった。複雑にはびこる木の根をよじ登り、降り積もった枯葉に足を取られる。苔むした岩や樹の根元に生えるキノコで、つるりと滑ることもあった。


 突然、にょろりとミミズが顔を出す。驚いて止まる。カヤネズミの小さな眼には、巨大な環虫(かんちゅう)に映っている。ゴクリと唾を飲み込む。


(動くのよ、メレニア!)


 急がなければ、捕まってしまう。虹色の魔力は、まだ気配を残しているのだ。メレニアは、勇気を奮い起こしてミミズを回避する。不思議なことに、ネズミの髭が空気の流れを捉え、鼻は森の魔力をかぎ分ける。


(村は向こうね)


 行くべき道が、自ずと解る。頼りなく細い脚をがむしゃらに動かす。そうすれば、虹色の魔法使いから少しでも離れることが出来るだろう。



 もうどれくらい走っただろうか。ミルレイクの深い森の中では、時間がよく解らない。陽の光があまり届かないのだ。微かに漏れ来る陽射しは、昼頃のように思うのだが。


 明け方に王都を出た。馬車なら、現在半道といったところか。メレニアは見つからないように、わざと道をそれて走る。森の中にも道は通っているのだ。馬車は水分休憩を取った後、森を抜ける予定だった。


 森の向こうには、ミルレイク領グリーンハーブ村がある。そこで、昼食を摂るつもりであった。

 カヤネズミの足では、森の中程にすら到達出来ていない。そろそろお腹も空いてきた。虫や小さな蛙に怯えながら、メレニアは、夢中で先を急ぐ。



 走りながらも、きょろきょろと周囲を見回した。食べられそうな物を探しているのだ。カヤネズミの本能が、草の実やドングリの在りかを伝えて来る。人間でも美味しくいただけるような灌木に実るベリー類を、高性能な鼻が嗅ぎ分ける。


(ちょっと遠いわね。折角だけど、諦めよう)


 空腹を満たすよりも、そのまま森を駆け抜けるほうが、メレニア・フィランの命は助かるに違いない。そう判断して、村の方角へと進路を決める。


 ただし、村には入らないつもりだ。迂回して、領主館が建つ丘を目指す。勿論、姿を人間に(さら)さないためである。

次回、丘を登る

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