夜会の魔女
見上げると、鮮やかな黄色いマントの魔女がメレニアの首もとに手を伸ばしてきた。別の国の魔法使いだ。マントの魔法使い相手に、メレニアが出来ることは少い。
彼女は、ただのか弱いご令嬢だ。体術も出来ない。
(リックさんの石は渡さないんだから)
余裕の笑みで伸びてくる黄色い魔女の手を、思い切り叩く。憎悪を示す魔女を押し退け、メレニアは廊下に飛び出した。
(お父様の薬草魔法で強化されているもの。魔法では奪えないんだわ)
だから、接近して直に奪い取ろうとしたのだ。
夢中で逃げると、薄暗い回廊に出た。柱に取り付けられた魔法灯の、水色の光がふんわりと影を落としている。灯りの根元には、華やかな生花が飾り付けられている。
上質な絨毯がメレニアの足音を吸い込む。後ろから追いかける黄色いマントの魔女は、魔法で加速しているのか、あっという間に距離を詰めてくる。
(失敗した。全く人気がないわ)
回廊で衛兵でもいれば、魔女も諦めるかと思ったのだが。
(リックさんに怒られちゃう)
眉間に皺を寄せるリチャードを思い浮かべ、そんな時ではないのに頬が緩む。
柱の影から急に白い袖が出てきた。袖口には黄色い縁取りがある。騎士服のような地厚の生地だ。そこから覗く手は、肉厚で剣ダコがある。
(黄色い魔女のパートナー?そもそもなんで、外国人がいるのかしら?)
王宮夜会に国賓が呼ばれるなど、聞いたことがない。
メレニアの眉間に、リチャードみたいな縦皺が寄った途端、白い腕にがっしりと掴まれる。
はっとして振り払おうとしても、却って引き摺られてしまう。リチャードの紫色をした小さな薔薇が、弾みで靴から千切れ飛ぶ。
(なんてことするのよ!)
新緑の瞳に怒りの火が灯る。
「ぐるるる」
口から出たのは、獣の唸り声。体は虹色の光を帯び、カールした栗毛の犬になっていた。
(どうして?)
愕然として辺りを見回す。鮮やかな黄色いマントの下から、純白の鞣し革で作られたブーツが覗く。足から体、顔へと辿れば、勝ち誇った顔で、リチャードの紅い石をぶら下げた女が見下ろしていた。
バランスを崩した隙に、特殊な刃物で切り取ったのだ。強化の魔法を無効化する素材の、稀少なナイフ。どこか外国の国家魔法使いだけの事はある。
(この人が、虹色の魔法使い?魔質が違うみたいだけど)
メレニアは、白い腕の中で暴れる。今や腕しか見えない男に、床に押さえつけられている。小さな犬になってしまって背中を掴まれているので、見えないのだ。
リチャードがくれた大切な御守りを、取り返すことだけ一心に考え、首をよじって牙を剥く。
「レニーっ!だめだ!」
叫び声と共に、心地よい魔法が降ってくる。
「ぐっ」
白い袖の男が吹き飛ぶ。黄色い魔女が魔法で逃げるよりも一瞬早く、メレニアがジャンプする。魔女は姿を消し、メレニア犬の口には、紫色をした魔法の炎が揺らめく紅い石のペンダントが咥えられていた。
遅れて駆けつけた衛兵が、白い袖の男を引きたてて行った。
「ストリングス魔法卿、お話を」
「後で行く。まずは魔法を解いてくる」
「しかし」
不満そうな衛兵を尻目に、リチャードは、ペンダントを受け取ってメレニアを抱えあげる。
瞬きの間に、2人はリチャードの庭にいた。
次回、消えた痕跡




