狩人の矜持
風が収まる。
身を縮めていたミラノとセレヴィは、身体の構えを解き、目の前を見つめて目を丸くした。
彼女たちを包み込んでいた純白のマントが、翼のようにふわりと翻る。
「大丈夫だった?」
ネフェロは、彼女たちを見てにこりと笑った。
彼が風から皆を身を挺して護ったのだ。誰が見てもそうと分かる痕跡が、彼の額や頬に残っていた。
薄く血が滲んだ頬を手の甲でぐっと拭い、ネフェロはクレテラに向き直る。
「風に、水の能力を使うのか。厄介だねェ」
「こんな時でも笑っていられるのか。呆れた奴だな」
アーゼンはクレテラの動向を注視しながら、ネフェロに言った。
「お前の剣では奴に致命傷は与えられない。迂闊に飛び出すんじゃないぞ」
「ん。分かってる分かってる。危険な真似はしないって」
「先走られても面倒見切れないからな」
言い残し、アーゼンはその場を跳躍する。
クレテラの腕を足場として飛び乗りながら、左右の手に溜めていた力を解き放つ。力は鋭い石の鏃となって、飛礫のようにクレテラの全身を撃ち抜いた。
固い鱗が何枚か弾け跳び、肉を傷付ける。
クレテラは咆哮し、アーゼンを睨んだ。
「やってくれたんだな」
手に乗ったアーゼンを鬱陶しそうに振り払い、水で幾本もの槍を作り出すクレテラ。
宙返りをしながらアーゼンは両手をばっと広げた。
彼女の背後に、土の槍が何本も出現した。それはクレテラが水の槍を放つと同時に放たれて、互いの力を相殺し合いながら砕け散っていく。
「燃え尽きるのサ!」
ブリスタが炎を吐く。
アーゼンは地に着くと同時にその場を跳んだ。
炎はアーゼンが着地した場所を焼き、消えた。草が焦げ、土が熱に炙られて黒い炭となる。
「ちっ──」
アーゼンは舌打ちをして元の姿に戻った。
槍を構え直しながら、傍らの車椅子を睨み付ける。
「まだいたのか。邪魔だ」
「あんたが諦めないのと同じだ。俺は何もせずに引き下がるつもりはない」
「時と状況を考えろ」
クレテラが右手を伸ばす。
それは前転をしながらその場から脱したアーゼンの頭上を掠めて通り過ぎ、車椅子に乗っていたアノンを捕まえて持ち上がった。
「……君はまだそんな顔をしているんだな。武器は私が頂いた、もう何処にもないというのに」
クレテラは喉を鳴らして掌中のアノンを見つめた。
アノンは口の端を上げ、そんなクレテラを見つめ返す。
「武器は何も剣ばかりじゃない。誰かが教えてくれた言葉でな」
自分を掴む指の力に抗おうと、両腕に力を込める。
少しずつ、クレテラの手が広がっていく。
「俺は屈しない。できることが残っているうちは、背を向けて逃げ出すわけにはいかないんでな」
「君に何ができると言うんだな」
クレテラはアノンを持つ手に力を込めた。
みし、と固い物が軋む音が鳴る。アノンの表情に僅かに苦悶の色が混ざった。
「このまま潰してあげるんだな。2度と、夢物語など語れないように」




