未来を掴め
「はあっ!」
アーゼンは走る。槍を振りかぶりながら。
向かう先には2体の竜。彼らは赤い眼を光らせながら、迫り来る狩人の姿を見下ろしている。
「なまじ力を持っているから、歯向かおうとするんだな」
クレテラは呟くと、折り畳んでいた翼を左右に大きく広げた。
「思い知るといいんだな。四方神の力を手に入れた我らの力を」
ばさりと翼で空を打つ。
クレテラの頭上に、渦巻く水球が出現した。
アーゼンは退かない。地を大きく蹴り、竜たちめがけて跳躍する。
顔を狙い、槍を振り下ろす。槍の穂先はひゅっと空を切る音を立てながら、首を引いたクレテラの鼻先を掠めていった。
水球が打ち出される。人の身の丈ほどの大きさはあろうかという水の塊は、槍を振り下ろしきったアーゼンの身体を真っ向から捉えて、
横手から飛び出したフィレールが跳び蹴りをアーゼンに食らわせる。弾き飛ばされるようにクレテラの前から強制的にどかされた彼女の身体のすぐ横を水球は通り過ぎていき、地面に当たって豪快に水飛沫を飛ばした。
着地したアーゼンはすぐに体勢を立て直して走り出す。槍を身体の真横に構えて竜たちを睨み据えて、距離を一気に詰めて、
その身を西方神のものに変化させた。
ばっ、と両手を広げて前に突き出す。
ぼごっ、と音を立てて、竜たちの周囲の地面が陥没した。
身体に掛かる砂礫を鬱陶しそうに払いながら、クレテラたちは身を捩る。出現した穴はそこそこ深いようで、半分ほど埋まった身体は穴の淵を擦りながら広い場所を求めてもがいている。
アーゼンは投擲の体勢を取った。
宙を跳びながら、身を弓なりに反らして右手を掲げる。
掌中に出現した土の槍を、力一杯投げつける。槍はブリスタの肩口を掠めて通り過ぎ、翼に命中してその皮膜に風穴を空けた。
「その程度の攻撃なんて効かないのサ。所詮は人間が操る四方神の力、たかが知れてるのサ」
ブリスタは鼻から息を吸い込み、口を開いた。
灼熱の業火がアーゼンを襲う。アーゼンは舌打ちをしてその場を横跳びに離れ、迫り来る炎をやり過ごした。
地面に指先を付け、体勢を低く取りながら、相手の出方を伺う。
やはり、体格差がありすぎるのが攻めのネックになっているようである。
致命傷を与えるには、心臓を狙うより他にない。しかし倍以上もある身の丈の相手では、同じ人間を相手にするようにはいかないのだ。
「アーゼン」
攻めあぐねていると、背後から彼女を呼ぶ声が。
アノンは車椅子を漕いで少しずつ彼女との距離を詰めながら、言った。
「俺に武器を貸せ。俺が戦う」
「……何を言うのかと思えば、この期に及んで寝言か」
ふん、と彼女は鼻を鳴らして身を起こした。
右手に土の槍を生み出し、それを身体の前で抱えつつ顔を上げる。
見つめているのは、自分のことを見下ろしているブリスタの顔だ。
「お前の出番はない。武器を失った今、お前はただの人間だ。──いや」
ブリスタの口元から炎が漏れ出る。再度炎の攻撃が来ると悟ったアーゼンは、炎を封じるために敢えて相手の懐に飛び込んだ。
「足が使い物にならないお前は、普通の人間以下だ。そこで大人しく私に護られていろ」
頭上から、叩き付けられるように鋭い爪を光らせた腕での一撃が振ってくる。
ばちん、とそれは身を捻ってかわしたアーゼンのすぐ横の地面を叩いた。
草がちぎれて舞い、土埃が広がってアーゼンの視界を汚す。
アーゼンは土埃を払った左腕で握り拳を作り、それを虚空を殴りつけるように振り抜いた。
ざざあっ、と地面から数多の土槍が生え、ブリスタを貫かんと高く伸びる。
ブリスタはそれを、翼を盾にして防御した。
傷付いた皮膜が、うっすらと血を滲ませる。程度としてはかすり傷同然だが、流石に攻撃されたことによって虫の居所が悪くなったのか、ブリスタは獣の咆哮のような声を上げてアーゼンを睨み付けた。
「小賢しい真似をするじゃないのサ!」
「我らには及ばないとはいえ、厄介なんだな。その力」
冷静に戦局を観察していたクレテラが、翼を大きく羽ばたかせる。
陥没した地面から脱した彼は、アーゼンから距離を置いた場所に降り立った。
すぐ傍には、彼らの戦いを身を寄せ合いながら見つめていたミラノとセレヴィがいる。
彼からしてみれば、彼女たちの存在は取るに足らないものなのだろう。それでも、流石に視界内に入ると邪魔だと思えるのか、彼は尾を一振りした。
がっ!
肉の鞭がミラノたちに直撃する寸前のところで、それは剣を盾代わりにしたネフェロに阻まれた。
勢いに押されてネフェロの身体がずずっと後方に下がる。それを何とか全身の力で押し返し、堪えきったネフェロはふぅと息を吐いた。
「……危ないねェ」
ぺろりと唇を舐め、笑う。
「皆、オレの傍から離れないようにね?」
「潰させてもらうんだな。増長しないうちに」
クレテラの視線が3人を捉える。
視線が交わる位置に、収束した風の塊が出現した。
「!」
クレテラの狙いがネフェロたちであると察したアーゼンは、駆け出す。
しかし、この距離だ。彼女が3人の元へ辿り着くよりも、クレテラが力を解き放つ方が早い。
相手が何かを仕掛けてくると悟ったネフェロは身構える。
風は無数の刃となり、彼ら目掛けて雨のように降り注いだ。




