必然の戦い
じゃっ!
ノースが振るった水の鞭が、宙を舞うアノンの足首に巻き付いた。
急激に後方に引っ張られ、アノンの体勢が崩れる。思いもよらぬ死角からの力に、彼は抗えず翼を広げたまま地面に叩き付けられた。
ずだん、とうつ伏せに地にぶつかった身を捻り、アノンは自分の足首を狙って剣を振るう。
巻き付いた水の鞭を断ち切り、自由を取り戻した彼は再度宙に身を躍らせた。
ひゅんひゅんと生き物のように鞭を操りながら、ノースはアノンとの距離を徐々に詰めていく。
「ちょこまかとよく動く蝿だな」
言いながら、左手を三角形を描くように払う。
ノースの眼前に、顔ほどの大きさの水球が出現した。
更に左手を手首を捻るように動かし、印を切ると──
ぐにゃり、と水球の表面が歪み、針山のように大小様々の棘が現れた。
「落ちやがれ!」
声に呼応して、水球が棘を撃ち出す。
雨のように降り注ぐ棘を、アノンは剣で払い除けた。しかし数が数なので完全には払いきれず、彼の剣捌きをすり抜けた幾本かの棘が頬や腕を掠めていく。
濡れた傷口が、薄く血を滲ませる。ぴりっとした感覚を彼は手の甲で乱暴に擦って払うと、肩口に引いて構えた剣を突き出しながら、ノースの胸元に突っ込んだ。
心臓を抉ろうとする一撃を、ノースは身を捻って回避した。
接近した2人の視線が交錯し、ノースはにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「俺様の心臓を狙うか。そうだよなぁ、そうするしか俺様を殺す術はないんだものな?」
「…………」
アノンの表情が険しくなる。
固く結ばれた唇の間から、つっと赤いものが滲み出て落ちた。
剣先がかたかたと震えだす。それを見逃すノースではなかった。
「おいおい、震えてるぜ? そんなんで俺様を仕留めることができんのか?」
剣の刃を掴み、ぐっと引っ張る。
腕から引き寄せられる形になり、アノンは身体のバランスを崩した。
足で踏ん張ることができれば、耐えることもできただろう。しかしそれが叶わぬ身体は、相手に対して背中を無防備に向けることになった。
そこに、ノースの左手が打ち込まれる。
荒く削った氷のような透明の塊を握った手は、容赦なくアノンの身体に衝撃を加えた。
突き抜ける力の塊に、アノンは耐え切れず口を開く。
大量の血が溢れ、びしゃっと地面に飛び散った。
「綺麗な赤だなぁ」
くく、と笑い、剣を手放すノース。
アノンはその場に崩れ落ちた。
激しく咳き込み、上体を震わせて何度も血を吐く。
ひゅ、と笛の音のようなか細い息の音が鳴った。
「もっと鳴いてみせな」
ノースはアノンに対して右の足を向けた。
ぎりっ、と歯を食いしばり、アノンは顔を上げた。
上体を支えていた肘を伸ばし、その場を転がるように移動する。彼のことを踏みつけようとしていたノースの足を避けると、腹筋の要領で上体を起こしながら剣を振り上げた。
剣は、ノースの脇腹を斜めに深く切り裂いた。
衣が裂け、露出した腹に真紅の跡が付く。生じた痛みに、ノースの顔から笑みが消えた。
「……人間風情が、舐めた真似を!」
「──南方神は、俺を人間風情と過小評価はしなかった」
口内に残った血を唾液と共にぺっと吐き出して、アノンは羽ばたいた。
ノースと目線の高さを合わせ、ゆっくりと剣を構え直しながら、言う。
「俺を人間風情と侮るな。足下を掬われるぞ、北方神」
「上等だ!」
ばっと右腕を振り上げるノース。
ノースの頭上に、巨大な水の球が渦を巻きながら現れた。
「楽な死に方はさせねぇ、あのまま甚振られてた方がマシだったって思わせてやらぁ!」
向けられる怒号に、アノンは赤く染まった唇を上げる。
ノースの手から水球が放たれると同時に、彼は上空高く飛び上がった。




