雨と共に来たる者
風が強い。
黄昏色に染まった空を、分厚い雲が勢い良く流れていく。
この分では、今日は満天の星空を拝むことはできまい。
何処となく水の匂いがする空気をすうっと吸い込みながら、ロネは独りごちた。
「……嫌な天気」
干してある洗濯物を取り込み、家へと向かう。
家では、セレヴィが寝床を整えていた。
他の者の姿はない。まだ作業をしているのだろうか、帰っていないようである。
「雨、降りそう」
「おや、そうですか」
セレヴィは顔を上げ、ゆっくりと腰を上げた。
ロネの手から洗濯物を受け取り、整えたばかりの寝床の上にそれを置いて、言う。
「雨が降ったらお風呂にも入れませんね」
風呂も食卓も屋外にある。雨が降ればそれらは使えなくなってしまうのだ。
困った困ったと呟きながら、セレヴィは受け取った洗濯物の中からロネの衣服を選んで取り出して、畳んで差し出してきた。
「今のうちに入浴してきては如何です?」
「うん」
受け取った衣服を胸に抱き、頷くロネ。
ごう、と外で風が唸った。窓がかたかたと揺れ、その物音にびくっとしたロネは思わずそちらの方を向いた。
「風が強いですね」
同じく窓の方を見やるセレヴィ。
「火を熾す時は気を付けて下さいね」
「はぁい」
ロネは家を出た。
木の葉を何枚も乗せた風が、ロネの足下を叩くように吹きつけ、通り過ぎていく。
まるで嵐のようだと思いつつ、ロネは風呂の方に足を向けた。
風呂の前には先客がいた。
青い占い師風の衣裳を纏った、青い髪の男だった。風呂釜に興味津々と視線を向け、佇んでいる。
その見覚えのある姿に、ロネは足を止めて思わず声を掛けていた。
「……誰……」
「珍しいもん作ってやがるな。風呂ってやつだろ? 人間が身体を洗う時に使うやつだ」
男は顔だけをロネへと向け、言った。
「なあ?」
その表情は生気に満ち溢れており、離れているロネが見ても分かるほど、力の篭ったものだった。
ロネはぎゅっと胸元の衣服を抱き寄せて、唇を真一文字に結び、男を見つめた。
男の正体が何なのか、ロネには分かっている。
分かっているからこそ、次に取るべき行動が決められずに棒立ちになっているのだ。
「何だ、だんまりか。つれねぇ奴だな。それとも人間ってぇのは皆こうなのかね?」
男は見下すような目線でロネのことを見つめると、右の掌を身体の横で天に向けて翳した。
掌の先に生まれる、透明な物体。うようよと伸縮を繰り返しながら、それは長く大きく育っていく。
幾分もせずに、鋭い牙を備えた蛇へと成長した。
「けどまあ、仕掛けりゃ流石に悲鳴くらいは上げてくれるんだろ?」
蛇が男の掌を離れ、高速でロネへと迫る。
ロネは思わず顔を腕で覆い、目を閉じた。
ぱしゃん!
手の甲に掛かる水飛沫。
恐る恐るロネが腕をどけると、そこには──
「……もう少し間隔を置いて来てほしかったな」
水の蛇を斬り捨てた剣を下ろして、アノンは男を真っ向から睨み据えた。
「あんたで最後だ。死ぬ気でかかって来い──全力で応えよう」
「はっ! よく言った!」
男は口角を上げ、両手で複雑な印を組んだ。
両腕に絡み付くように、その掌中に水で象った鞭が出現する。
「このノース様を前にして退かねぇ度胸は認めてやるよ! 血眼者の魂を喰らう狩人さんよ!」
鞭を一振りし、男は嬉々として前に歩み出る。
アノンは翼をばさりと広げ、剣を構えて相手の懐めがけて突進していった。




