風呂に入ろう
「鍋?」
問い返すアノンに、セレヴィは頷いた。
「ええ。人が入れるくらいの大きさの鍋を設置した竈を作るんです。丁度……こんなような」
両腕を、何かを抱えているような形に広げる。
「これなら薪でお湯が沸かせますし、途中でお湯が冷めた時の心配もいりません。こういう場所向きだと思うのですが、如何でしょう?」
「……成程」
顎に手を当てて、アノンは何かを考え込むような仕草をした。
「水浴ができるから風呂は不要だと思っていたが、あった方がいいのか」
「毎日肉体労働をしている方もいますから、あれば喜ばれると思いますよ」
「そうか」
分かった、とアノンは頷いた。
「そういうことなら、何とかしよう。3日くらい作る時間を貰えるか」
傍らに置いていた剣を手に取り、彼はゆっくりと車椅子の背凭れから背を離した。
そして、3日後。
アノンは小屋の横に、セレヴィが設計した通りの風呂釜を作り上げた。
近隣から拾い集めてきた大きな石を組んで作った大きな竈の上に、人間1人がようやく入れるほどの大きさの鉄鍋が載っている。鍋は石で動かないように固定されており、井戸から汲み上げた水で満たされていた。
竈には火の点いた薪が大量に入れられている。これは、家作りの際に出た廃材を利用したものだ。
「何これ。水炊きでも作るの?」
鍋の中を覗き込み、小首を傾げるネフェロ。
竈の前で火加減を見ていたセレヴィが、苦笑しながら答えた。
「違いますよ。お風呂です」
「風呂?」
へぇ、とネフェロは感心の声を発した。
「こんな環境で風呂に入れるなんて、思ってもみなかったよ。嬉しいねェ」
「本当ですね。お願いを聞いて下さったアノンさんには御礼を言わないと」
湯加減の調整には、最初のうちは難儀した。
鉄は熱をよく通す。注意して火を焚かないとすぐに煮え湯になってしまうのである。
料理ならば煮え湯でも問題はないが、これは人肌に触れるものだ。熱すぎるのは宜しくない。
途中で水を足したり、薪の本数を減らしたりして火加減を調整し、夕刻になる頃には程好い湯加減となって入浴可能な状態になった。
セレヴィは、最初に入浴する者としてアノンを連れてきた。風呂作りの功労者として労をねぎらいたいという気持ちがあったのだろう。
「いつも色々とありがとうございます。湯加減は私が見てますから、ゆっくり浸かって身体の疲れを取って下さい」
「……俺は自分で入るためにこれを作ったわけじゃないんだが」
アノンは自分を運んできたセレヴィの顔を真下から見上げて、言った。
そんな彼の肩に優しく手を置いて、セレヴィはふっと笑いかけた。
「たまにはねぎらわせて下さい。こういう時でもなければ、貴方を労わる機会はありませんからね」
「……そうか」
前方に視線を戻し、アノンは自らの襟首に指を掛けた。
「そういうことなら……たまには遠慮せずに、労わられることにするよ」
車椅子に座したまま、彼は器用に身に着けている服を脱いでいく。
全体に細かな傷痕を付けた肉体が露わになる。普段は車椅子に座っているせいであまりそうは見えないが故だろう、想像以上に引き締まっているそれに、セレヴィは思わず彼に注目した。
「こう言っては失礼でしょうが……随分鍛えられてるんですね」
「これでも狩人だからな。身体を張る役目を担ってるからには、鍛えもするさ」
背凭れに引っ掛けていた剣を手に取り、ゆっくりと風呂釜の上に移動して、足先から静かに湯船に浸かっていく。
肩まで浸かったところで、滅多に外すことのないゴーグルを外し、顔を濡れた手で拭った。
ふ、と息をつき、空を見上げる。
「……気持ちいいな」
黄金の瞳をセレヴィへと向け、アノンは珍しく口元にあるかないか程度の微笑を浮かべて、言った。
「これを作って良かったよ」




