恋歌を紡ぐ者
「何故だ」
きっぱりと断言するアノンに、アーゼンは問いかける。
「何故お前は自分を大切にしないんだ。お前には身を案じる仲間がいるだろう」
「受身で狩人は務まらない。それはあんたもよく分かっていることじゃないのか」
アーゼンの質問に質問で返すアノン。
引くつもりは全くない。その思いが、ありありと彼の態度には表れていた。
「開拓を成功させるには、血眼者に対抗できる存在が必要不可欠だ。此処で俺が退いたら此処には戦える人間がいなくなる。この戦、降りるわけにはいかないんだ」
「私が代わりに戦ってやると言っただろう」
アーゼンも負けじと言い返す。
普段の控え目な態度からは連想できないような押しの強さを発揮して、彼女はアノンに食い下がった。
「お前が戦わなくても済むように、私が唯一無二の狩人になる。お前も、お前の仲間も、皆私が護ってやる」
「必要ない。此処では俺が護り手たる狩人だ。あんたの出る幕はない」
「アノン!」
アーゼンはアノンの肩を掴んだ。
ぎゅっと肩を強く握り締め、彼女は力の篭った目でアノンの顔を見据えた。
「何故分からない……私は、お前に死んでほしくはないんだ!」
肩を握る手が、ふるふると小刻みに震えた。
「このまま戦えば、お前は死ぬ。武器に喰われて、ろくな死に方をしないんだ! それを黙って見過ごせると思うのか!」
アーゼンの表情は悲哀に歪んでいた。
悲しみを目の前に突きつけられた少女のように、彼女は眉を撓めた顔をアノンに向けていた。
それは、これまでに彼女が見せたことのない女らしい女の姿であった。
「頼む……身を引いてくれ。お前を失うようなことがあったら、私は……」
「どうしてあんたが俺の命を惜しむんだ」
肩を掴まれた手を払おうともせず、アノンは首をことんと傾けて相手の顔を見つめた。
アーゼンはすっと息を吸い、一呼吸置いて、言った。
「私はお前が好きだ」
──アノンは目を瞬かせた。
「お前が好きだ」
言葉を繰り返すアーゼン。
「だから、お前には死んでほしくないんだ──お前のことが大切だから。愛しいと思っているから。そう願うのは悪いことか?」
今までに掛けてきた言葉は、全て。
彼を失いたくないがために発せられた彼女の思いやりだったのだ。
時に刃を交え合ってでも、彼の手から武器を取り上げようとしていたのは。
彼女ができる、精一杯の説得だったのだ。
「──俺には」
そっと、彼女の手の上に自らの手を重ねて。
アノンは、静かに口を開いた。
「人に愛される資格なんてない。そんな言葉を貰っても、何と答えればいいか分からない」
肩から外れた相手の手から手を離し、続ける。
「あんたの気持ちを無碍にする気もないがね。だが、その想いには応えられそうにない」
「……アノン」
「すまないな」
沈黙が場を満たす。
アノンのことを必死で見つめていたアーゼンは、彼の傍から1歩身を引いて。
物寂しげな微笑を浮かべて、地面に突き立てていた槍に手を伸ばした。
「いいんだ……分かっていた。この気持ちが成就しないだろうことは」
槍を引き抜き、強く握り締める。
「でも……お前の身を案じることくらいは許してくれるだろう? 同じ狩人として、……お前を知る1人の人間として」
南の空に飛び立っていく鳥を、アノンは黙したまま見送った。
彼女を見つめる彼の表情は、様々な感情色を宿したそれは何とも複雑なものだった。
少なくとも、彼女の想いは彼には届いていたのだろう。そう思える顔をしていた。
次に2人が邂逅した時。彼らはどんな想いを持って相手の前に立つのだろうか。
それは──まだ、彼ら自身にも分からない。




