2人の狩人
炎が消える。
全身から白い煙を吐き出しながら、アノンは身を包み込むように縮めていた翼を広げた。
炎に身を焼かれる寸前のところで、彼は翼を防御膜にして身を守ったのだ。
「甘い」
剣を振りかぶり、彼はサウスに突進する。
すれ違いざまに、サウスの右腕を斬りつける。まともに入った一撃に、サウスは笑みを浮かべてアノンの姿を目で追った。
「そう来なくてはな」
サウスは振り返りながら、右手の鎌で宙を斬る仕草をする。
刃の軌跡が炎となり、アノンに向かって舌を伸ばす。まさに炎の衝撃波とも呼べる攻撃を、アノンは宙高く飛んでやり過ごした。
目標を見失って地に炸裂した炎が、火の粉を飛ばしながら消えていく。その上を飛び越えるようにアノンは宙を滑空し、サウスの懐に飛び込んだ。
相手の心臓を狙って剣を一突きする。しかしそれは鎌の柄に払われて、狙いとは違う左肩に突き刺さった。
痛みに堪える様子もなく、身を捻って無理矢理肩から刃を引き抜くサウス。
傷口から滴る血が、衣を濡らして赤黒く染める。
その傷の存在が、相手に攻撃が効いている証だと信じて──
アノンは、剣を振るい続けた。
彼の剣戟は、少しずつではあるがサウスに傷を負わせていった。
腕に。肩に。腹に。
傷が増えていく度に、サウスの態度からは少しずつ余裕が消えていった。
「……これが、東方神を下した人間の力か」
「忘れたか。東方神を倒した時、俺には四方神の力はなかったということを」
アノンは休まず剣を振りながら、言った。
「四方神に対抗できるのが四方神だけとは思わないことだ」
がっ!
アノンの一撃が、サウスの左手から鎌を跳ね飛ばす。
鎌は地に落ちる前に炎と化して、消えた。
無防備になった左の胸に、剣の刃が打ち込まれる。
急所に入ったかのように思われたが、ポイントからは僅かに外れたようだ。左手で剣の刃を握り締め、サウスは吠えた。
「この南方神を見くびるでないわ!」
掌が切れることも構わずに、力任せに剣を引き抜く。
剣を引っ張られ、アノンの体幹が前方へ崩れた。
右の鎌が上段から振り下ろされる。
風切り音の存在で身に迫る危機に気付いたアノンは、咄嗟に右腕を顔の前で構えて防御の姿勢を取った。
どがッ!
振り下ろされた鎌が、アノンの腕に命中する直前のところで停止する。
背中に大きな衝撃を感じたサウスは、後方に振り返った。
そして、見る。
槍を携えた女が、その得物を背中の中心に突き立てている様を。
「なん──」
新たに出現した脅威の存在に、彼の目が丸くなる。
その際に生じた僅かな隙を、無論のこと見逃すアノンではない。
相手の緩んだ手から剣を引き抜き、胸の中心を狙って刃を繰り出した。
「── ──」
剣は、サウスの胸を深々と貫いていた。
今度こそ急所へと見舞われた一撃に、サウスは全身を震わせて右手の鎌を手放した。
炎の欠片となって消えていく鎌には目もくれず、彼は虚ろに呟いた。
「口惜しい……邪魔さえなければ、倒せていたものを」
「狩人は1人ではない。これはその可能性を考慮しなかった貴様の落ち度だ」
淡々と、アーゼンは宣告を読み上げるように言う。
背に突き立てた槍を引き抜き、冷徹な眼差しをサウスへと向けた。
「眠れ。先に屠られた同胞のように」
「…………」
サウスの全身が光に包まれる。
彼はアノンの剣に吸い込まれ、消えていった。
「……また喧嘩を売りに来たのか」
剣を下ろし、アノンは気を尖らせたままアーゼンを見据えた。
彼からしてみれば、サウスもアーゼンも対立する相手であることに違いはないのだ。
アーゼンは小さく溜め息をついて、言った。
「此処で私とお前が争うことに何の意味がある」
槍を地面に突き立てて、腕を組み、彼女は心底呆れたようにアノンを見つめた。
「普段はブリスタに合わせてはいるが──私が本当にやりたいのは、争いではなく説得なんだ。アノン」
「…………」
言われて、アノンはそこで初めて気が付いた。
いつもは必ず傍にいるブリスタが、今回は存在していないということに。
アーゼンはゆっくりと目を閉ざし、開いて、静かな口調でアノンに言う。
「頼む……これ以上、武器を使うのはやめてくれないか。このままでは、お前は──」
そこで言葉が途切れる。
アノンはアーゼンが飲み込んだ言葉の後半を察して、僅かにかぶりを振る仕草をすると眉間に皺を寄せた。
「今更な言葉だ」
「アノン、」
「狩人として生き、最期の時まで戦うのが俺の使命だ。今更人に言われた程度で生き方を変えるような真似はしない」




