穏やかな日常生活
「それじゃ、行ってくるねェ」
ネフェロとフィレールを背に乗せた黒い竜は、ゆっくりと翼を広げて晴れた空へと舞い上がった。
採掘に出かけていく男たちを手を振って見送り、ロネは天幕へと足を運ぶ。
色々と積まれている道具の中からロープを選んで引っ張り出し、桶を片手に、近くの川へと向かう。
いつもやっているように目印の石がある場所で腰を下ろし、釣りの準備を進めていく。
シャロンに釣りの仕方を教わってからは、魚を獲るのは主にロネの役割だった。
今や大人顔負けの腕前を持つ彼の釣りは、食生活を支えるのになくてはならない存在になっていた。
それでも、やはり。
「……お肉、獲れないと困っちゃうだろうな」
虫を結わえ付けたロープの端を水面に投げ入れながら、ロネはふと呟く。
彼が懸念しているのは、食肉の確保の問題だった。
肉は毎日消費するものだ。今まではシャロンが狩猟を行っていたため在庫の残りを気にする必要はなかったが、彼がいなくなった現在はその浪費具合が顕著化し、彼らを悩ませる問題のひとつとなりつつあった。
もっと早いうちから色々教わっておけば良かったな、と思いつつ、ロネはロープを手繰り寄せた。
流石に狩猟は見よう見真似でできるようなことではない。命が懸かった物事の遣り取りは、自分たちもそうだが相手も本気なのだ。
本気でぶつからなければ、成果を上げることはできないだろう。
釣り上げた岩魚を水で満たした桶の中に入れて、ロネはふぅと溜め息をついた。
とりあえず、できることからやっていこう。自分にそう言い聞かせ、彼は虫を獲るために傍の大きな石に手を伸ばした。
「……あら」
倉庫にあったそれの匂いを嗅いで、ミラノは声に出して呟いた。
「発酵しちゃってるわ、これ」
彼女が手にしているのは、野生の木から採れる林檎のような果物だった。
口当たりが良く仲間たちには好評のため普段から多くの量を確保していたのだが、どうやらそれが裏目に出てしまったようである。
酒のような芳醇な香りに変わったそれを桶に入れて、彼女は言う。
「……洋酒漬けだと思えば食べられるかしら」
ものは試しと果物を調理場に運び出し、水で洗ってサバイバルナイフで小さくカットする。
一切れを恐る恐る口に入れ、息を吸い込んでゆっくりと咀嚼し、味わいを確かめる。
しばしの沈黙の後、彼女は。
「……何だ、いけるじゃない」
食べられると分かると、後の行動は早かった。
彼女はてきぱきと運んできた果物の皮を剥き、一口サイズに切り分けていく。
「ちょっとしたお菓子ね。ロネには早いかもしれないけど」
大人にとっては良いつまみになるだろう。
普段の料理では決して作れない新たな味わいのフレーバーの誕生に、彼女は機嫌良く鼻歌を歌い始めたのだった。




