彼の名は
絶え間なく風が吹いている。
木々のざわめきに囲まれて佇んでいるのは、イースとアノン。
そして、そんな彼らを遠くから見守るロネ。
これから此処で何かがあるにしては酷く穏やかな時が、彼らの間には流れていた。
それは、まるで団欒をしているかのような、静かさで。
温かみが、あった。
「お時間は取らせませんよって。安心して下さい」
「それは有難いな」
翼を広げたアノンは、剣を携えた手を真横に上げて構えた。
「イースは本名なのか」
彼が質問を口にすると、イースは微笑みながら頷いた。
「ええ。ほんまもんの名前です。もっとも、自分のことを名前で呼ぶんはごく限られとりますけど──」
胸元に掌を添えて、言葉の続きを口にする。
「東方神。同族の間じゃ、そないに呼ばれとりますわ」
「血眼者の神自ら御足労とはな。そんなに、この開拓地は放置できない場所だったか?」
「開拓地は正直どうでもええんです。自分らがほっとけないんは──」
ふっと微笑みを消すイース。
一転して真面目な面持ちになった彼は、アノンが持つ剣を指差した。
「血眼者喰いの武器と、それを操る人間なんですわ」
「狩人さえいなくなれば、開拓地を潰すのは容易い──」
アノンは口元に僅かに笑みを浮かべて、言った。
「納得だ」
「事情は把握されとるようで、安心しましたわ」
イースは指差しの手を開いて、掌をアノンへと向ける。
何もないはずの掌の先に、不可視のゆらめきが生まれ出た。
揺れ動くそれは、周囲の空気を吸って大きく膨れ上がっていく。
風の塊だ。イースは風を武器にして、アノンの剣に対抗するつもりなのだ。
「消させてもらいます。貴方と、その武器を」
「文句はないな。あんたの命、狩らせてもらう」
アノンは宙高く舞い上がった。
イースが放った衝撃波を身を捻ってかわし、高速でイースの懐に飛び込む。
両者間の距離がゼロになったところで、剣を振るう。
イースはそれを風を纏わせた手で掴み取った。しっかりと握っているにも関わらず皮膚が切れないのは、風が膜のように掌を覆っているからなのだろう。
アノンの全力の一撃を受け止めたイースの腕が、ふるふると小刻みに震える。
それを何処か嬉しそうに見つめて、イースは唇を開いた。
「ただでは転ばない。結構なことやないですか」
剣を力で押し返し、アノンから身を遠ざける。
髪を掻き上げて、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「思ってた以上に、楽しませてくれそうですな」




