弔い
その日が来なければいいと思っていた。
1日でも遠く、遠く──願わくば、これがただの悪夢であればいいと思っていた。
しかし、神は時として残酷なもので。
刻一刻と迫り来るその時を、鮮烈な事として記憶に焼き付けさせようと計らうのだ。
苦は石よりも固く。涙は鉛よりも重く。
流れ行く時を、堤防に当たる水のように緩やかに流していく。
「……シャロン」
目の前の出来事が他人事のように流れていく。
そこにいる人々が陽炎のように佇み、移ろいでいく。
ロネは喉の奥に詰まった重たいものを飲み込んだまま、それらをただ見つめていた。
「シャロン」
誰かが名を繰り返し呼んでいる。
誰の声だったか。考えることを拒否した頭は、ぼうっと重たくそれをただそれとして捉えている。
「シャロン」
ネフェロがシャロンの手を握る。
力の抜けたシャロンの手は、何の反応も示さず、ネフェロの手の中で変わらぬ形を作っていた。
アノンはシャロンの顔に静かに触れた。
閉ざされた瞼を開いて、動かぬ碧眼をじっと観察する。
手を離し、小さく吐息して。
一言、言った。
「よく耐えたな」
顔を上げて注目してくるネフェロの方には目を向けず、彼は静かに目を閉じる。
「何もかも忘れて眠れ」
「…………」
ほろり、と目から零れ落ちた熱いものを、ロネは手の甲で拭った。
理解が追いついていなかった頭が、ようやく状況を把握したのだ。
これは、死者の弔いの席で。死者はすぐ目と鼻の先で眠っていて。
皆からは、旅立ちを惜しまれているのだということを。
ネフェロはシャロンの手を離す。
穏やかな微笑みを浮かべた顔でシャロンの顔を見下ろし、静かに口を開いた。
「苦しかったよね。辛かったよね」
差し出した掌で、包み込むようにシャロンの頬に触れる。
「……辛さを軽くしてあげられなくて、ごめんね」
他愛のない世間話をするように、言葉を紡ぐ。
「……ごめんね……」
小さく繰り返される一言が、静かな分かえって痛々しくて。
ぼろぼろと零れてくる涙を服の袖で拭い、ロネは顔を伏せた。
声は、出なかった。開いた口は酸素を求めて喘ぎ、小さな笛の音のような音を漏らした。
セレヴィの掌が、ロネの背中を優しく撫でる。
その優しさが締め付けられた心には辛くて。ロネはセレヴィに抱きつくように身を胸の中に埋めた。
シャロンは静かに眠っている。
その閉ざされた瞼は2度と開くことはなく、結ばれた唇は2度と言葉を紡ぐことはない──




