賽は投げられた
シャロンは天幕の中で、人形のように身じろぎひとつせず眠っていた。
細く、ゆっくりと繰り返される呼吸の存在が、彼が生きている証だった。
呼びかけると、僅かにだが反応を示した。時々は水を欲しがり、水を飲む時は人の手を借りて起き上がることもした。
食事は摂らない。食べたものは時間を置いて全て戻す有様だった。
そんな状況で、体力を付けることなど到底できるはずもなく。
少しずつ、彼は弱っていった。
最初のうちは口数少なくても発していた言葉が、数日も経過すると全く発することがなくなってしまった。
僅かに頷き、首を振るだけの挙動で意思疎通を図るようになっていった。
それでも、人とコミュニケーションを取れるうちはまだいい。
時間の経過に伴い、それすらも困難な状況になることが次第に増えていった。
いつ死んでも不思議ではない。
そう冷静に伸べるアノンは、まるでこれから先に起きることを見ているかのように──
1人だけ、シャロンの身に起きる変化を何の抑揚もない眼差しで見据えていた。
その挙動は、何が何でも助けようとはしていないように見受けられた。
彼は分かっているのだ。世の中にはどうにもならないことがあるということを。
時には切り捨てる必要がある物事があるということを。
それが、共に生きるはずだった仲間の命に関わることであったとしても──
「シャロンさん」
眠るシャロンを立ったまま見下ろして、イースは小さく呼びかけるように語りかけた。
「自分は、貴方に謝らないとあきまへん」
シャロンからの反応はない。だからこそと言っているかのように、彼は語りを続けた。
「貴方がそないになったんは、自分がおったからなんです。偶然でも不運でもないんです」
イースの声には、言葉通りの申し訳なさが滲んでいた。
ふう、と溜め息をつき。彼はその場に膝をつく。
シャロンの顔をじっと見つめて、
「でも……仕方ないんです。此処で戦うと皆さんが決めはったから、自分は──」
ふる、とかぶりを振り、僅かに笑みを零した。
「──余計な言葉でしたな。今のは」
そっと右手を伸ばし、シャロンの頬に触れる。
青白い顔をした彼の頬は、体温のない作り物のように、冷たかった。
「苦しまんと、眠って下さい。今の自分から言えるのは、それだけですわ」
入口のカーテンがさっと捲られる。
車椅子を漕いで中に入ってきたアノンと視線を交錯させ、イースはゆっくりと立ち上がった。
「お邪魔してました。今出ていきますよって」
「……別に構わない」
アノンは定位置に移動し、イースの顔をじっと見つめた。
「──あんたは、後悔しているか?」
「はい?」
唐突な質問に、イースは小首を傾げた。
「言うてる意味が、よく分かりまへん」
「そうか」
愚問だったな、と左手をひらひらさせるアノン。
「ロネとセレヴィが畑仕事をしている。手伝ってやってくれ」
「分かりましたわ」
イースが出て行った後の天幕に1人残ったアノンは、前方を見据えたままぽつりと呟いた。
「──賽は投げられた、か」
その呟きを拾う者はいない。静寂に溶けて、余韻も残さずに消えていった。




