毒への抗い
ロネは走っていた。
追って来るものはいない。だが持てる力を振り絞って目一杯足を動かしていた。
前方を遮る草が足に絡み付き、動きを阻害しようとしてくる。
それらを引きちぎるようにして、樹木の間を縫うように駆けた。
全ては、仲間を救うため。現れた脅威を払うために、あの男を呼ぶためだ。
キャンプが見えてきた。此処まで来れば後少しだ。
「アノン……!」
走りながらロネは叫んだ。吸った息が変な風に気管に入り、咳き込みそうになった。
何とか咳き込むのは堪え、天幕へと飛び込む。
車椅子に座るアノンの前に縋るように飛び出すと、彼の足を掴んで、言った。
「シャロンが、シャロンが!」
すぱん、と切り落とされた尾が宙を舞う。
鋏を振り上げる蠍の真上に身体を滑らせたアノンは、蠍の心臓めがけて剣を突き立てた。
振り上げられた鋏が力を失い、くたりと地に落ちる。
蠍を仕留めたアノンは、すぐ傍で跪いているシャロンの傍に近寄った。
シャロンは青い顔をして、全身を震わせていた。力なく握り締めるナイフが、震えでかたかたと揺れている。
傷を負った背中を見る。
深々と抉られた傷口が、青く変色して盛り上がっていた。流血は少ないが、決して軽くはない負傷であるとその様子が物語っている。
アノンは眉間に皺を寄せて、口を開いた。
「……毒にやられたな」
「毒?」
尋ねるイースにそうだと頷いて、視線を仕留めた蠍の尾に向ける。
「そいつの尻尾には毒がある。それで引っ掛かれたんだ」
「…………」
シャロンは小さく咳き込んだ。
口内から垂れ落ちた液体が糸を引きながら地面を濡らす。それが唾液混じりの胃液であると気付いたアノンは、表情を険しくした。
「まずいな。毒の回りが早い」
イースにシャロンを背負うように指示を出し、彼は天幕へと一足先に舞い戻った。
ロネが心配そうに見守る中、荷物を漁って小振りのナイフを取り出す。
ランプの蓋を開け、ナイフをその中に迷わず突っ込むと、ロネに向けて言った。
「水を汲んできてくれ」
「う、うん」
ぱたぱたと外に飛び出していくロネと入れ替わる形でシャロンを背負ったイースがやって来た。
アノンはイースからシャロンを受け取って床にうつ伏せに寝かせ、ランプに突っ込んでいたナイフを手に取った。
荒い呼吸を繰り返しているシャロンの顔を僅かに覗き込み、言う。
「痛むぞ。だが我慢しろ」
「…………」
こくり、と頷くシャロン。
アノンは息を吸い、吐いて、ランプの火に炙られ熱くなったナイフの刃をシャロンの背中の傷口に押し当てた。
じゅう、と肉の焦げる音が天幕を満たす。
シャロンはぐっと息を飲み、歯を食いしばって手を握り拳の形に作った。
傷口を焼かれる痛みに耐えているのだ。びくびくと小刻みに震える背中が、痛みの大きさを如実に物語っている。
「な、何をしてはるんですか」
「傷口を焼いて塞ぐんだ。放置しておくと悪化するからな」
再度ランプにナイフを突っ込み、ある程度熱したところで取り出して傷口に押し当てる手順を繰り返す。
傷口を全て焼いた頃には、シャロンの全身にはびっしりと汗の玉が浮かんでいた。
「水、汲んできたよ!」
桶にたっぷりの水を汲んだロネが戻ってきた。
アノンは桶に布を投げ入れて、ロネにシャロンの汗を拭うよう言うと、深く息を吐いた。
「これはあくまで傷を悪化させないための応急処置だ。根本的な解決にはならない」
「毒……は、どうしますのん」
アノンはイースの問いかけにかぶりを振って答えた。
「どうにもならない。此処には薬も設備もないからな」
微妙に眉根を寄せて、口元に手を当てる。
ふう、と深呼吸をひとつして、手を離し、ロネに汗を拭われているシャロンを見下ろした。
「残っている体力で持ち直してもらうしか、ない。俺たちができるのは──力尽きないように、祈ることだけだ」




