ネフェロの本気
流れるように繰り出される槍の連突きを、ネフェロは剣の腹でひとつずつ冷静に受け止めた。
きん、きんと澄んだ音を響かせて弾き返される槍から感じる衝撃に、アーゼンは舌を打つ。
単純な力比べとなると、アーゼンのそれはネフェロには及ばない。真正面からぶつかるのは得策ではないと、改めて認識したのだろう。
槍を構え直しつつ間合いを開き、アーゼンは深く息を吐く。
黒髪がざあっと扇のように広がって──
アーゼンの姿が人間から巨大な熊へと変化する。一瞬で体格差が覆されるも、ネフェロは何処か楽しそうに剣を構えたのだった。
「熊と力比べかァ。面白そうだねェ」
鋭い爪の生えた腕を振り上げるアーゼン。
ネフェロは剣を水平に構えて、それを真っ向から受け止めた。
がぎっ、と金属同士が擦れ合うような音を立て、爪と剣ががっちりと噛み合う。
アーゼンの体重を乗せた一撃に、ネフェロの剣を支える腕がぷるぷると震えた。
「おー、流石熊だねェ。さっきと力が全然違うよ」
足を肩幅に開いて、腰をゆっくりと落とす。
アーゼンの手をどうにか受け流し、ネフェロは右手で構えていた剣を左手に持ち替えた。
「それじゃ、オレも少しは本気出そうかな」
にこりと微笑み、一転してすっと表情を削ぎ落とした真面目な面持ちへと変わる。
アーゼンは咆哮し、右腕を高々と振り上げた。
持ち替えた剣を、目一杯の力で振るうネフェロ。
爪と鋼が真正面から激突し──
アーゼンの腕が、あさっての方向に弾き飛ばされた。
ネフェロの一撃が、アーゼンの力を上回り彼女の一撃を跳ね返したのだ。
腕を弾かれた衝撃でアーゼンが仰け反る。
そこに、ネフェロの斬撃が見舞われる。
ネフェロの剣は、アーゼンの腕を浅く切り裂いた。
うっすらと刻まれる赤い線。アーゼンが悲鳴と思わしき声を上げる。
茶色の毛並みの巨大な身体が淡色に輝き──
元の人間の姿に戻り、彼女はよろめいてその場に膝をついた。
槍を握る右腕に、血を吐き出す傷痕が走っている。先程ネフェロが付けた傷だ。
「……非常識な力だな。あの一撃を、こうも易々と跳ね飛ばすとは」
「オレ、本当は左利きなの。びっくりしたでしょ」
ネフェロは剣を腰の鞘にかちゃりと納め、左手を握ったり開いたりを繰り返した。
アーゼンを見下ろして微笑みかけ、問う。
「その手じゃ戦えないでしょ? それともまだやる?」
「…………」
左手で右腕の傷口を押さえ、アーゼンはゆっくりと立ち上がった。
ネフェロを見据えたまま後退し、十分に離れたところで呟く。
「……お前に狩人の素質があったなら、間違いなく最強になっていただろうな」
槍の能力を発動させて巨大鳥の姿に変わる。
傷付いた翼を羽ばたかせて、ブリスタを乗せた彼女は遠くの空へと飛び去っていった。
ネフェロはふうと息を吐き、地面の上で丸まっているアノンに歩み寄った。
「大丈夫ー?」
「……すまない」
アノンは顔を上げて小さく謝罪した。
そんな彼を抱き起こし、ネフェロはううんとかぶりを振る。
「持ちつ持たれつってやつだよ。気にしない気にしなーい」
「血眼者相手なら、こうはならないんだがな……」
まだ腹が痛むのか、鳩尾の辺りを撫で摩りながら長い吐息を吐くアノン。
「俺は弱いな。特にあんたには迷惑を掛けてばかりだ」
「気にしないって言ったでしょ?」
つん、とアノンの額を人差し指で小突いて、ネフェロは笑った。
「完全無欠な人間なんて、探したって見つかりっこないんだからさァ。ちょっとくらい欠点があった方が人間らしいって思うよ、うん」
「……俺は欠点だらけさ」
アノンは自嘲気味に呟いて、肩を竦めた。
それから幾分もせずに微笑して、言ったのだった。
「それも含めて俺なんだろうな。精進するよ、あんたたちをしっかりと導けるように」




