狩人の流儀
最初に動いたのはアーゼンだった。
彼女は1歩を踏み出して、槍を持った手を勢い良く突き出した。
アノンはそれを、身を右側に傾けて回避した。翼を大きく広げて宙に舞い上がり、アーゼンとの間合いを開きつつ剣を真横に持ち上げる。
「あんたも懲りないな」
言って、アーゼンめがけて急降下する。
一気に剣の間合いに飛び込んで、剣を振りかぶる。刃は槍の柄に阻まれて硬い音を立て、それをアーゼンは力任せに押し返した。
「私には、これしかないからな」
指先で器用に槍をくるりと回し、穂先をアノンの鼻先に突きつける。
そのまま流れるような動作で繰り出された刃を、アノンは上体を反らして紙一重でかわす。銀の前髪が1房、斬られて宙を草のように舞った。
「戦うことだけが、私の存在理由だ。その相手が血眼者であろうが、お前であろうが、変わらない」
「その心意気には同調できるがね」
アノンは反らした上体を起こす勢いを左腕に乗せて、剣を斜め下から振り上げた。
ぶん、と空を切る音と共に、アーゼンの長い黒髪が数本薙がれて地に落ちる。顔すれすれの位置を通り過ぎていった刃にアーゼンは目を若干見開くものの、動揺の気配もなく槍を身体の傍まで引いた。
「その意識を、少しは開拓地に向けたらどうだ。あんたのところにも、血眼者が出ないわけではないだろうに」
アノンは翼を大きく広げ、アーゼンとの間合いを取った。
「護るべきものを、あんたが護ってやらなくてどうする」
「……お前がその剣を大人しく渡してくれれば、此処まで大事にならずに済むんだ」
アーゼンの言葉はいつになく力が篭っている。
「我々は、いつまでも戦い続けられる身ではない。お前にも自覚はあるはずだ」
「…………」
アノンは答えない。
その沈黙を肯定と取ったか、アーゼンは槍の先を指差すようにアノンへと向けた。
「身を引け、アノン。お前はもう狩人と名乗れる身体じゃない。血眼者狩りは私に任せて隠居しろ」
「……それは気遣いか? 悪いがお断りだ。俺は隠居する気はさらさらない」
アノンは剣をXを描くように振るい、小さく笑みを口元に刻んでアーゼンを見据えた。
「俺は最期までこいつと共に生きると決めている。俺に剣を手放させたいのなら、力ずくで来るんだな」
「──人の気も知れないで呆れた男だな」
アーゼンは小さく鼻で溜め息を吐くと、槍を両手で構えた。
「穏便に済ませたかったが、仕方ない。望み通りにお前を叩きのめして手離させてやる」
すう、と息を吸い、そのまま呼吸を止める。
彼女の表情から、温情を宿した感情の色が消えた。
だっと地面を蹴るアーゼン。本気を出した彼女の足捌きは、アノンとの距離を一瞬にして縮めた。
アノンの翼を狙い、槍を繰り出す。迷いのないその一突きに、アノンは口元の笑みを消して後方へ身を滑らせた。
槍は翼を貫く寸前のところで止まった。後一歩というところで届かなかった一撃に、アーゼンはちっと口内で舌を鳴らす。
動きが止まったその一瞬の隙を突き、アノンが動く。槍から迂回するようにアーゼンの左側に回ると、剣を大きく振りかぶった。
振り下ろされた剣は、アーゼンが咄嗟に縦に構えた剣の柄に阻まれて動きを止めた。がきんと音を立てる相手の得物には目もくれず、アーゼンはアノンの目をまっすぐに見据えて槍の柄に添えた左手を弧を描くように滑らせた。
剣の刃を纏わせたまま、槍の穂先がアノンの鼻先へと向く。
アノンは反射的に頭の位置を横にずらした。
間髪入れず、今まで頭があった位置を槍が貫いていく。まさに紙一重の回避に、アノンの唇の間から僅かに歯が覗いた。
アーゼンの顔に僅かな笑みが浮かぶ。
どふっ!
「!」
急激に腹を襲った衝撃に、アノンは思わず口を開いて咳き込んだ。
アノンの鳩尾を、アーゼンの膝が深々と抉っている。
アーゼンは槍を引きながら、開口した。
「武器が槍だけだとは思わないことだ」
膝を下ろし、そのまま爪先を繰り出す。
再度鳩尾を深く蹴られ、アノンは地面に転がった。
今の蹴りは効いたようで、背中を丸めて呻いている。剣を持つ手がぶるぶると震え、すぐに起き上がることはできなさそうだった。
アーゼンは悠然とアノンに歩み寄った。
丸まっている背中を踏みつけて、槍の先をぐっとそこに押し付ける。
「勝負ありだ。剣は貰っていく」
「…… ……」
アノンが何かを呟いているが、声が小さすぎて何を言っているのかまでは分からない。
アーゼンは若干の柔らかさを宿した表情で、静かに告げた。
「せいぜい長生きしろ」
背中に押し付けていた槍を、アノンの左手──剣を未だに手離そうとしない拳にあてがう。
握り込んでいる指先を開かせるように穂先を指の間に差し込んで、強引にこじ開けさせていく。
ひゅっ──
ざく、と傍らに突き立った剣の存在に、アーゼンの動きが止まる。
こんなものを投げるのは、この場には1人しかいない。
アーゼンは顔を上げ、剣が飛んできた方向を──穏やかな微笑み顔でそこに佇むネフェロを見つめた。
「またお前か」
槍の先端をアノンから離して、彼女は溜め息混じりに言った。
「これは私とアノンとの勝負だ。お前には関係ない」
「それはないでしょー? その剣の有無が開拓の成否に関わるんなら、オレだって部外者じゃないと思うんだよねェ」
ネフェロはゆっくりとアーゼンに歩み寄った。
手を伸ばせば届くところにまで両者間の距離を縮めて、立ち止まり、アーゼンを見下ろす。
「それ、持って行かないでほしいなァ。血眼者が出た時困るもん」
「……私が代わりに血眼者と戦ってやる。お前が心配するようなことは何もない」
「んー」
こめかみの辺りをかりかりと掻いて、ネフェロは若干困ったように言った。
「アノンってさ、色々な物を作ってくれたり気遣いしてくれたり、見かけに似合わず優しいんだよねェ」
「……何が言いたい」
「つまり、オレたちにはアノンが必要なんだよ」
先程投げつけた剣を地面から引き抜いて、その切っ先をアーゼンへと向ける。
「アノンの存在意義を奪おうとする奴がいたら、戦わなくちゃねってこと」
「狩人でもないお前が私の邪魔をするのか」
足をアノンからどけて、アーゼンはネフェロに向き直った。
槍を携える手に力を込め、言う。
「以前は油断して不覚を取ったが、今回はそうはいかない。狩人と戦うことがどういうことを意味するのか、教えてやる」




