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始まりの開拓者たち  作者: 高柳神羅
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侵蝕

「ふう……」

 がしゃ、とやたらと重たそうな麻袋を天幕の前に下ろして、クレテラは一息ついた。

「やっと着いたんだな。思ったより時間がかかってしまったんだな」

 乱れた服装を整えて、帽子の位置を直す。

 麻袋を右手で持ち上げて、彼は中にいるであろうアノンに向かって声を掛けた。

「アノン。帰ったんだな」

 中からの返事はなかった。

 まあいつものことだとさしたる疑問も持たずに、クレテラは入口のカーテンを捲った。

 彼を待っていたのは、アノンが口元を押さえて床に這い蹲っている光景だった。

 ランプの燃料の匂いに混ざって、何かの臭いが漂っている。

「……アノン?」

「…………」

 アノンは伏せていた顔を上げ、ちらりとクレテラを見た。

 口元を押さえている左手の指の間から、黒いものが流れて雫を作っている。

 クレテラの表情が一気に険しくなった。

「アノン!」

 クレテラは麻袋を乱暴に下してアノンに駆け寄った。

 ひゅ、と笛の音のような呼吸音を漏らして、アノンが肩を上下させる。

「……大丈夫だ……大したことはない」

 小さな声でそう言って、濡れた左手で口元を粗雑に拭う。

 べったりと付着した血を握り込むように掌を閉じて、クレテラから視線を外した。

「侵蝕の影響が出ただけだ……すぐに治まる」

「……とにかく、その体勢は身体に負担がかかるんだな。椅子に座るんだな」

 クレテラはアノンの肩に手を回して彼を起き上がらせると、車椅子に静かに座らせた。

 ぎ、と脱力したアノンの体重を支えた椅子が軋み音を立てる。

 アノンはゆっくりと顔を持ち上げて、クレテラが持って来た麻袋に視線を向けた。

「……物資を持ってきたのか……確認するのは後でいいか?……」

「こんな状態で働けだなんて鬼みたいなことを言うつもりはないんだな。落ち着くまで安静にしてるんだな」

 クレテラは懐から布切れを取り出すと、それでアノンの口元を優しく拭った。

「『武器』の侵蝕……想定していたよりも早いんだな」

「開拓が始まってからは使いっぱなしだったからな……妥当な早さなんじゃないかと俺は思うよ」

 クレテラから布を受け取って、それで左手を拭いながらアノンは深く息を吸った。

 拭った後の掌を見下ろし、息を吐いて、言う。

「足の次に使い物にならなくなるのは何処か……腕だけは勘弁してもらいたいものだな」

「血眼者と戦う時以外はなるべく使わないようにしないと、君の身が持たないんだな」

「それは無理な話だ。製鉄に採掘の送迎に、やることは山積みだからな」

 椅子の背凭れに全身を預け、彼は前方を見つめた。

「最初から覚悟はしていたことだ──今更命を惜しんだりはしないさ」

「…………」

 クレテラは溜め息をついた。

 分かっていたことだが、この男には言っても無駄なのだ。良くも悪くも彼は頑なな部分があるから。

 本当に命が尽きるまで、剣を手離すことを考えはしないのだろう。

「……無理はするなと言っても無駄なんだな……ほどほどに、してほしいんだな。皆のためにも」

 布を返してもらい、クレテラは麻袋を空間の隅の方に移動させた。

 口を開くと、大小様々な大きさのガラスの瓶が姿を覗かせた。酒などの飲料が入っていたであろう、ラベル付きの瓶だ。

 数本を取り出し、床上に並べて、アノンの方を見る。

「ガラスを作る時の材料になると思って持って来たんだな。まあ、どう使うかは任せるんだな」

「分かった。後で選り分けておこう」

「頼んだんだな」

 天幕を出て、クレテラは辺りを見回した。

 開拓作業が進んで徐々に人の集落らしくなりつつある場景を見つめて、独りごちる。

 想定していたよりも、厄介な方向に事が進んでいきそうだ、と。

 ふる、とかぶりを振って、彼は1歩を踏み出した。

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