井戸を掘ろう
翌日。晴天の下、一同は地面のある一点を囲っていた。
ロネはシャベルを地面に突き刺して、傍らでそれを見守っているアノンに問いかけた。
「此処を掘るの?」
「ああ」
アノンは頷いた。
「水脈がある場所を掘るのが井戸掘りの鉄則だ。此処は比較的川も近いし、問題はないだろう」
「どれくらい掘るんだ?」
「水脈の深さによる。数メートルで済む場合もあれば、数十メートル掘らないとならない場合もある」
アノンが井戸作りの場所として選んだのは、小屋から近い場所にある平地だった。
平地の方が作業はしやすいだろうという計らいからそうなったようだ。
とはいえ、元は木が生い茂っていた森林だった場所だ。地面の下に思いがけないものが埋まっている可能性はある。
そういう理由もあってか、此処にはシャベルの他に鶴嘴が準備されていた。
「まあ、何より大事なのは諦めずに掘る忍耐と根性なんだがね」
「ぼく、頑張るよ」
大きく息を吸って、ロネは穴を掘り始めた。
柔らかい土は、子供のロネでも簡単に掘ることができた。これだけ柔らかいのなら、彼だけでも井戸掘りの作業は進められるだろう。
もっとも、それだけ柔らかいとなると他の懸念も浮かんではくるのだが──
「逞しくなりましたね。ロネ君は」
穴掘りに勤しむロネを微笑ましそうに見つめるセレヴィ。
そうね、とミラノがそれに相槌を打った。
「もう1ヶ月だもの。子供の成長は早いわよ」
「さ、オレらも仕事するぜ。やることは山みてぇにあるんだからな」
散った散った、と皆を追い立てるフィレール。
各々が持ち場に散っていく。
1人残されたロネは、黙々と掘った。井戸の形になるように、丸くスペースを確保して。
ある程度掘り進めば、掘った土を外に運び出さねばならなくなるため最低でも2人の人員が必要になるのだが、まずはそこまでを目指してひたすら掘り進めた。
自然と鼻歌が漏れる。
大人と一緒になって仕事をしているうちに、何かがロネの中で大きく芽生え始めたようである。
もう彼は、立派な開拓者の一員だ。世話をされるだけの子供ではない。
それは、周囲の大人たちにも何となくだが認知され始めているようで。
心配になって彼の作業の様子を見に来る者は、いなかった。
それは、大人たちからの信頼の証、と言えるだろう。
夕刻が訪れるまで、ロネは黙々と1人で作業を続けた。
掘った土を外に出すのが大変になってきた頃。穴の中に縄梯子を投げ込んだ者がいた。
「ロネ殿。そろそろ食事する頃合いだ」
外からロネを見下ろし、シャロンが彼に声を掛ける。
ロネは作業の手を止めて、土の付いた顔をそちらへと向けた。
「はーい」
「明日からは我も手伝う。今日は此処までだ」
シャベルを突き立てて、ロネは縄梯子に足を掛けた。
「井戸掘りって大変だね」
「大変でない仕事はない。狩猟も、建築も、多大な労力を要する大切な作業だ」
穴から這い出てきたロネの手を取り、立ち上がらせてシャロンは言う。
「誰1人として不要な人間はいない。御主も、仲間の一員として誇りを持たれよ」
「最近ね、ぼく、分かってきたことがあるんだ」
膝に付いた土をぱたぱたとはたき落とし、ロネはシャロンの顔を見つめた。
「何でも挑戦してみることが大事なんだなって。思うようになったんだ」
「ほう」
ロネの視線をまっすぐに受け止めるシャロン。
ロネは笑った。
「今度、ぼくに狩りの仕方を教えてくれる? ぼく、もっと皆の役に立ちたいんだ」
「心得た」
ロネの笑顔に感化されたのか、シャロンの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「井戸作りが終わったら、簡単なことから我が教えよう」
「約束ね!」
ロネは握り拳を作ってシャロンに差し出した。
これは、約束、のサインだ。
シャロンも真似をして握り拳を作り、ロネのそれに触れさせた。
遠くで誰かが2人を呼ぶ声がする。
うん、と頷いて、彼らはミラノたちがいる竈の方へと歩いていった。




