第十三章 第五話
査問委員会の終了を受けてようやくエディンバラに戻ったレオは、謹慎という名の休暇を謳歌していると思っていたS班の班員達が、また雁首を揃えて指令本部内のS班作戦本部に顔を揃えているのを見て、呆れて深いため息をついた。
「何やってんだ、お前達」
それでも一応訊いてみたレオに、ジャスティンがパアッと表情を明るくして、「班長殿、これ凄いですね」と駆け寄って来て、手にした黒い小さな機械をレオの眼前に突き付けた。
「これって、翻訳機じゃないか。なんで」
「Ms.ソフィー・フェアフィールドから国連を介して届きました。お礼だそうですよ、班長殿」
ネルソンが小さく笑みを浮かべて答えて、レオは納得した。
「つまりソフィーは、俺が使っているのと同じ物を、語学力ゼロのお前にも贈ってくれたって事か」
「いえ、俺だけじゃないですよ」
ジャスティンが頬を膨らませて抗議すると、班員全員が同じ機械をレオに翳してニヤリと笑った。
「それで講習会を行っていたんです。様々な状況を想定して実験を行っていまして、改善の余地のある処を報告しようかと思いまして」
恐らくコイツらならそうするだろうと読んだソフィーが、自分達を実験台に使っているのだと分かったレオだったが、それが彼女の進む道の後押しになるのならと、フッと苦笑を溢した。
「でも、Ms.フェアフィールドにも予知能力があるんですね」
ポツリと言ったルドルフの言葉にレオは不思議そうに顔を上げた。
「次は南米ですから、ポルトガル語は皆駄目ですし、スペイン語が堪能なのはローグ曹長だけですよね」
「予言来た!」
興奮して大きな声を上げたジャスティンを、ビリーが「シッ!」と二の腕を抓って制止して、「痛ぇ!」と声を上げたジャスティンは抓られた箇所を痛そうに撫で擦った。
「俺だってまだ何も聞いてないのに」
呆れたレオがクスッと苦笑すると、顔を真っ赤にしたルドルフは「済みません」と小声で詫びた。
「まぁ、訪問先が事前に分かるのはいい事でしょう。準備が念入りに出来るし」
「そうだよな。南米という事は、補給地は遠いな。熱帯を想定した準備も必要だし、医薬品もだな」
暢気に呟いたニコラスに比べ、ランスはもう明日にでも出発する勢いで思考を巡らせ始めたらしいが、これからクリスマスを迎える穏やかな時期が近づいている事を思って、レオは苦笑いを浮かべて班員達に命令した。
「全員当分の間は、本国で守りを固めている家族の慰労に専念せよ。準備は年が明けてからだ」
「了解しました」
明るく返した班員達を見渡し、確かに自分達が行くべき道はまだ果てしなく遠いと、改めて腹の下に力を籠めてレオは敬礼を返した。
「自分には慰労すべき相手が居ないんですけど、どうすればいいんですかね」
妻子持ち達が其々の家族の待つ家へと帰って行って、ニコラスも亡き妻と語り合うためにグラスゴーへと向かった後、宿舎に戻ったレオとジャスティンは、クリスマス休暇の最中で人の少ない食堂で二人顔を付き合わせていたが、面白くなさそうにハギスを突っつくジャスティンは剥れた顔をレオに向けた。
「相方は実家に戻ったのか」
「ええ。奴はマザコンですからね。ママンのおっぱいが恋しくて、とっとと帰りました」
精一杯の悪態を付くジャスティンに、ブッとレオも吹き出して、口元をナプキンで拭って、子供みたいに拗ねているジャスティンを「おいおい」と窘めた。
「じゃあお前、少しの間子守でもしてみないか」
「子守? 副長殿のところですか?」
「いや、それはハナが行ってる」
ネルソンの妻ヘザーと息子ヒースの面倒を、何時も甲斐甲斐しく見ていたランスの妻イザベルの懐妊が発覚して、少し重いつわりに見舞われているイザベルに代わって、足繁くネルソンの家にハルが通って面倒を見ていたらしく、何時もは埃一つ落ちていない宿舎の玄関先も薄汚れた埃が積もり、萎れかけた観葉植物の鉢に気付いたレオが水をやったぐらいで、ここのところハナの不在が多い宿舎は火が消えたように寂しかった。
「それで、料理がこれなのかぁ」
何時もなら、ハナの手作りの温かい料理が並ぶ筈の夕食も、作り置きのハギスと、温めただけらしい野菜がもっさりと盛られた皿にジャスティンがブツブツと文句を溢したが、横を通り掛ったハナの夫ルロイは「フン」と鼻息を鳴らした。
「嫌なら食わなくてもいいぞ」
ルロイがジロリと睨むと、ジャスティンは首を竦めてモソモソとハギスを食べ始めた。
「で、子守ってのは」
「ああ、またBVIの子供達が来るんでな」
「うお、俺初めてだ」
少しテンションの上がったジャスティンは、野菜を差したままのフォークをブンブンと振り、興奮した顔でレオの顔を覗き込んだ。
「何時来るんですか?」
「またクリスマスだから三日後だ。年が明けたら帰る。学校があるからな」
レオも久しぶりに会う子供達の姿を思い浮かべて、大きくなっただろうなと目を細めて微笑んだ。




