第十三章 第四話
国連本部第二十三特別会議室で、証人としての宣誓を行い椅子にゆったりと腰を掛けビゼー判事に向き直ったレオは、目深に被った制帽の下から真っ直ぐに判事に黒い瞳を向けていた。
「これより本件証人の一人、国連援助隊先遣隊専従スコットランド軍第九十九AAS小隊S班班長アレックス・ザイア中尉による申請に基づく査問を始める」
変わらずに淡々とした表情のビゼー判事だったが、予想外のこの申請の裏でレオが何を言うつもりなのか、探るように瞳を光らせた。
「本件について申し述べたい事とは」
ビゼー判事が口を開いたが、それを制するように、代理人として立ち会っているエドガー・リードが立ち上がった。
「その前に、重要な証言を行う証人への尋問を要請する」
「……許可する」
訝しげな顔のビゼー判事は、エドガーの隣席で、飄々とした顔で座っているケビック・リンステッドをチラリと横目で見た。
「彼は『発動』に於いての重要人物であり、事態当初から【核】と【鍵】と深い関わりのあった【運命共同体】の中の一員でもある」
そう前置きをしたエドガーは、ケビックに一言だけ訊ねた。
「貴方は『発動』とは何か、どう知らされたのか、時系列を追って話して頂きたい」
レオに代わって証人席にどっかと腰を下ろしていたケビックは、重い腰を上げて前に向き直った。
「【核】であるニナが子を産めば英国の出生率は改善されると、当時連邦の研究員だったソフィー・フェアフィールド嬢に知らされたのが始まりだった。次に、ニナは【核ファースト】と呼ばれる【核】のオリジナルであり、他の【核】は全てコピーである事を、【核】のコピー達の主治医であった、故セドリック・フェアフィールド氏に告げられ、そして【鍵】であるハドリー・フェアフィールドが、故コンスタンス・ラングレーW校校長より、それすら隠れ蓑で本当は【鍵】が【核】を殺す事が『発動』の真実の意味だと伝えられた」
其処でケビックはフッと目を細めた。
「だがそれも真実では無かった。ラングレー校長の本当の狙いは、度々人類に襲い掛かる『発動』による滅亡の危機を、根本から断絶すべく、ニナの深部で眠っていた【地球の意思】を引き摺り出して、その【地球の意思】そのものを退治する事を目的としていたんだ。そして、ハドリーはそれを成し遂げて『発動』を完了させた。俺が知ってるのは以上だ」
淡々と語り終えたケビックは、もういいだろとエドガーに視線を送った。
「それを踏まえて、自分が知っている事実をお話しする」
再び証人席に座ったレオは、今もまだ怪訝そうな顔のビゼー判事に向き合った。
「昨日、Ms.ソフィー・フェアフィールドは【核】のコピー達は先天的染色体異常を抱えた病気の子供を敢えて選択したと証言していたが、その中で該当しない少女が二人だけ存在していた」
レオの言わんとする事を探ろうと、ビゼー判事は目を細めた。
「カナダの【核】とベルギー王太子であるマリア・テレジア王女だ」
レオはその険しい視線にも臆せず、淡々と話し続けた。
「カナダの【核】は連邦議会議長の孫娘で【核】として認知された第一号で言わば実験台であったが、そうではないドイツの【核】として何故ベルギーの王太子が選ばれたのか、それは彼女が【核】の真実を後世に語り継ぐためだったからだ」
「それはどういう」
言い掛けたビゼー判事の言葉を遮ってレオは滔滔と話し続けた。
「先程Mr.ケビック・リンステッドが述べられた通り『発動』の真意は、【鍵】によってこの悪夢の輪廻を築いた【地球の意思】を葬り去る事であり、【核】のコピーはその真意を【地球の意思】に悟られないためのダミーに過ぎなかった。だが出生率の低下により人口を大きく減らしていた人類にとって、コピーとは言え【核】によってその改善がなされるのであれば存在意義もあっただろうが、健康体の女性ですら子が産まれなくなっていたあの時勢で、患っていた彼女達にはそれを望むべくもなかっただろう」
少し翳りの浮かんだ顔で、レオは目を落とした。
「その上、任に適さないと判断されて否応もなく葬り去られた彼女達の悲運の声は、嵐のような風に吹き消され忘れ去られていたのが現実だ。だが、只一人生き残っていた【核】が居た。それが現在のベルギー王国マリア・テレジア女王陛下だ」
レオは決然とした顔を上げて、キッパリと言い切った。
「ザイア中尉、要約を」
ビゼー判事の諫言を無視して、レオはフッと笑みを浮かべて斜に構えた。
「何故彼女が【核】に任じられたのか。それは、彼女が国王という立場を得て、強大な発言力を以て、【核】の置かれた非情な立場を声高らかに世に知らしめる事が出来る存在だからだ。我々は忘れてないか。何故人類は滅びに向かったのか。何故【核】が必要だったのか。人類全てが背負った罪科をたった一人の少女に押し付けて、まるでその少女に罪があるかのように勘違いしていないか」
次第にレオの頬には赤みが浮かび、口元が微かに震えていた。
「そうじゃない。そうじゃないんだ。彼女は、我々が道を踏み外し、自己の充足だけに邁進し、利とならないものを排除してきた結果がこの事態なんだという事を思い出させるために存在しているんだ。我々が【核】という存在を生んだその罪科は、我々が背負うべきであり、忘却の彼方に消え掛けているその罪を改めて受け止める為に彼女は存在しているんだ」
紅潮の浮かんだ頬で身を乗り出し、全身に湧き立つ怒りのオーラが燃え始めているレオの体から立ち昇る、蒼白い炎を目の当たりにして、エドガーもケビックも息を飲んで黙って見つめていた。
「マリア・テレジア女王陛下が【核】として任じられた事も、彼女が【守護者】として生き長らえ、今こうして、過去の罪科を我々に思い出させてくれている事も全て必然だ。結果として陛下をお守りする事になった連邦の対応も、ラングレー校長の計算によるものであろう。連邦、引いてはMs.ソフィー・フェアフィールドにも、罪など欠片も存在せず、勿論【核】であった女王陛下にもだ」
「それは事実では無く、貴殿の私見ではないのか」
ようやく反論したビゼー判事にレオは言い切った。
「いや、紛れも無い事実だ。俺は【核】の悲哀を女王陛下から受け取った。彼女の額に手を触れた時、俺の中に流れ込んできた全ての【核】の悲しみの啜り泣きの声を聞いた。忘却の闇に葬り去られようとしていた彼女達の悲嘆な叫び声を聞いた。『二度と【核】を生む社会を作らないで』という彼女達の心からの願いを聞いたんだ」
「客観的な証拠を示せないのなら」
「証拠? そんなもの本国に帰って査問委員会の委員長にこう言え。『アレックス・ザイア中尉が当代の【鍵】でした。その【鍵】が、こう言ってますが』とな」
不敵な笑いを浮かべたケビックが口を挟み、唖然として口を開けケビックを見ているビゼー判事と同時に、レオも驚愕で見開いた眼でケビックを振り返った。
「【鍵】はハドリー・フェアフィールドで、彼は生まれ変わって来ている筈だ。俺が【鍵】なわけないだろう」
必死に反論するレオだったが、ケビックは耳をポリポリと掻いてフッと指を息で吹いた。
「だから言っただろうが。もうハドリーは【鍵】じゃない。アイツの役目は終わった。後はお前が頑張るしかないってな」
「いや、だがしかし」
困惑を隠せないレオは、一切取り合おうとしないケビックを前に戸惑った瞳を泳がせた。
その後査問は打ち切られ、ビゼー判事が本国に報告に戻った後、「本件についての弾劾裁判は行われない事となった」という、短い報告だけを受け一切を不問にされたソフィーは、徐々に体調も回復しているというスティーブからの知らせで、レオは一応安堵した。
その後何度もケビックに、自分が【鍵】であるというのは誤解ではないのかと問い質したが、そのレオの問い掛けを毎回軽く往なすケビックに鼻であしらわれ、受け入れ難いレオの中に鬱憤が溜まりつつあったが、確かに自分がベルギーで張った結界が自分の想定を超えていた事や、【核】であった女王に反応した事なども考えると、自分の中に、自分が知らない何かが潜んでいるのかもしれないと、堂々巡りを繰り返す思考にため息をつくばかりであった。
そして、マリア・テレジア女王が【核】であったという事実は、自分が【核】であった事も知らない女王へも伏せられ、一部の人間だけが知る極秘情報として扱われる事となったとハリソン少佐からの連絡も届いて、この件に関しては、全て無かった事とされた事にベルギーの安泰を思ってホッと息をついたレオであったが、内々に連邦に対する遺恨を残しているドイツやベルギーの国民を思うと、複雑な心境を抱えて鬱屈した思いを抱いていた。
「逆恨みでも何でも、連邦を怨んでくれるならそれでいいわ。今はもう存在しない連邦が受け皿になるのは、願ってもない事だから」
見舞いに行った国立中央病院の特別室で、ソフィーは明るくそう笑い飛ばしたが、彼女の心の底にある消えない悲嘆を感じ、レオは小さくため息をついた。
「私の事ならいいのよ」
ソフィーはそんなレオの様子をフッと笑った。
「しかし、誤解を受けたままで」
「誤解でも人心が安定するなら幾らでも受けるわ。それに、私には罰を受けなければならない義務があるのよ」
蒼く輝く瞳を閉じて俯いたソフィーは、寂しそうな笑みを浮かべていた。
「私はご大層な高説を掲げて【核】の少女達を救ったつもりでいたけど、結局は誰一人として救えなかった。ニナも少女達も。あの時SASに捕らえられて、四肢を切り落とされながら私は思ったの。『これは私が受けるべき罰なのだ』と」
「ソフィー」
付き添いで見守っていたエドガーが辛そうに眉を寄せて窘めたが、ソフィーは静かに話し続けた。
「でも私も生き長らえた。ならば私は、誰かを救い続ける事でしか、この罪科は拭えないのだと、私も分かっているつもりよ」
蒼の瞳をまた開いてレオを見上げたソフィーの瞳は、凪いだ海のように清らかだった。
「なら、お前はもう償った。その上で命があるのなら、また誰かに手を差し伸べて生きていけばいい。お前が安息を得て幸せになる事が、救いになる人物も居る筈だ」
眉を寄せたままのエドガーを見て、そして今も姉の完治を目指し奮闘しているスティーブを思って、レオはソフィーを真顔で見下ろした。
少し意外そうな顔をしてレオを見上げていたソフィーは、フッと笑うと「そうね」と言って、まだ悲しげな顔のエドガーに穏やかに微笑み掛けた。
「苦しくなったら、誰かに余分な荷物を背負って貰えばいいんだ。俺でよければ幾らでも背負ってやる。まぁ、俺なんか居なくても、お前には頼もしい担い手が居るけどな」
レオの言葉にようやく笑みを漏らしたエドガーは無言で頷いて、少し瞳を潤ませているソフィーを愛おしそうに見つめ返した。
エドガーの温かい眼差しを頬を染めて見返して、ソフィーは口元に笑みを浮かべ頷き返したが、その蒼の瞳には、英知の光が戻って来ていた。
「そうね。貴方には他にやるべき事は多いわ。私に構っている暇は無いわよ。特に重要なのはまだ疲弊している世界の安定と被災民の救出よ。これまでは比較的援助を差し伸べ易い欧州だったけれど、この先には意思の疎通の取り難い地域、南米、東アジア、アフリカ、オセアニアとまだまだ救いを求めている地は多いわ。貴方、気落ちしている暇など無いわよ」
何時もの冷静さを取り戻したソフィーにレオはグッと息を飲んだ。
「それで、私を助けてくれたお礼をAASに届けてあるから、後で受け取って頂戴」
「お礼なんて」
「いいから。どうせ必要になるものですもの」
悪戯っぽく笑ったソフィーに、レオは困惑した表情でポリポリと頭を掻いた。
「お前も信じているのか、俺が【鍵】だって」
まだ受け入れられないレオは、答えを求めて、才媛の英知の光る蒼い瞳を見返した。
「そうね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわね」
判断のしようのない曖昧な返答にレオはムゥと顔を顰めた。
「ただそんな事には囚われずに、自分の信じた道を行けばいいのよ。それが間違っていない事は、何れきっとバーグマン尼僧が証明してくれるわ」
「何でマリアなんだ?」
唐突にマリアの名を出されてレオは益々混乱した。
「さあね。でも、この間お会いした尼僧はとてもお綺麗だったわ。内面から迸るような輝きに満ちていて。愛されている証拠ね」
「おい」
クスクスと笑ったソフィーに、頬を赤らめて抗議の言葉を返して困惑と安堵の入り混じった複雑な笑みを浮かべ、自分もソフィーも抱える闇の深さを感じ、本来は冷たい風の吹く屋外の凍える空気が自分の居場所には相応しいとレオは思いながらも、穏やかで暖かい室内の空気に、内心で小さく嘆息を洩らした。




