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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第十三章 国際連合援助隊~UNAC~先遣隊 冬の休暇編
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第十三章 第三話

 当日を迎え『ガイア2100』の国連本部第二十三特別会議室に顔を揃えたのは、国連高等裁判所の判事で査問委員会の委員である仏国のアルセーヌ・ビゼー判事と書記官、そして、当事者としてのレオと、その上官であるハリソン少佐で、証人側は本人ソフィーと付き添いのスティーブの他にも、代理人としてエドガーが同席したのにレオは驚いた。

 ソフィーの婚約者であるエドガーが弁護士資格を持っている事をレオは初めて知ったが、それは皆同様だったらしくケビックさえも「知らなかった」と言っていて、しかし、あの男の泰然自若とした様子を思い浮かべて、なるほどなとレオは納得した。



「それでは査問を始める」

 黒髪をきっちりと撫で付けたビゼー判事は仏国内でも長い経歴を持ち、公平無私な判断を下す事で知られている名判事であると事前に教えられていたレオも、それでも緊張を浮かべて、静まり返った室内で、ストレッチャーの背を起こし向き直っているソフィーだけが悠然と構えている様子を、背後から男達が強張った顔で見つめている中、レオはグッと唇を噛んだ。



 ソフィーの経歴や当時の所属、役割等の質問に流暢にソフィーが答えている間は、緊張が走りながらも静かな空気が流れていた室内だったが、質問が核心に迫るとその色を変えて、途端に重く感じる空気に、レオは皆に気取られないようゆっくりと息を吐いた。


「貴女はオットー・レベンスブルグ氏を知っているか」

「ええ。私の所属していた『運命共同体(  コミュニティ)管理センター』のメンバーの一人です」

「彼が【(コア)】に関する重要機密を、本国であるドイツに、秘密裏に暴露していた事を把握していたか」

「いいえ。後に知りました」

「その彼の行動に対する報復として、ドイツの【核】を故意に死に至らしめたという事実は」

「ありません」

「では、ドイツの【核】が本来の【核】では無く、無関係の少女が身代わりとなっていた事は知っていたか」

 それまで眉ひとつ動かさずに淡々と答えていたソフィーの口元の動きが止まった。

「ええ。知っていました」

 予想しなかった答えに、レオの表情が凍りついた。

 

 連邦はドイツの【核】として保護された少女が、実は【核】では無かった事を知っていたという事実は、皆を驚かせた。


「では何故、正しい【核】を保護し直さなかったのか」

 ビゼー判事の問いにも、微かに動揺が浮かんでいた。

「ドイツ及びベルギー圏内の【核】が、当時ベルギー王国の王太子であられたマリア・テレジア王女であった事を我々は把握していましたが、王女は既にベルギー王室の手によって厚く保護されており、我々が保護する必要性は皆無と判断されたからです」

「その身代わりの少女を保護し続けた理由は」

「王女が真の【核】である事を一般には悟られたくなかったのと、その子には治療が必要だったからです。彼女は重い心臓病を患っていましたから」

「彼女の死因は」

「拡張型心筋症を起因とする急性心膜炎です。再生医療担当チームにより、移植用心臓の準備がなされていた最中に起こりました」

「故意によるものでは無いと」

「ええ。一連の悲劇を齎した主な要因は、ドイツの【核】が本来はベルギー王女であるという重要機密が、上層部にしか知らされずに秘められた事にありました。チームに配属されてまだ日の浅かったレベンスブルグ氏には伝えられていなかったのです。それにより、彼はドイツの破滅を確信し本国にそれを伝えました。我々もドイツ政府から寄せられた抗議文を以て、初めてレベンスブルグ氏が本国に内情を洩らしていた事を知ったのです」

 ソフィーは初めて悲しげな光を瞳に浮かべた。

「けれど我々は、事実を伝える事は出来なかった。それはベルギー王女の破滅を意味するからです。王女の病は、当時の最先端医療を以てしても完治の難しい病でした。その王女が真の【核】である事を明かす事は、彼女に心理的肉体的負担を負わせる事に他ならず、彼女に残された時間を縮めてしまうものに他ならなかったからです。そして、暴動と混乱に陥ったドイツは、軍を制御する事が出来なくなり、他国への進駐を始めようとしていたドイツを押さえ込むには、彼らを鎮圧するしか選択肢が無かったというのが事実です」

 淡々と語り終えたソフィーが小さく嘆息を洩らすと、判事に目で合図をしたスティーブがソフィーの傍に寄り、体の苦しそうな姉を気遣って各所に挟んだクッションを入れ替え、自分で体を動かす事の出来ないソフィーの体位変換をサポートした。


 

 スティーブがソフィーの脈拍を確認し、小さく頷いて傍を離れるのを待ってから、ビゼー判事は査問を再開した。

「それでは貴女は、連邦が故意にドイツの【核】を死に至らしめた事実は無く、レベンスブルグ氏による誤った判断が原因だったと、そう申されるという事で宜しいか」

「ええ」

「では彼が証言したという『連邦は【核】を虐待している』というのは事実か」

「違います」

 それまで眉ひとつ動かさずに淡々と答えていたソフィーの言葉が、僅かに怒気を含んでいるのにレオは気付いた。

「だが我々は彼の証言が真実たる証拠の一部を把握している」

 ビゼー判事は手元の小さな記憶媒体を手にしてソフィーに翳して見せた。

「これは、当時の連邦のサーバーより抜き出された資料の一部で、此処には連邦が【核】に対して行っていた処方や、【核】を出産させるために行われていた一連の行為が記録されている」


 嘗てケビック達が連邦のサーバーにハッキングを試みて、その時に持ち出された資料が国連高等裁判所に証拠として提出されていた事を知り、ソフィーは小さく眉を上げた。


「これに依ると【核】に対してのホルモン投与や、催眠状態にした【核】に対する懐妊行為が確認されているが、それを連邦は虐待と認識していなかったという事か」

 その資料を見たのであろうビゼー判事の、記憶媒体を翳した手が微かに震えているのは、彼が義憤を感じている所為だろうと思ってレオは目を落とし唇を噛んだが、ソフィーはその問いに毅然とした顔を上げた。

「ホルモン投与は治療のために行われていました」

「治療? それは」

「彼女達は、殆どがターナー症候群と呼ばれる先天的染色体異常の疾患を抱えていたからです」

 医学博士でもあるソフィーは、また落ち着いた表情に戻っていた。

 

 そもそも【核ファースト】であるニナが出産を果たす迄の間繋ぎとして【核】を任じられた少女達を指名したのは、最上位の番人であったコンスタンス・ラングレーW校校長と、当時聖システィーナ修道院院長であったアンナ・マリー・オルブライト尼僧であったと、ソフィーは言った。

「その任命に際しては、彼は敢えて治療が必要な少女を選択したと言っていました。適度なホルモン治療を施す事に因って、彼女達に正常な成長を促す事も出来る、そう彼は言ったのです」

「しかし、この【核】の懐妊の行為は」

 カナダの【核】が眠らされたまま次々と大人の男に犯されていくという映像は、聞いただけでも怖気が増す感覚にレオも顔を歪めていたが、ソフィーはそれについては小さく息を洩らして言った。

「否定しません。彼女は【核】の役割を最初に証明した人物であり、そのために我々が試行錯誤をして、様々な実験を彼女に試みた事は事実です。彼女は懐妊を果たして出産を行い、それによりカナダは出生率が改善して世界の崩壊から逃れる事が出来ましたが、彼女に負わせた傷の深さは皆深く承知をしています」

「【核ファースト】が逆行を起こし、全ての【核】に混乱が生じた為、その全ての【核】を廃棄したというのは、それは事実か」

「我々が当時知っていたのは、保護していた【核】が全て死んだという事実だけです。過去世を取り戻し現世の記憶を失った少女達は混乱に陥り、我々も制御出来ない状態になっていました。鎮静剤も効果が無く手を拱いていた時に、全ての【核】が眠るように逝ったのです。後に、それはオルブライト院長の判断によるものだったと知らされました」

 紡ぎ出す言葉も苦しげで辛そうな表情になったソフィーの顔色が、血の気が引いて青褪めてくるのを見て、スティーブは判事を睨んで口を開こうとした判事を止めた。

「彼女の体力の限界だ。これ以上は認められない」

「だが」

「査問の中断を要請する。証人はこれ以上査問に応じられる状態にはない」

 スティーブの言葉を受け立ち上がったエドガーが、冷静な口調で判事に申し入れを行うと、小さく嘆息をついてビゼー判事もそれを了承した。

「これにて査問は一時中断する。次回は未定、証人の回復を以って追って通知を行う」

 ようやく大きく息を吸い込んで、それからまた吐き出したレオは、ストレッチャーに横たわったソフィーが、苦しそうな息をしながら運ばれていくのを、不安の浮かんだ顔で見送った。



 

「つまりは、早合点した一人の阿呆野郎が、自国の利益の為だけに本国に情報を洩らした事が発端だったというわけか」

 査問委員会の後、下階の国際コミュニティ会議準備連絡室に呼び出されたレオは、ケビック・リンステッドと向き合っていた。

「ああ。少なくとも連邦はマリア・テレジア女王陛下を守っていた。身代わりになった少女も身代わりと認識していたが、心臓移植しか手立ての無い少女に治療を行っていた最中に、不幸にもその少女が死んでしまったのが始まりだったんだ」

「それは女王陛下にとって厳しい状況だな」

 眉を寄せたケビックの言った通り、事態は芳しくはなかった。


 ベルギー国の王女という特殊な地位に居たが故に、特別な保護を受けていた事が明らかになった上、その過剰な保護が遠因となり、何も知らされていなかったドイツ国民とベルギー国民に疑心暗鬼を招いて、結果として国の混乱を招いたという事実は、彼女を弾劾の遡上に上げるには十分過ぎた。


「陛下は、それが自分の罪であるのなら、甘んじてその罪に対する罰を受けると言うだろう」

「本来なら、彼女の罪では無いんだがな。そんな状況を作り出した人類全体の、全てが負うべき罪だ」

 嘗て、自分の背負った【核】という重荷に打ちのめされて自分を見失っていたニナに掛けた言葉を思い出して、ケビックも暗い顔を俯かせた。

「それに陛下は体調は若干回復されたとは言え、まだ重いご病気を抱えたままだ。査問や審判に耐えられるとは思えないし、そもそも自分が本当の【核】だったと知らされた時点で、それに耐えられるかどうか」

 レオが懸念を示して長いため息をつくと、ケビックはゆっくりと顔を上げた。

「それをどう回避するかは、レオ、お前次第だと俺は思うがな」

「え?」

 意味有りげな瞳を真っ直ぐにぶつけてくるケビックを、戸惑いを浮かべて見返したレオだったが、ケビックはそれ以上何も言おうとはしなかった。

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