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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第十二章 国際連合援助隊~UNAC~先遣隊 Headwaters(源流)編
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第十二章 第十五話

 十一月を迎えたパリの街並みは、街路樹がすっかりと葉を落とし寒々とした光景が広がっていたが、内から沸々と湧き起こる暖かさを感じていたレオは寒さなど感じなかった。

「班長殿、時間です」

 パリにある国連本部内S班控え室で、ネルソンに声を掛けられたレオはゆったりと微笑んで、閑散としたノートルダム広場から目を離して振り返った。


 あれからベルギー兵に送られてオーデルゲムに舞い戻ったS班は、休暇中に密かに訪れていたフランソワ少尉も連れ、撤退の始まった国連軍の消えたA3ハイウェイを疾走しリエージュに戻った時には、丁度反対車線側からヴァチカンの視察団を乗せた車が、ゆっくりと近づいて来るところだった。

 そのまま何事も無かったかのようにパリに戻った一行は、手前で密かにフランソワ少尉を降ろし、ヴァチカンの一行をローマに送り届けて、何食わぬ顔で本部に任務終了を告げ、てんやわんやだったらしい本部の騒動など、何も知らないという顔で白ばっくれた。



「ブノア中佐はかなり厳しく糾弾されているらしいですね。判断が早計過ぎたと」

「だろうな。国王が適切に統治している国に攻め込んだんだからな。首が飛ぶかもな」

 そう笑いながら小声で会話を交わしているルドルフとニコラスに、窘める視線を送ったネルソンであったが、お守り代わりの薬が無いのが心もとないのか、しきりに胸ポケットに手をやっていた。

「シッ。始まるぞ」

 小声で諭したランスの言葉に笑っていた二人も顔を引き締めた。




「それでは、この度国連への加盟を宣言されたベルギー国王陛下にご臨席頂きます。皆様ご起立をお願い致します」

 今回の事態を受け、緊急開催された国連会議に出席を命令されたS班は、慣れない場に緊張を浮かべ会議を見守っていたが、壇上の司会が告げた言葉に皆驚きを隠せず小さく声を上げた。

「ちょ、だって陛下はまだ」

「シッ」

 思わず口に出たジャスティンを、隣のビリーが小突いて制止し、会場に響き渡る拍手の中、車椅子姿ではあったが、確かにベルギー王国第十代国王マリア・テレジア・エリザベート・マティルド女王陛下の、気品ある穏やかな笑みを浮かべた姿があった。

 陛下の車椅子を押してきたベルナール・アラン大佐が、気遣うように陛下の口元にマイクを合わせ、大佐に向かって穏やかに微笑む彼女の笑みがレオには眩しく見えた。


「ご臨席の皆様、本日ベルギーが国としての復興を遂げ、こうして世界の一員として認められた事に感謝を申し上げて、ご尽力頂いた関係者の皆様に厚く御礼申し上げます」

 涼やかな声が会場中に広がると、また拍手が沸き起こり、それが鳴り止むのを待って女王は毅然とした顔を上げた。

「本日、私共がこの場所に居られるのは、多くの人の努力と誠意と熱意が無ければ成し得ない事でありました。世界の混乱が起こり、我が国にも未曾有の危機が訪れた時に、その手を差し伸べて頂いたドイツ軍特殊部隊第三中隊第一小隊小隊長モーゼス・オットー中尉様を始めとする隊員の皆様、深く感謝申し上げます」


 彼女が【(コア)】であった事は重要機密として伏せられたが、自軍によるベルギーへの暴虐を見かねたオットー中尉達が、けじめとして立ち上がった事は、寧ろ軍人として賞賛すべきだという声が大勢を占めていて、彼らこそドイツ軍人の誇りだと彼らの命令違反を問う声が上がらなかった事は、レオにとっても安堵の一因であった。


「そして、大いなる誤解から我が国が国連による進駐を受けた時に、我が国の自立と復興を信じて対話による交渉を進めて下さった国連援助隊先遣隊フランス班の皆様、特に我が市民に心を寄せて頂いたシャルル・フランソワ少尉様には、感謝の念に堪えません」

 少し離れた場所で座っているフランソワ少尉の顔が赤く見えるのは、気のせいではないだろうとレオは内心でクスッと笑った。


「何より我が国を案じ、自らの危険も顧みず戦場に赴き、我が国の窮状をお救い下さった、国連援助隊先遣隊スコットランド班班長のアレックス・ザイア中尉様並びに副長ネルソン・アトキンズ少尉様始めとするスコットランド班の皆様方、皆様のご尽力が無ければ、我が国は誤解を受けたまま滅びて、国土は分散し、民は悲嘆の内に自国のアイデンティティを奪われ、ベルガエの地に、暗澹たる闇が押し寄せていた事でしょう。私自身も、病を得て瀕死の床に就き、国と共に滅する運命であったところを、彼らにより命を救われ生き長らえる事が出来ました。彼らの勇気ある行動に賛辞を与えずして、何を称えよと言うのでしょうか」


 自分達の命令違反を暴露されて、嬉しいやら照れ臭いやらのS班一同が困って頭を掻いている周りでは、立ち上がった人々が一斉にS班に拍手を送って、困り切ったレオも仕方なく立ち上がって頭を下げた。


「これより我が国も新しい道を歩き始めます」

 場内が静まり返ってから女王はゆっくりと顔を俯かせて微笑んだ。

『フラマンの民も』

 フラマン語で語った女王は、続いて『ワロンの民も』と仏語で、『そしてリンブルフの民も』とリンブフル語で語って、顔を上げて毅然として宣言した。

「全ての民が手を取り合って、豊かな社会を皆様と共に作る事を、私共は誓います」


「ブラヴァ!」

 真っ先に立ち上がって声を上げたのはレオも良く知るケビック・リンステッドで、相変らず突拍子も無い事をする奴だとレオは呆れたが、会場中が立ち上がり女王に賛辞を与えているのを見て、輝くばかりに美しい若い女王に、レオも賛辞の拍手を惜しまなかった。



 命令に背いてこっそりとブリュッセルに向かった事をバラされたレオ達が、呼び出された総隊長室に処分を覚悟して緊張した面持ちで訪れると、椅子に悠然と座って窓を向いて背を向けていた人物はゆっくりと振り返り、ニヤリと笑みを浮かべた。

「ご苦労だったな、皆」

「ハリソン少佐殿!」

 目の前で自分達の上官であるオラフ・ハリソン少佐が笑っているのを信じられず、ポカンとした顔を見合わせた一同にハリソン少佐は「全員整列!」と大声を上げ、それに反応して一斉に整列をして敬礼を返したまま固まっているS班のメンバーの前を、ゆっくりと顔を覗き込むようにして歩きながら、最後に、レオに顔をずいっと突きつけたハリソン少佐は、苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「やってくれたな、お前達」

了解しました(  イエスサー)

「失敗してたら、俺の首も飛んでたんだが、分かってるんだろうな」

了解しました(  イエスサー)

「しかも一般民間人まで巻き込んで、彼らに何かあったらどうするつもりだったんだ」

「申し訳ありません」

 其処は丁寧に詫びたレオにハリソン少佐はフンと鼻で息をした。


「ベルギーには、ドイツ経由で東部地区、フランスより南部地区、オランダより北部地区に支援が差し伸べられる事になった。KSKの第三中隊第一小隊に関しての服務規程違反についても、処分保留となった。まぁ、処分を行う独軍がもう存在しないからな。彼らはベルギーにて復興の立ち上げに協力した後、本国に戻って、本国の復興に尽力するそうだ」

 その言葉を聞きホッとして頬を緩ませたレオだったが、ジロリとハリソン少佐に睨まれて、また険しい顔を装って黙り込んだ。

「お前らの処分については、グレン大佐殿より俺に一任されている。国連援助隊先遣隊専従スコットランド軍第九十九AAS小隊S班、班長アレックス・ザイア中尉以下七名については」

 強張った顔でゴクリと息を飲んだ一同の前で、それまで厳つい顔をしていたハリソン少佐は、フフンと鼻で笑った。

「来年一月半ばより予定している第三回派遣まで謹慎を命じる」

了解しました(  イエスサー)

 敬礼を返しながらも、謹慎二ヶ月とは厳しいと顔に出た一同に、ハリソン少佐はケラケラと笑い出した。

「表向きは謹慎だが、まぁ休暇って事だ。本国に戻って、美人妻の顔でも見て来い。ウォレス曹長は、まぁ諦めるんだな」

「ちょ、小隊副長殿」

 名指しされたジャスティンが顔を赤くして抗議すると、ようやく緊張が解け穏やかな笑みが戻ったS班の中に安堵の空気が広がった。


「今後も小隊副長殿が指揮を?」

「ああ。本国のハイランド及びオークニーの復興にも目処がついた。後は粛々と進めるだけだが、指示はグレン大佐殿にお任せしてきた。ブノア中佐殿は、志半ばで心残りであられると思うが心労で倒れられてな。俺が後任に決まった。お前らばっかり世界で活躍されたら俺の立場が無いからな。厳しくしごくぞ、覚悟しとけよ」

了解しました(  イエスサー)!」

 明るい笑顔で一斉に敬礼を返したS班達には、足早に冬の近づくパリの木枯らしも届かず、ぬくぬくとした心を抱えて終始穏やかな光が部屋中に満ちていた。



 本国に戻る前に再度の視察に赴いたオイペンで、街のあちこちで湧き出す水路を眺めながら巡回するジャスティンとビリーの二人に、雪の降り積もる厳冬を前にして、冬支度に忙しい住民達から気軽に声を掛けられるのに応えながら、ビリーは「なぁ」とジャスティンに話し掛けた。

 日向では穏やかな日差しも、一歩日陰に入ると寒々とした空気を感じるオイペンの、水路に掛かる橋の上で立ち止まったビリーは、日差しに煌く光を返す水路を見下ろしながら、橋の欄干に肘を付き遠くを見ていた。

「俺達は川のようなものなんだな」

「何だよ、藪から棒に」

 悪態をついたジャスティンであったが、ビリーの隣で同じように肘を付いて水路を見下ろした。

「俺達は、この小さな水路一つ一つなんだ」

 ビリーは遠くを見ていた視線を、ゆっくりと水路に戻した。

「例えこんな小さな水路でも、細い流れを辿って、一つ一つが合流して川は太くなり、やがてその流れは大河となって広大な海に注ぎ込むんだ」

 ビリーが振り返った先で、一旦地下に潜る水路が地中に流れ込むゴウゴウという音が絶えず響いていた。

「だけど、その中の一つでも濁っていたらその川の全てが濁って、やがて汚れは海にも注ぎ込む」

「だな」

 黙って聞いていたジャスティンが初めて相槌を打った。

「俺自身はちっぽけな川だけど、清廉で雄大な大河に出会えたんだ。決して自身を汚しちゃならない、そう思ったんだ」

「一人一人の心掛けが大事って事だよな」

「ああ。こうして街の人に愛されて、街の人の心までも潤す存在で、そう有り続けたいと思ったんだ」

「じゃあ、あのゴテゴテとした整髪料はやめるって事だな」

 ジャスティンがケラケラと笑って突っ込むと、途端にビリーは、不機嫌そうに顔を膨らませた。

「あれはあれで若き女性に癒しを与えているんだから、文句は無いだろ」

「お前なぁ、まぁ、それは確かにそうだけど」

 そのビリーの姿を見付けたオイペンの若い女性が嬉しそうに駆け寄ってくるのを見て、ジャスティンは苦笑を洩らして、ボリボリと頭を掻いた。

「俺も少しは身だしなみに気を使うかな」

「無理だな。まず自分一人で起きられるようになってからそういう台詞は言え」

 つっけんどんに返されたジャスティンが、今度はムゥと頬を膨らませたが、明るく笑う住民達が次第に自分達の周りに集まって来るのを見て、『おは(Guten )よう(morgen )』と手を振って笑った。

「阿呆。もう昼だ。『こんにちは(hallo,)皆さん(an alle)』」

 呆れたビリーにニヤリと笑われて、ジャスティンはやけくそで、両手を振ってニコニコと笑い続けた。

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