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捕食者

私たちは、今二匹のオオカミに匂いを嗅がれている。

殺意はないと言うけど、本当に大丈夫だろうか。

私は神に祈りを捧げる。

「大丈夫」

微かに反応が返って来る。

神の存在が感じられるようになった。

それが嬉しい。


「人に殺意のないオオカミなんているの?」

私はかかしに尋ねる。


「単純な話です。

人がオオカミを狩った地域では、オオカミは人を敵とみなします。

人がオオカミを狩らなかった地域では、オオカミは人を敵とみなしません」

かかしは答えた。


「じゃあ、このオオカミは、人がオオカミを狩らなかった地域から来たって事?」


「そうだと思います」

安全そうなのはわかった。

しかし、

オオカミは生物の中で頂点に立つ存在。

何を食べているんだろう。


「このオオカミは何を食べているの?」


「うさぎやリス、そういった小動物です」


私は疑問を持った。

頂点に立つ存在がいたら、

被食者が食べつくされないかという事に。


「それだと、うさぎやリスがすぐに絶滅してしまわない?」


「システムはよくわかりませんが、恐らく調整して出てきていると思います。

もしくは延々とテストがなされ、バランスは取れているのかと」


かかしでもわからないことがあるのか。

そうか、ここは神の領域。

人が踏み込んではいけない領域なのかもしれない。


私は少し怖くなった。

神に仕える身でありながら、神のごとき執行をしようとしていた事に……。


私は、

オオカミを狩るという選択肢を頭の中に、

知らず知らずのうちに持っていた。


オオカミは十分ほど、周りをうろちょろし、そして去っていった。


私たちは教会へ戻る事にした。


私は、

神に仕える身でありながら、

なぜ他の種を滅ぼすという観念を持ってしまったのだろう。


他の種も神が作りたもうた創造物であるのに、

なぜ人の生存を優先しようとしたのだろう。


オオカミが牙をむき、襲いかからないのに、

なぜ滅ぼそうと思ったのだろう。


私は穢れていると、

そう感じた。


ラーチを見る。

この少年はゴミを拾っていた。

私は何年も神に仕えていた。


本当なら、

私のほうが、

清浄であるべき、

しかし……。

現実は。


よっぽど、

ラーチのほうが、

心根が清い。


私は神と会話する資格さえ、

持ち合わせていないのではと思った。


私はラーチを見た。

ラーチは私の手を取った。

「手をつないでくれるの?」

そう尋ねた。


「ラーチのおっちゃんが、オイラがぐずってるとき、

よく手をつないでくれたんだ」


「私は……、

ぐずってる?」


「わからない。でもなんだか手をつなぎたくなったんだ」

ラーチは少し照れくさそうに笑った。


恵まれている。

私はそう感じた。

おかしな考えだと私は思った。

ゴミ拾いの少年のほうが、

私より恵まれている。

その観念に私は異常さを感じた。


ラーチを見る。

その横顔に曇りはなかった。


私はどんな顔をしているのだろうか。

きっと意地の悪い顔をしているに違いない。


「ねぇ、ラーチ。私はどんな顔をしてる?」

私は呟いた。


「キレイだし、カワイイ顔だよ」

ラーチは透き通るような笑顔で答えた。


あぁこの子にはかなわない。

きっと、

この子は特別なんだ。

そう思った。


そして、

この胸の奥にある感情が、

ある種の嫉妬心なのだと。

はっきりと理解した。


……


その日から、

私はラーチを観察することにした。


私は聖女。

ラーチのような心根の美しさが必要だ。


ラーチを観察すれば、

その一端でも理解できるかもしれない。


ラーチはスライムを撫でていた。

私もラーチの真似をしてスライムを撫でる。


「ねぇラーチはなぜスライムを撫でてるの?」

そう聞くと、


「撫でたいから」

と返ってきた。


私が子犬やラーチを、

撫でたくなるのと同じなのだろうか。


私は子犬やラーチを撫でたくなる時、

どんな気持ちなのか思い出してみた。


子犬はモフモフだけど、

ラーチはモフモフしてない。

スライムもモフモフしてないから、

モフモフだから撫でたいわけではないだろう。


あとはカワイイか……。


「ねぇラーチはスライムをカワイイと思う?」


「うん。カワイイと思うよ」

ラーチは答えた。


「カワイイから撫でたくなる?」

そう尋ねた。


「それはあるかもしれない」

そうラーチは呟いた。


私はラーチが撫でているものを観察しはじめた。

スライム、かかし、私……、

それほど多くはなかった。


すでにラーチは撫でていたので、

私はスライムとかかしを撫でるようにした。


スライムもかかしも、すぐに受け入れてくれた。

撫でると、撫でたものと近くなれる気がした。


撫でるというのは、

相手に気を許すこと。

撫でられるというのは、

相手に気を許すこと。


撫でるというのは、

お互いに気を許さないと成立しないのだと。

はっきりとわかった。


私は気が付く。

ラーチは世界に垣根を作っていないのだと。

私はどうだ。

聖女でありながら、

信者と聖女という垣根を作った。


心を開いている振りをして、

本当に心を開いていたのだろうか?


可哀そうな人を見て、

なぜ救わなければと、

上から目線で見ていたのだろうか?


ラーチはどうだ。

赤い花を食べるから、

ただそれだけの理由でスライムを野に放った。

そこには善意も悪意も存在しない。

ただそれがきっかけで、

世界は再生しつつある。

彼は世界を救おうなんて考えなかったはず。


しかし……、

ラーチの言葉を聞いたことがない。


「ねぇラーチ。赤い花を食べさせたのは何故なの?」

私は尋ねた。


「ラーチのおっちゃんが言ってた。スライムが食うのは食ってもいいものだけだって」


もし赤い花が食ってはだめなら、赤い花は食わないだろうという理屈か……。


「赤い花がいらないものだと思ったのね」


「赤い花がいらないものだと思ってはないよ。ただスライムのエサになる」


なに……、

その単純な発想。


「なにかおかしなことになったらとか、思わなかったの?」


「島の人もはじめ、同じような心配してたな。

でもな。

ラーチのおっちゃんと腐った怪我を食べさせて、

皆変わったんだ」

ラーチはそう言った。


腐った怪我。

おそらく、

傷口が化膿したんだろう。

その患部だけを食べさせた。

そういえば、

前にも言っていたような気がする。



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