虫の音
教会の周りから、赤い花が消え、
色んな草が生えだした頃。
(じーじー)
草の中から色んな音が聞こえだした。
ラーチは、
「これは虫の鳴き声だ」
と言っていた。
虫の鳴き声は、
日に日に種類が増えていった。
以前には見かけなかった
蝶々や蜂も見かけるようになった。
生物と言えば、
赤い花だけだったのに、
どこからやってくるのか不思議だった。
樹にも葉っぱが増えた。
「死んだ樹が生き返った」
ラーチはそう言っていた。
近づいて見てみると、
生き返ったのではなく、
ただ蔦が絡んで、葉っぱに見えていただけだった。
でも、生命力の強い蔦さえも、
以前はいなかった事を思うと、
驚くべきことなのかもしれない。
ある日、
小鳥の声が聞こえた。
私は外に出て、小鳥を探した。
それは教会の屋根にいた。
小さな虫をくわえていた。
涙が出てきた。
ラーチが私を見て、
「悲しい? うれしい?」
と聞いた。
「うれしい」
と私は答えた。
生きるために、
生物は他者を喰らう。
残酷であるが、
当然の営み。
それが存在しないかに見える世界にいて、
それが存在しうる世界に戻る。
悲しい事だと思っていたが、
喜びだと感じる。
以前の私が、
今の私を見れば、
どう思うのだろう。
私は神に祈りを捧げる。
ほんの微かに神の残滓を感じた。
……
私は紅い球を眺めていた。
これは魔力・エネルギーの塊。
どう使うかで世界は変わる。
かかしに渡すと、
これは燃料になると言っていた。
教会のランプも、
食事を温める道具も、
魔力を使っているそうだ。
私は、
ラーチと共に紅い球を拾い集め、
かかしに渡した。
ある満月の日の深夜、
かかしが大きなカゴを背負い、
どこかに出かける事に気が付いた。
私はラーチを起こし、
かかしのあとをつける。
かかしは十分ほど歩き、
どこかの建物に入っていった。
私たちは後をつける。
するとかかしは何かをカゴに入れていた。
ラーチの足が滑り、
物音を立てた。
途端に、
かかしはこちらをランプで照らした。
「なにをしてるの?」
ラーチは言った。
「くいもの。とりにきた」
かかしは言った。
かかしは、
銀色の箱を見せた。
教会にあるものと似た箱だった。
かかしの説明を聞くと、
どうもここらへんの建物に、食料の備蓄が貯蔵されているらしい。
私たちはかかしと共に食料を持ち、
教会に戻った。
家の近所の建物の備蓄はすでに食べつくし、
今は十分ほど離れた場所の備蓄を食べているという事がわかった。
「オイラ魚を釣りに行く」
ラーチは言った。
「ねぇ。ここらへんの水がいっぱいあるところある?」
私はかかしに尋ねた。
「水いっぱい。ここ」
かかしが案内したのは、
教会のなかの水が溜まったところだった。
「ここじゃないの。もっとこれがいっぱいあるところ」
私が言うと、
「明日行く」
かかしはそう言った。
明け方、
私たちはかかしに案内されて遠くまで歩いていく。
あちこちでスライムが赤い花を食べていた。
他の草が生えているところ、まだ赤い花のところ。
色々だった。
三十分ほど歩くと、大きな湖が見えた。
周りは赤い花だらけだった。
湖の中も赤く濁っていた。
「これでは魚が捕れそうにないね」
と言うと、
「じゃあスライムを置いていくよ」
とラーチはスライムを半分にちぎって、そこに置いた。
一匹は赤い花のところ。
もう一匹は湖の近く。
赤い花の近くのスライムはすごい勢いで赤い花を食べていく。
湖の近くに置いたスライムは、水の中に入っていった。
「水の中でも生きられるの?」
「知らない。でも海のなかに入ったり出たりしてたよ」
ラーチは言った。
とりあえず魚をすぐに手に入れるのはムリそうなので、
私たちは帰る事にした。
……
帰り道、
私たちは枯れて灰色になった森を通った。
「ねぇかかし。この世界はなんでこんな姿になったの?」
私は尋ねた。
怖くてずっと聞けなかった事。
聞いても意味がないと思っていた事。
それを初めて聞いた。
「昔、人と悪魔がいた」
「そうなんだ」
「人と悪魔は戦争した」
「長い間?」
「300年」
「それで全部が滅んだの?」
「違う。王は邪悪な炎を使った」
「邪悪な炎?」
「邪悪な炎(悪魔も忌み嫌うOblivion Flame)を使った」
「それでどうなったの?」
「死の世界になった。
悪魔も人もこの世界を見捨てた」
「悪魔さえも見捨てたって事?」
「そう。悪魔もこんな世界いらないと言った」
「人と悪魔は共存できなかったの?」
「人、悪魔憎む。悪魔、人憎む。」
「憎しみがあるから、共存できなかったのね」
「違う。憎しみがあっても共存できる。」
「じゃあ、なんで共存できなかったの」
「自分だけ優れている。人も悪魔もそう思った。劣ってるモノは滅ぼしても良い。そう思った」
私は言葉を続ける事ができなかった。
「不思議だな。人間も動物も皆すげーところいっぱいあるのに、なんで自分だけが優れてるなんて思えるんだ」
ラーチは言った。
私はラーチの言っていることが理解できなかった。
ラーチはスライムを指さす。
「あいつら何でも食べるだろ。オイラたちはスライムみたいになんでも食べられない。
食べるという事でいうと、スライムはオイラたちよりスゴイ」
ラーチはかかしを指さす。
「かかしはくいものも食わずに、眠りもしないで動ける。オイラたちは眠らないと食わないと生きていけない。生きるという事でいうと、かかしはオイラたちよりスゴイ」
ラーチは赤い花を指さす。
「あの赤い花は、スライムが食わなければ、他の植物に勝つ。あんだけ増えられるのは、誰よりもスゴイ」
私は頷く。
ラーチはとても賢い。
教会には知識の豊富な人は沢山いた。
でもそれは言葉上の知識であり、
生きたものではなかった。
ラーチのそれは違う。
生活者のそれであり、
生きた知識なのだ。
ラーチは私を指さす。
「せいじょだって、そうだ。いろいろ知ってるし、それに撫で方が上手いし、良い匂いがする」
私はとても恥ずかしくなった。




