神の芋
それから毎日のように、私たちは湖に向かい、魚を釣った。
犬たちは私たちが来ると、じっと私たちが魚を釣り上げるのを待っている。
犬たちはたまに鳥などを捕まえて、私たちに持ってくる。
そういう不思議な共生関係ができた。
狼だと思うと怖い。でも犬だと思うと怖くはなかった。
教会で、
「先入観を持ってはいけません」
と教わった。
しかし私は先入観を持ち続けていた。
ここに来て神と離れ、ようやく先入観が音もなく崩れ去っていくことに気がついた。
私はこの世界に来た時、神の意図がわからなかった。
しかし今、
先入観を持っていた自分に対峙することで、
神の意図が少しだけ分かったような気がする。
神の意図がわかる――それを人が言うのは罪であると思う。
しかし神の意図を理解することで、私は随分救われるのだ。
そう感じた。
本当は神の意図など存在しないのかもしれない。
無作為に、
ただ運が悪くこの世界に流された。
そう思うこともできる。
しかしラーチは言っていた。
人の役に立てると、それをラーチはただ喜んでいた。
私は聖職者だ。
本来、人々の役に立てるということだけで喜びを感じるべきなのに、そこに認められたいという承認欲求が絡んでいることに気がつく。
前の世界では信者に感謝をされた。
この世界で実験動物として生きることに、私は感謝されているのだろうか。
そう疑問を感じる。
そのことが私の心を容易に引き裂いた。
湖からの帰り、私は白い星形の花の咲く花畑に出会った。
「可愛い」
私はそう言って、花畑に近づく。
ラーチは不思議そうな顔をして、じっと花を見ていた。
「どうしたの?」
私は尋ねた。
「この花、島で見たことがあるんだ。
確か、この花の下に食べられる根っこがあったと思うんだ」
ラーチは言った。
「かかし、この花の根っこは食べられるの?」
と私は聞いた。
「はい。
これは今いもという植物です。
大きな根っこがあるので、それを茹でれば食べられます。
ここは畑です」
かかしはそう言った。
この畑があれば、自給自足ができる。
私は神に感謝をした。
私はすぐにでもその根っこを見たくなったが、道具も何もない。
私たちは別の日に再度来ることにした。
次の日、かかしはスコップを用意していた。
「このスコップは五軒隣の家にあったものです」
かかしは言った。
私がこの間、
竿がどこから来たのか聞いたからか。
私は少し反省をした。
「そう。ありがとう」
私はかかしの頭を撫でた。
「ほめられた。ほめられた」
かかしは言った。
私はかかしはゴーレムではないのだと、
そう思い始めていた。
ゴーレムは人が生み出したもの。
そう思っていた。
家も、道具も、皆人が生み出したもの。
そう思っていた。
人は神の御子とも言う。
であるなら、
人が生み出したものも、
神が生み出したものだと、
言っていいのではないか。
そう感じた。
そうか、
かかしも、
私たちと同じ、
神の生み出したモノなのだ。
そう思うと、
かかしに感じていた不気味さが薄らいできた。
そうか。
私は人間の生み出したものに、
少しの不信感をもっていた。
しかし、
人間が生み出したという事は、
少なくとも、
神が許可を与えたという事。
それに不信感を持つという事は、
神への冒涜とも言えるのかもしれない。
そう感じた。
「かかし。悪というのはあるのかしら?」
私はかかしに尋ねた。
「善も悪も、ただの判断に過ぎません。
刃物は人を傷つけます。
しかし刃物なくては、人は生きられません。
刃物が悪であれば、人は悪により生かされている事になります」
かかしはそう答えた。
刃物が悪であれば、人は悪により生かされている。
その言葉は、とても重かった。
「刃物を武器として使えば武器。野菜を切る道具として使えば包丁。そういうことか」
「はい。邪悪な炎も、使い方を誤らなければ、大いなる恩恵でした」
「人間は間違ったという事だね」
「どうでしょうか?
この邪悪な炎を使った人間も、神の創造物。仮にそうだとするならば、この状態すらも神の意図と言えるのかもしれません」
かかしはそう答えた。
私には、その答えが理解できたが、理解することに躊躇があった。
……
私たちは、
芋の花畑についた。
ラーチはスコップを手に、
花の根元を掘り出した。
私はその様子をじっと見る。
「やっぱり、これは食べられるやつだ。でもなんかおかしいな」
ラーチが考えこんでいる。
芋。
まるっこい、石みたいな根っこ。
私が見たことのない植物だった。
かかしが芋に近づく。
「これは確かに芋ですが、収穫にはまだ時間がかかるようです」
「いつまでかかるの?」
ラーチは尋ねた。
「私の頭には詳しいことが入っていません。
教会の図書室を覗いてみます。
あぁそうそう。
このスコップを借りた家にも農業書がありました」
かかしは言った。
「じゃあ、帰ろうか?」
私はラーチの頭を撫でた。
ラーチは少し残念そうだった。
「今日くいものどうする?」
私は尋ねる。
「あのくいものまだあるの?」
ラーチはかかしに尋ねる。
「まだ十分にありますよ」
かかしは答えた。
私たちは帰路につく。
(コーン)
遠くでオオカミの鳴く声が聞こえる。
「あの犬。今日はこないの?って言ってるのかな」
私は言った。
「うん。そんな気がする。明日は釣りに行こう」
ラーチは笑った。
教会に戻ると、
かかしが食事を用意してくれ、
そのあとかかしは忙しく動き回っていた。
そして三時間程経ったあと。
「花が咲き終わり、葉が黄ばんで、茎がだらりとしていたら収穫の適期だそうです」
かかしはそう言った。
「ありがとう」
私はそう言い、頭を撫でた。
かかしはじっと止まっている。
ラーチがその姿をじっと見て、
近くに寄ってきた。
私はラーチの頭を撫でた。
可愛い笑顔で、
私に抱きついてきた。
私は心が温かくなった。
神の愛というのは、きっとこんな風に温かいものなのだろう。
そんな風に思えた。




