第65話 シルヴィアの演説
議会の緊急会議が招集されたのは、翌朝の九時だった。
シルヴィアは夜のうちに報告書を仕上げていた。「神聖騎士団の無許可入城について:国家の武力的主権への干渉に関する緊急議案」という表題の文書が、夜明け前に議長の手に渡った。
書類は二十枚ほどになった。武装集団の集結場所、人数、装備、過去の議会決定との照合、王国法上の論点。議長は受け取ってからしばらく目を通し、「九時の本会議を緊急議案で開く」と決断した。シルヴィアは礼を述べ、控室で一時間ほど目を閉じた。眠れはしなかった。頭の中で、想定される反論をひとつずつ整理していた。
書記官は最初「このような時刻に」と言ったが、シルヴィアが「武装集団が今夜動く可能性があります。夜明けまでに議長に届けてほしい」と言うと、黙って手伝い始めた。
会議室に入ったシルヴィアを、教会派の議員が三名、廊下で呼び止めた。
「ハルトマン令嬢、これは行き過ぎではないか。教会は長年この国の秩序を支えてきた。令嬢のやっていることは」
「教会の信仰的役割を否定するつもりはありません」とシルヴィアは言った。「ただ武装した集団が、議会の合法的な決定を実力で覆そうとすることは、行き過ぎではなく——国家への反乱です」
三名のうち一人が「集団の所属が騎士団だと、確定したわけではないだろう」と言った。
「集結場所の特定、人数、装備の記録があります。報告書の三項目めです。読んでからご質問ください」とシルヴィアは答えた。
三名が黙った。シルヴィアは会議室の扉を開けた。
議長が「ハルトマン令嬢、資料を確認した。発言を認める」と言った。
シルヴィアは演壇の前に立った。
報告書を手に持っていたが、読み上げる前に一度止まった。
数字と法律の言葉で説明することはできる。そうすれば冷静に聞こえる。でも——今日は、それだけでは足りないと思った。
原稿ではなく、自分の言葉で言おうと決めた。
貴族令嬢として教えられてきた弁論の型を、今日は使わない。教わってきた声音も、決まった抑揚も、捨てる。それで負ける可能性もあった。それでも今日は、自分の言葉で言わなければならないと感じていた。アレク先生が手術台で「この方法しかない」と判断する時の感覚に、近かった。
「私はかつて、蒼熱病を患っていました」とシルヴィアは言った。
会議室が静かになった。それまでざわついていた空気が止まった。
「教会は私に『神が見捨てた病』と言いました。治療費を払い続けても、病状は悪化する一方でした。いつか分かったことですが、治らないことに、教会には政治的な利益があったからです。私の病気は、貴族との交渉の道具にされていました」
教会派の議員が「それは」と言いかけた。
「その話の反証があるなら、この場で言ってください」とシルヴィアは言った。声が震えていた。震えていることに気がついていたが、止めようとしなかった。「私は証拠を持っています。記録があります。今日は法的な議論をする場なので、そちらで反論してください」
誰も何も言わなかった。
反証を持つ者がいるなら、出てくるはずだった。出てこなかった。それが答えだった。
「私の病を見捨てたのは教会でした。私を救ったのは、認可も資格もない一人の医者でした。その医者は知識と技術と、患者を救いたいという意志だけを持っていました——魔法は、ありませんでした」
声が落ち着いてきた。
「その医者は今、神聖騎士団の排除対象になっています。法律が成立して三日で、武力による反撃が始まっています。この場にいる全員が、どちらが神の御心に近いか——どちらが人の命を大切にしているか——本当のところを知っているはずです」
議長が「採決に入る。神聖騎士団の活動停止命令案について」と言った。
採決が行われた。
議員が一人ずつ立って、賛否を表明した。最初の十名のうち、賛成が八名だった。シルヴィアは演壇の脇の椅子に戻り、両手を膝の上で重ねていた。指先が冷たかったが、震えはなかった。
中ほどで、教会派の長老議員が立ち、「……賛成」と低い声で言った。会議室がざわめいた。長老議員は続けて「武装による議会決定の覆しは、いかなる名目であれ容認できない」と付け加えた。それで空気が決まった。
最後の議員が票を入れた。
賛成四十八票。反対二十七票。棄権七票。
活動停止命令が成立した。
シルヴィアは演壇から降りた。足が震えているのに気づいたのは、廊下に出てからだった。エレナが廊下で待っていた。「お嬢様」とだけ言い、そっと外套を渡した。
「……ありがとう」とシルヴィアは言った。
エレナが「お嬢様、お顔の色がよろしくありません。少し座ってからお出になられた方が」と言いかけたが、シルヴィアは首を横に振った。
「今、座ったら立てなくなる」
アレクに伝えなければならなかった。今すぐ、あの不器用で真っ直ぐな医者に、終わったと言いに行かなければ。それだけを考えながら歩き出した。
廊下の先に出口が見えた。シルヴィアは歩きながら、気づいたら走り始めていた。
令嬢が議事堂の廊下を走るなど、ハルトマン家の作法では考えられないことだった。エレナが後を追いながら何か言いかけて、やめた。シルヴィアの背中を見て、そのままにしておくことを選んだのだろう。
石畳に足音が響いた。一段抜かしで階段を駆け降りた。外に出ると、風が顔に当たった。秋の冷たい風だった。それが胸に残っていた緊張を一気に冷ました。
走りながら考えていた。アレクは王宮にいるはずだった。ドナトゥスとの対話の結果はまだ分からない。自分が議会で勝ったことを伝えるために走っているのか、それとも単にあの人の顔を見たいだけなのか——どちらでもいい、と途中で思った。両方だった。両方であることを認めるのに、半年かかった。
石畳の交差点でエレナがようやく追いついた。「お嬢様、ご病後のお身体に」と言いかけて、シルヴィアの横顔を見て、それ以上は言わなかった。シルヴィアは手の甲で頬の汗を拭った。秋の風で乾いていた。
あの人は、勝ったとは言わない。勝ち負けの話ではない、と言うだろう。でも、終わったとは言うはずだった。終わった、と聞きたかった。それを聞いた瞬間に、ようやく自分が走り終えられる気がした。
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