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治癒魔法なんて要りません 〜転生外科医が教会の独占をぶち壊す〜  作者: いなばの青兎
対立勃発編

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第62話 三方面の夜明け

 それぞれが走り出した。


* * *


 シルヴィアは議会書記官室へ向かった。外の空気は冷たかった。足早に歩きながら、頭の中で文書の構成を組み立てた。


 武装集団の無許可入城。成立した法律への実力による抵抗。これを「国家の武力的主権への干渉」として申請する——議長は何を求めるか。証拠、証人、入城の事実を裏付ける記録。カーラから聞いた情報を整理しながら歩いた。


 書記官の部屋に入り、「神聖騎士団の無許可入城について、議長への緊急報告書を作成したい。様式を教えてください」と言った。


「……令嬢、このような朝方に」


「時刻が問題ではありません」とシルヴィアは言った。「武装集団が王都外で集結しています。今夜か明朝に動く可能性がある。議長への報告は法的義務です。手伝ってください」


 書記官が椅子から立ち上がった。「……分かりました」


 シルヴィアは机に向かった。ペンを持ち、書き始めた。


 冒頭の文を三度書き直した。法的な根拠から始めると堅くなりすぎる。事実の列挙から入ると緊急性が伝わらない。最終的に「武装集団の集結が確認されている」という観察事項から書き出した。ペンが滑るように動き始めた。


 書記官が「お茶を」と言いかけたが、シルヴィアは「結構です。これが終わるまで」と返した。一度ペンを止めると勢いが落ちる、と分かっていた。アレク先生のやり方だ、と気づいた。手を止めない。一気に山を越える。


 窓の外がわずかに明るくなり始めていた。夜明けが近かった。


* * *


 カーラは東の城門外に出た。


 神聖騎士団が集結しているのは、城壁から二里ほど離れた廃農場だった。昨晩から監視していた場所だった。二十名、今朝の確認では二十三名に増えていた。


 指揮系統に直接手を入れる、とアレクは言った。カーラの手段は一つだった——指揮官への連絡経路を塞ぐ。この廃農場の管理人が今も近くに住んでいて、その男が教会側の伝令として使われていることをカーラは把握していた。


 廃農場の東側の木立を抜け、管理人の小屋に近づいた。扉の前に立ち、ノックした。眠そうな顔で出てきた中年の男が、カーラの顔を見て硬直した。


「今夜の伝令は来ない」とカーラは言った。「あなたが騎士団に何かを届ける必要はない。朝になったら、そう伝えてください——伝令が来なかったと」


「……」


「代わりに、三日後にここで話を聞いてあげます。あなたが本当に何をしたいのか」


 男が「……分かった」と言った。


 カーラは木立に戻り、廃農場の様子を確認した。騎士団の動きが鈍くなっていた。連絡が来ないことへの戸惑いが伝わってきた。


 樹の幹に背をつけ、息を整えた。指揮系統を完全に切ったわけではない。動きを鈍らせただけだった。ただ、武装集団が「次の指示」を待つ時間が長くなれば、それだけで王都への侵入は遅れる。シルヴィアが書類を整える時間を、これで稼いだ。


 遠くで鶏が鳴いた。夜明けが近かった。あと一時間動きを止めれば十分だ、とカーラは判断した。短剣の柄に触れた。冷たかった。それで自分の集中が戻るのを確認した。


* * *


 ミアは南地区の第三避難所に着いた。


 ここには週に三回、巡回治療に来ていた。管理人の顔も、患者の一人ひとりも知っていた。


「おじさん、少し聞いてほしいことがある」とミアは言った。「今夜か明日、騎士たちがこの近くを通るかもしれない。患者のいる場所には近づいてほしくない。移動できる人は北の広場に、動けない人はここの奥の部屋に移しておきたい」


「何があったんだい」と管理人が言った。


「法律が変わって、困った人たちが困ったことをしようとしています」とミアは言った。「先生が止めに行っているから、私はここを守ります」


 管理人が「……先生というのは、例のハルト先生か」と言った。


「はい」


「あの先生が動いているなら大丈夫だろう」


 ミアは「……そうですね」と言った。そう信じていた。信じると決めていた。だから自分の仕事をするしかなかった。


 それから患者の確認に入った。動けない老人の足を診察しながら、「今夜は奥の部屋に移りましょう。狭いけれど安全です」と話した。老人が「先生が来るのか」と言った。


「先生は別の場所で大事な話をしています」とミアは答えた。「今夜は私が担当です」


 声が震えていなかった。それを言ってから、自分でも驚いた。半年前なら——いや、三か月前ですら、こんな台詞は言えなかった。「先生がいないと」と言って、自分の小ささを言い訳にしていただろう。今夜の自分は違う。先生が別の場所にいるから、自分がここを守る——それが順番だった。


 奥の部屋に老人を運ぶのを手伝った。狭かったが、布団を二枚敷くと並んで眠れる広さだった。子供たちの薬を確認し、夜中に飲ませる順番を管理人に伝えた。記録帳に時刻と量を書き留めた。先生が読んでも分かる字で書いた。


* * *


 アレクは王宮の正門を通り、面会の申し入れをした。


「枢機卿ドナトゥス様に、アレク・ハルトが個人として面会を求めている。医療の話があります、と伝えてください」


 衛兵が「……少々お待ちください」と言い、取次ぎに行った。


 アレクは石畳の上で待った。十分ほどで戻ってきた。


「枢機卿は王宮の小会議室にいらっしゃいます。お通しするように、とのことです」


「ありがとうございます」


 建物の中に入った。廊下の石畳を踏みながら、アレクは手を開いて閉じた。言うことはすでに決まっている。しかし伝わるかどうかは分からない。


 壁に並ぶ肖像画の人物の目が、こちらを追うように見えた。気のせいだ、とアレクは思った。気のせいでも、緊張しているという身体の信号だった。手術前と同じ反応だ——指を折って数えた。患者の前で動く時の手順を頭の中で繰り返すのと同じことを、今、対話の前にやっていた。


 廊下の先に、小会議室の表示が見えた。ドナトゥスは会ってくれた——それだけで、この対話には意味があると分かった。会わないという選択もできた。会ったということは、向こうにも何かを言う準備があるということだった。


 小会議室の扉の前で立ち止まり、ノックした。三回、間隔を空けて。それが医療所での自分のノックだった。緊張する場面ほど、いつも通りの動作にこだわる——前世から続く癖だった。


お読みいただきありがとうございます。

続きも毎日更新予定です。作品フォロー、評価、ブックマークで応援いただけると励みになります。

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