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治癒魔法なんて要りません 〜転生外科医が教会の独占をぶち壊す〜  作者: いなばの青兎
医術覚醒編

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第6話 弟子にならないか

 翌朝、ミアは熱を出していた。


 昨日の回復は表面的なものだった。長時間の野外暴露と栄養失調が重なっている。体が一気に緩んで発熱した——これは予想の範囲内だった。アレクは孤児院の空き部屋に彼女を寝かせ、朝から経過を観察した。


「いさせてもらっていいんですか」とミアが弱々しい声で言った。「ここ、孤児院でしょう。私は孤児じゃないから」


「孤児院に住んでいる大人が二人いる」とアレクは言った。「今更枠の話をしてもしょうがない」


 ミアは何も言わなかった。


* * *


 三日で熱は引いた。


 立ち上がれるようになった四日目に、アレクはミアを裏庭に連れ出した。薬草が並んでいる。「これを全部、何に使えるか言ってみろ」と言った。


 ミアは一つずつ手に取り、淀みなく答え始めた。「ヤロウ草——止血。カモミール——炎症を抑える、飲むと落ち着く効果もある。ニンニク——感染対策に使われることがある、臭いが強すぎて教会では使いにくいって言われてたけど。ドクダミ——これは……聞いたことがないです」


「止瀉作用と抗菌作用がある。教会では使われていないが、薬草としての歴史は長い」


 ミアが目を丸くした。「先生はどこで知ったんですか」


「前の世界で学んだ」


「前の——」ミアが一拍置いてから聞いた。「先生、前の世界から来たんですか」


「転生した。教会には関係のない世界の話だ」


 ミアは黙って頷いた。驚いた様子はあったが、余計なことを聞かなかった。


 その後しばらく薬草の話が続いた。ミアの知識は教会で仕込まれたもので、アレクの知識とは別系統だが重なる部分も多い。何より、観察力がある。薬草の葉の色の変化を細かく描写した。葉脈の走り方を的確に言語化した。


 これは教えられるものではない。持って生まれた目の鋭さだ。


* * *


 夕方、アレクは確認した。


「魔力感知——昨日みたいに体の中が見える時、何が分かる」


 ミアが考えながら答えた。「光の歪みというか……血が多く集まっているところが明るく見える気がします。反対に、うまく流れていない場所は暗いというか、濁って見えるというか。あと傷が深いと、その部分が裂けたみたいに見えます」


「それは、俺が欲しい情報だ」とアレクは言った。「手術中に、血管の損傷した場所や出血源が分かれば、より正確に処置できる。教会は使えないと判断したが、俺の使い方では最強の能力になる」


 ミアが目を見開いた。


「最強……」


「感知能力のある見習いを、教会はどう扱っていた」


「治癒魔法の補助くらい。それ以上の使い方はないって。私も自分でそう思ってました。どうせ中途半端な能力だって」


「中途半端じゃない」とアレクは言った。「使う側の問題だ。患者の体内を見ながら手術できれば、生存率が上がる。少なくとも俺はそう思う」


 ミアはしばらく黙っていた。胸の前で両手を握り合わせていた。


「弟子にならないか」とアレクは言った。「俺の手術の助手として、診断補助として。教えられることは全部教える。その代わり、俺の横で考え続けてくれ。何が起きているか、常に観察して言語化してくれ」


 ミアが顔を上げた。


「……弟子、ですか」


「嫌なら断っていい」


 ミアが両手を胸に当てたまま、うつむいた。それからゆっくりと顔を上げ、アレクを見た。目が赤くなっていた。


「先生、と呼んでいいですか」


「今もそう呼んでいるだろう」


 ミアが、今度は泣き笑いのような表情を見せた。


「じゃあ聞くが」とアレクは言った。「明日から何をすると思う」


 ミアがすぐ答えた。「薬草を洗います。あと消毒液の作り方を教えてもらいたいです。記録もつけたいから、紙と炭筆が欲しいです」


「明日、用意する」


「……先生」


「何だ」


「私、役に立てますか」


 アレクはすぐに答えた。「お前の目は俺に足りないものだ。役に立つかどうかじゃない——俺に必要なものだ」


* * *


 その夜、ミアはもう熱を出さなかった。


 アレクが処置の道具を整理していると、ミアが土間に降りてきた。寝間着の上に毛布を巻き、足音を立てないように歩いてくる。アレクの肩越しに、棚に並んだ消毒液の小瓶を覗き込んだ。


「これが先生の作った薬ですか」


「液だ。手や傷口を洗う」


「飲めますか」


「飲むな。ニンニクとアルコールが入っている。胃を壊す」


 ミアが「えっと……」と考えて、「外用、ですね」と言った。教会の調薬で覚えた言葉だろう。アレクは頷いた。


 ミアが棚の隣の籠を見た。煮沸済みの布、刃物、針、糸。「全部、先生が一人で揃えたんですか」


「鍛冶屋に頼んだ刃物以外は」


「すごい」


「すごくはない。順番に並べただけだ」


 ミアが、両手を胸の前で握った。何かを言いたそうにした。けれど、言葉が見つからないらしく、もう一度、棚の道具を一つずつ見た。


「明日から、この道具の名前を全部覚えます」と小さく宣言した。


「明日でいい。今夜は寝ろ」


「……はい」


 ミアが背を向けて寝床に戻ろうとした。途中で、振り返って言った。「先生、おやすみなさい」


 アレクは一拍遅れて答えた。「おやすみ」


 ミアの足音が遠ざかり、寝室の扉が閉まった。


 アレクは棚の前で、手を止めた。前世でも研修医時代、後輩が同じように「おやすみなさい」と挨拶して帰っていったことを思い出した。あの後輩が今どうしているかは、もう分からない。


 ここでもやることは同じだ——患者を診て、道具を整え、寝て、また起きる。それだけだ。


 ただ、明日からは、横を歩く誰かがいる。それは、前の世界では当たり前だったことだ。この世界に来てから初めて、それが手元に戻ってきた。


* * *


 翌朝、ミアは早く起きていた。


 アレクが台所に降りていくと、ミアはすでに薬草の束を並べ、種類ごとに整理していた。「先生、おはようございます」と顔を上げた。声が明るかった。昨晩までの怯えた様子が、消えていた。


「これ、種類別に分けました。あと、消毒液の作り方、教えてください」


「順番にやる。まずは煮沸の手順から」


 ミアが頷いた。土鍋に水を張り、火を起こす。アレクが横で説明した。煮沸の温度、時間、容器の選び方、煮沸後の取り扱い——一つずつ。ミアは羽根ペンを傍らに置き、要点を書き取っていった。


 文字が、昨日より落ち着いている。手の震えがない。


「先生、これ、どのくらい煮ればいいですか」


「沸騰してから十分以上。それで大半の雑菌は死ぬ」


「えっと……雑菌って、目に見えないんですよね」


「見えない。けれど存在する。前の世界では、顕微鏡という道具で見えた」


「顕微鏡」


「光と凸レンズで、小さなものを大きく見る道具だ。この世界にもガラス職人はいる。いずれ作れるかもしれない」


 ミアが目を輝かせた。「作れたら、先生、見せてくれますか」


「作れたらな」


 ミアが頷いて、土鍋の沸騰を確認した。湯気が天井に上がっていく。


* * *


 昼前、コウルが「先生、紙と炭筆、欲しいって言ってたよね」と言って、土間に入ってきた。


 手に持っていたのは、薄い紙の束と、削った炭の棒だった。コウルが昨日のうちに、近所の文房具屋に頼みに行ったらしい。「金は、ボクたちのお小遣い貯めたやつ」と恥ずかしそうに言った。


 ミアが「ありがとう」と言って、両手で紙を受け取った。それから、コウルの頭を撫でた。


「ミアねえちゃん、字、上手だね」とコウルが言った。


「教会で覚えました」


「教会のことは——」とコウルが言いかけて、口を閉じた。アレクが「いい話じゃない時もある」と言った。コウルが頷いた。


 ミアが紙を抱え直した。「先生、これに記録、つけていきます」


「頼む」


 ミアが微笑んだ。それから、コウルに「ありがとう、後で字、教えてあげる」と言った。コウルが「いいの?」と目を輝かせた。「もちろん」とミアが頷いた。


 アレクは黙って二人を見ていた。前世でも、こういう光景があった。研修医が小さな患者の家族と打ち解けていく瞬間。場のあたたかさが、医療の質を上げる——前世では理屈で知っていたことが、この世界でも変わらないと、改めて思った。


お読みいただきありがとうございます。

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