第59話 患者だ
翌朝、アレクはカーラを連れて王宮に行った。
道中、二人とも多くを話さなかった。王都の朝の通りはまだ人が少なかった。商店が一軒ずつ扉を開け始める音が、規則的に背中で響いた。
「何をするつもりだ」とカーラは道中で言った。
「先手を打ちます。教会が公表する前に、こちらから経緯を説明する」
「私の過去を公開するのか」
「隠すより公開した方が強い。隠しているものは暴露されるが、自分で先に言ったものは弁明がある」
「……それが有効だと思うか」
「有効かどうかは確かではない。でも現時点で最善の手です」
カーラが「……勝手なことを」と言った。怒っているわけではなかった。
* * *
国王の執務室には、書類の束と、いくつかの地図と、半分閉じた窓があった。朝の風が紙を一度だけ揺らした。アレクが頭を下げ、カーラも倣った。
国王の執務室で、アレクは話した。
「カーラという人物について報告があります。彼女は過去、教会系の暗殺組織に属していました。その組織の命令で私の抹殺を依頼されましたが、遂行しませんでした。現在は私の医療チームの護衛として働いています」
国王が筆を止めた。書類から顔を上げた。
「……それを今日、わざわざ言いに来たのか」と言った。
「教会が彼女の過去を暴露して、『犯罪者を抱えている』と攻撃してくる前に、陛下にご報告する必要があると判断しました」
「その女は何者だ」とアルバート3世はカーラに言った。
カーラが「カーラと申します。元暗殺者です」と答えた。
「なぜ教会の命令を断った」
「……対象の患者を診る姿を見ていたからです」
「患者」
「私が殺すはずだった男が、患者を診ていました。三日間見て——依頼を断ちました」
国王がアレクを見た。「……お前が人を口説く方法は珍しいな」
「口説いた覚えはありません」
「そうだろうな」と国王は言い、少し間を置いた。「カーラへの訴追は不問とする。ただし今後の行動については責任を持て」
カーラが「……はい」と言った。
「ハルト・アレク」と国王は言った。「お前はいつも予測できないことをやる。面白い」
「ありがとうございます」
「褒めていない」とアルバート3世は言い、手を振って退室を促した。
* * *
王宮の外に出た。
カーラが「……なぜそこまでする」と言った。廊下での言葉の繰り返しだった。
アレクが「お前も俺の患者だ」と答えた。
カーラが「……患者」と言った。聞いたことのない言葉を聞き返したような口調だった。
「カーラは昔、化膿性骨髄炎の手術を俺が行った。患者は退院後も医師の管轄下にある。お前は退院していない」
「……それは医療の話か」
「医療の話です」
カーラが歩を止めた。アレクも止まった。王宮の門を出た先の街路で、二人きりだった。
「医療の話、ということにしておく」とカーラは言った。「その方が、お前にとっても私にとっても楽だ」
「楽な方を選びました」
「……お前は」とカーラが言いかけ、止めた。続きは言わなかった。歩き出した。アレクも横に並んだ。
カーラが「……」と黙った。それからアレクの前では珍しいことだったが、苦笑した。声を出さない笑い方だった。
「……患者か」とカーラは言った。「それでいい」
「よかった」
「患者として、先生についていく」
アレクが「よろしく」と言った。それだけだった。
カーラが「……うるさい」と言った。何もうるさいことは言っていなかった。しかし怒った顔ではなかった。
「一つ聞いていいか」とカーラは言い、歩きながら横を向いた。
「どうぞ」
「患者として、という話が——本音か」
アレクが「本音です」と言った。「ただし」
「ただし、何だ」
「本音が医療の言葉に収まっているかどうかは——俺には、まだ分からない」
カーラが「……」と黙った。冬が近い空は高く、澄んでいた。
* * *
医療所に戻ると、ミアとシルヴィアが待っていた。
「お帰りなさい」とシルヴィアは言った。「陛下の判断は」
「不問。条件付きで」とアレクは答えた。
ミアが「よかった……」と両手を胸の前で握った。
カーラが「面倒をかけた」と短く言った。
「面倒じゃないです」とミアは言った。「カーラさんがいないと、私たち困るんです。診察の合間にカーラさんが見回りに来てくれないと、外の安全が分からなくて落ち着かない」
「気づいていたのか」とカーラが言った。
「気づいていました」とミアは答えた。「私の魔力感知は、カーラさんの動く気配にも反応するんです。屋根の上で気配が消えるとき、私は安心して診察に集中できる」
カーラが「……そうか」と言った。聞いたことのない声色だった。
シルヴィアが「ついでに言えば、屋根の上で見張ってくれていることも、皆気づいていますよ」と言った。
カーラが「……気づいていたのか」と聞いた。
「気づいていました。気づかれないつもりだったんですか」
「そうだ」
「下手ですね」とシルヴィアは言った。
カーラが「……ふん」と言った。それから、初めてに近い顔で笑った。声を出さない笑い方だったが、肩が動いた。
ミアが「カーラさん、笑った」と小声で言った。
「笑ったら悪いか」
「悪くないです、嬉しいです」
アレクが手帳を開いた。「次の予定です。明日は東地区の経過観察。あさっては議会の補足説明。来週は医術師学校の設立準備の会合」
ミアが「先生、休む日は」と聞いた。
「ありません」
「先生」
「……入れます。一日だけ」
ミアが「明日、入れてください」と言った。
「明日は東地区です」
「あさってでも」
「あさっては議会です」
「先生」
「……分かりました。来週のどこかで」
ミアが「絶対に、ですよ」と言った。
カーラが横で「先生、お前は患者にだけ厳しい方がいい」と言った。「お前自身に厳しいのは、こちらが困る」
アレクが「……分かりました」と返した。
四人が次の手帳の頁を開いた。次の患者は、まだ誰なのか分からない。それでも明日の朝には、誰かが扉を叩く。それが、この医療所の日常だった。
夜、カーラが屋根の上で見回りをしていた。ミアが診察記録の整理をしていた。シルヴィアが法案の追加修正案を書いていた。アレクが、明日の患者リストを並べていた。
四人とも、それぞれの仕事をしていた。それぞれの場所で、それぞれの仕事をしていた。それが、四人で一つのチームになっているということだった。
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