第52話 異端審問
審問の場は、教会の大広間だった。
中央に審問席、その対面に被審問者の席。両側に傍聴席。傍聴席にはシルヴィア、カーラ、ミアが座っていた。その他に貴族数名、文官、そして一般市民も入っていた——公開審問だったからだ。
レヴァンが審問委員長として中央に座っていた。「本審問はハルト・アレクの治療行為が聖典に違反する疑いについて事実確認を行う。聖典第百二十三条——魔法なき治癒の行為は悪魔の業に連なると定める」と宣言した。
「その条文について確認させてください」とアレクは言った。「第百二十三条は、いつ、誰によって書かれたものですか」
レヴァンが「聖典の条文に著者はない。神の言葉だ」と答えた。
「神の言葉が改訂されることはありますか」
「神の言葉は不変だ」
「では、教会の内部記録によれば、この条文は約三百年前の枢機卿会議で追加されたとあります。それ以前の聖典には存在しない文章です」
室内がざわめいた。
カーラが傍聴席から文書を持ってきた。事前に入手した教会の内部記録——条文の改訂履歴が記された写しだった。アレクはそれを審問委員に差し出した。
「この記録によれば、当時の枢機卿会議は『民間の医療業者が台頭し、教会の収入が減少している』という理由から、この条文を追加しています。神の言葉ではなく、経済的な動機による改訂です」
「それは——」とレヴァンが言いかけた。
「反論があれば、どの条文が改訂前から存在したか示してください。記録で確認できます」
レヴァンが黙った。
傍聴席がざわめいた。
一人の貴族が声を上げた。「……神の言葉に、都合のいい改竄があっていいものか」
その言葉が広間に広がった。
レヴァンが「この記録の真偽は未確認だ。審問を継続する」と言おうとした。しかし傍聴席の視線が変わっていた。疑問の目だった。——審問委員の端に座っていた一人が、記録写しを受け取った瞬間、視線を手元に落としたまま上げなかった。
* * *
審問は二時間続いた。
レヴァンが「神聖なる治癒の伝統は千年の歴史を持つ」と主張した。
「記録で確認できますか」とアレクは問い返した。「先ほどお示しした改訂記録によれば、第百二十三条の追加は約三百年前です。千年の伝統とは何を指しますか」
レヴァンが「……神聖な教えは文書に記録されるものではない」と答えた。
「では先ほどの審問で引用された条文番号は、記録に基づいていましたか、神聖な教えに基づいていましたか。どちらか一方のはずです」
傍聴席で誰かが低い声で言い合う音がした。
レヴァンが「魔法なき治療行為が患者を危険にさらした事例がある」と言った。
「具体的に何名か、記録をご提出ください。私の方はこの三か月間、東地区で治療した四十三名の経過記録を提出できます。魔法による治療と比較した数字もあります」
ミアが傍聴席から記録帳を差し出した。アレクはそれを審問委員に示した。記録帳には患者ごとの来院日、症状、処置内容、経過、退院日が並んでいた。横の欄に魔力感知で確認した治癒の進行度がミアの字で書き加えてあった。
審問委員の一人が記録帳を受け取り、めくった。「この四十三名のうち、亡くなった者は」と聞いた。
「二名です」とアレクは答えた。「うち一名は来院時にすでに脳機能が停止していた高齢者。もう一名は外傷後の合併症で、来院から五日後に肺の感染症で亡くなりました。それ以外の四十一名は退院しています」
「教会の治癒師による同期間の死亡率は」
「正式な記録は教会側にあります。私の方では、東地区の住民から聞き取った範囲で——重篤患者の生存率がおよそ半分です」
審問委員が記録帳を閉じた。何も言わなかったが、ページを戻す指の動きが止まっていた。
レヴァンが「魔法なき治療が神への冒涜である根拠」をさらに示そうとするたびに、アレクが「その根拠の出典は」「その条文はいつ成立したか」「その事実の記録はあるか」と問い返した。感情ではなく、記録と事実だけで問い返した。
レヴァンが「異邦人の知識は信頼に値しない」と言ったとき、アレクは「異邦人かどうかは事実関係に影響しません。治療の結果が記録されています」と返した。
レヴァンが「異邦人云々」を別の角度から繰り返すたびに、傍聴席のざわめきが大きくなった。論点が逸れていることが、傍聴席にも伝わっていた。
貴族の一人が立ち上がった。「審問委員長、本論に戻していただきたい」と言った。
レヴァンが頷いた。引き戻された議論で、レヴァンが提示できるのは結局、最初の聖典条文だけだった。それはすでに記録の改訂履歴で揺らがされていた。
レヴァンは答えられなかった。口を開きかけ、止まることが何度か続いた。記録と事実の前では、それ以上に言える言葉がなかった。
最終的にレヴァンが「本日の審問はここで終了する。継続審議とする」と宣言した。
室内が静まった。
継続審議——これはレヴァンが答えを出せなかったということだ。異端と断定できなかった。
アレクが広間を出ると、三人が廊下で待っていた。
「……神の言葉に、都合のいい改竄があっていいものか」とミアが言った。傍聴席で聞いたその言葉を繰り返した。「誰かが言ってくれてよかった」
「傍聴の貴族の方が言いました。俺は言ってない」
「でも先生が引き出したんです」とミアは言った。「先生が質問しなければ、あの記録は出てこなかった」
アレクは答えなかった。しばらくしてから「一つ気になることがある」と言った。
「なんですか」とミアが聞いた。
「審問委員の中に、記録を見た瞬間に視線を外した者がいた。レヴァン以外に」
ミアが「……誰ですか」と言った。
「名前はまだ分からない」とアレクは言った。
ミアが「……先生、どうして気づいたんですか」と言った。
「視線が止まる人間には、理由がある」とアレクは言った。
シルヴィアが廊下の端から戻ってきた。「傍聴記録の書き起こしが終わりました。発言の主要部分はすべて押さえてあります」
「ありがとうございます。継続審議扱いになった以上、後続の動きが必ず来る。記録は王宮にも提出できる形にしておいてください」
「分かりました」
カーラが「教会の出口に何人か残っている」と低い声で言った。「敵意を持って見ている。退出時の警戒は怠らない方がいい」
アレクが頷いた。三人を順に見た。「ありがとう。今日は皆の働きで成り立った」
ミアが「先生も、お疲れ様でした」と言った。
四人で教会の階段を降りた。庶民街から来た傍聴人の一部が、まだ広場に残っていた。アレクが通ると、何人かが頭を下げた。誰も声を上げなかった。それでも視線が動かないことが、傍聴の全員にとって何かを示していた。
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