第51話 審問へ
召喚状が届いたのは、疫病の封鎖が解除されて三日後だった。カーラがまだ水路管理者の調査を続けている最中のことだった。
使者は教会の見習い神官で、黒い封筒を手渡して頭を下げ、何も言わずに帰った。封筒には教会の印章が三つ捺してあった。三つは正式の異端審問召喚を意味する数だった。
「神聖アスクレピオス教会異端審問委員会による召喚状」という名目で、レヴァン神官の署名が入っていた。「魔法なき治療行為は異端行為に該当する疑いがあり、公開審問により事実確認を行う」という内容だった。
カーラが「これは罠だ。逃げましょう」と言った。
「逃げない」とアレクは言った。
「公開審問は教会の場だ。有利な条件で戦わせてもらえる保証はない」
「分かっています。でも逃げれば教会が『逃げた』という事実を使う。それは俺たちより教会に有利だ」
「審問で勝てると思っているのですか」
「証拠がある」とアレクは言った。「証拠を示せれば審問の場でも戦える、という計算です」
カーラが「……その証拠とは」と言った。
「まだ手元にない。三日で集める」
シルヴィアが「同席できますか」と言った。
「来てもらえますか。法的な観点からの援護が必要です」
「もちろんです」とシルヴィアは言った。「公開審問である以上、傍聴記録は法的証拠になりえます。発言内容は書き起こしておきます」
ミアが「先生、もし最悪の場合、異端と認定されたら——」と言いかけた。
「認定されれば俺は処刑か追放です」とアレクは事実だけを言った。「だから認定させない。逆転できる材料はある」
ミアが「先生」と言った。声に何かが詰まっていた。「先生が一人で審問の場にいくのは、絶対に……いや、何でもないです」
「言ってください」
「私も来ます」とミアは言い直した。「傍聴席なら入れるんですよね。傍聴席にいます」
アレクが頷いた。「来てください」
カーラが「私は妨害が入る場合の備えをする。傍聴席の周辺と退出経路を確認しておく」と言った。
シルヴィアが「教会内部に協力者がいると言いましたね」と言った。「リスクは。協力者が暴露されれば、その人物の命が危ない」
「分かっています。だから慎重に動きます。文書だけ受け取り、提供者の名前は伏せる」
* * *
審問が三日後に設定されていた。
その三日間、アレクは準備をした。
カーラに教会内部の文書を入手するよう依頼した。「審問で使われる可能性のある聖典の条文と、その成立経緯に関する記録」が必要だった。カーラが「どういう伝手で入手すれば」と聞き、アレクが「ドナトゥス枢機卿への接触を試みている者がいます。そちらから話を聞けますか」と答えた。
「……ドナトゥスへの接触とは」
「教会全体が間違っているとは限らない。枢機卿の中には、レヴァンの暴走に懐疑的な者もいるはずです。そこから情報を取れれば、審問の準備が整う」
カーラが「……お前は教会の中に協力者を作ろうとしているのか」と言った。
「制度を変えるには、制度の内側からの声が必要になることがある。全員を敵にする必要はない」
カーラが動いた。
二日目の夜、カーラが帰宅したとき、靴に泥がついていた。普段は泥がついた状態で戻ることはなかった。場所を選んだ移動だったということだ。
翌夜、カーラがテーブルに一枚の写しを置いた。
「ドナトゥス枢機卿の書記官から。教会書庫にある聖典条文の改訂記録の写しだ」
アレクが手に取った。改訂日時、審議内容、追加の経緯が記されていた。第百二十三条の項に、「民間医療業者の台頭により教会収入が減少したことへの対応策として、当該条文の追加を審議する」という一文があった。
「三百年前の枢機卿会議の記録です」とアレクは言った。「神の言葉ではない。人間が経済的な理由で追加した条文だという証拠になる」
カーラが「……使えるのか」と言った。
「使えます」
ミアが「これで本当に勝てるんですか」と聞いたのは三日目の夜だった。写しの写しを手に持ち、アレクの隣に座っていた。
「勝てるかどうかはまだ分からない。でもこれを審問の場に出せば、傍聴人の前で事実が立証される」
「教会が偽物だと言ったら」
「この記録が本物だと知っている者が教会の内部にいる。偽物と主張すれば、その人間が矛盾を証言することになる」
ミアが「……先生は手を全部読んでいるんですね」と言った。
「読める範囲だけです」
「先生の読める範囲は、たいてい十分です」
アレクは答えなかった。三日間、準備が続いた。
「俺が一人で行きます」と審問の前日、アレクはシルヴィアに言った。
「危険です」
「同席は認められていません。傍聴なら認められる。公開審問なので傍聴人として来てください。カーラも」
「……分かりました」
「ミアは」
「来ます」とミアは言った。「先生が一人でいく場所に、私一人でいないわけにはいきません」
アレクが「理由が謎ですが、来てください」と言った。
ミアが「理由はあります、言いませんけど」と小声で言った。
その夜、アレクは記録をひと通り並べ直した。
審問で出すべき順序、想定される反論、その反論への返し方。前世の医療裁判で証人台に立ったときの感覚が戻ってきていた。あのときも、相手は感情で来た。こちらは記録で返した。記録は書いた人間が誰であっても、書かれた内容は変わらない。だから記録は強い。
ミアが寝る前に「先生、まだ書いているんですか」と扉から覗いた。
「もう少しで終わります」
「無理しないでください」
「無理ではありません。準備の量で勝敗が変わる場面です」
ミアが「……分かりました。私、お茶を入れます」と言って、しばらくしてから茶を運んできた。机の端に置いた。
「ありがとう」
「先生、勝ってくださいね」
アレクが顔を上げた。「方針は決めています。あとは現場の対応です」
「勝つ、とは言わないんですね」
「勝つかどうかは相手の出方次第です。決めているのは俺の手順だけです」
ミアが「……はい」と言い、扉を閉めた。アレクは茶を一口飲んでから、また紙に向かった。
* * *
翌朝、アレクが審問の場に近づくと、教会の前に普段より多くの人が集まっていた。公開審問の告示が広まったのだろう。庶民の顔もあった——東地区から来た者が何人か、アレクを見て頭を下げた。治療した患者だった。審問委員席に、どの顔が並ぶのか。それだけがまだ分からなかった。
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