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治癒魔法なんて要りません 〜転生外科医が教会の独占をぶち壊す〜  作者: いなばの青兎
対立勃発編

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第48話 封鎖

 東地区に着いたのは昼前だった。


 王軍の兵士たちが地区の入り口に立っていた。住民が混乱していた。「なぜ封鎖するのか」「どこに行けばいいのか」という声が飛び交っていた。


 封鎖線の手前で、アレクが指揮官に書類を渡した。王の印章が捺された命令書だった。指揮官が確認し、「医療担当の方々はこちら」と兵士に通達した。


 ミアが「先生、人がこんなに……」と圧倒された顔で言った。


「想定より多い」とアレクは言った。「予測した感染者数の二倍近い。動きが速い」


「どこから始めますか」


「重篤患者の選別から。まず歩けない者を集める場所を作る。歩ける者は別の建物に分ける」


「分けたら、看護はどうしますか」


「歩ける者の中から、症状の軽い者を看護役に立てる。完全な隔離は難しい。動ける者を巻き込まないと回らない」


 ミアが「軽い人にも、感染リスクは……」


「あります」とアレクは認めた。「だから手洗いと煮沸を徹底させる。リスクを完全にゼロにはできない。減らせる範囲で減らす」


 ミアが頷き、患者の選別作業に入った。


 最初の一時間で三十人を分けた。歩ける者が二十人、歩けない者が十人。歩けない者の中に、すでに意識が混濁し始めている者が三人いた。それを最優先にした。


「私が説明します」とシルヴィアが言い、住民の中に入っていった。


「封鎖は皆さんを守るためです。病気の原因となっている水を使わないよう、別の水源をご案内します。三日間の食料と水は王家が手配します。動かないでいてください」


 声が大きく、はっきりしていた。貴族の令嬢が庶民街に立って話す。その光景だけで住民の目が変わった。嘘ではないと感じられる何かがあった。


* * *


 問題が起きたのは午後だった。


 教会の治癒師三人が封鎖線に現れた。「神の水路を汚染扱いするとは不敬だ。封鎖を解け」と叫んだ。


 王軍の兵士たちが戸惑っていた。相手は教会の神官だ。王命はあるが、神官に対して剣を抜くのは別問題だった。


 カーラが前に出た。


「通れません」と言った。


「何者だ、貴様は」


「医療チームの護衛です。王権直属の医術師の活動を妨害すれば、王命に対する違反になります」


 治癒師の一人がカーラの前に立った。「退け。神官が通れぬというのか——」


 次の瞬間、その治癒師は地面に座っていた。


 誰も何が起きたか分からなかった。カーラが動いたのは分かったが、速すぎて見えなかった。倒した様子もなく、ただ治癒師が地面に座っていた。


「痛みはありません」とカーラは言った。「ただし次に踏み込めば、そうはいかない。引き返してください」


 残りの二人が顔を見合わせ、引き返した。


 二人が歩み去った後、王軍の兵士の一人がカーラに頭を下げた。「助かりました」と低い声で言った。神官に剣を抜けという命令を背負わずに済んだ、という顔だった。


 カーラは答えなかった。短剣の柄から手を離し、また封鎖線の脇に戻った。動作の無駄はなかった。


 シルヴィアが住民の方に戻ってきた。「水の配給は北の広場で行います。一世帯につき一日分。担当が世帯名簿で確認します」と告知して回った。声を張らずに、一軒一軒のそばで丁寧に伝えた。住民の中には不安で泣き出す老人もいた。シルヴィアが「三日です。三日で目処を立てます」と繰り返した。


 その三日が嘘ではないと思わせる声だった。住民の動揺が、少しずつ落ち着いていった。


* * *


 感染患者を建物の一区画に集め、健康な者と分けた。


 アレクとミアが患者を診て回った。発熱、下痢、脱水。重篤な者には水分補給を優先した。ミアが魔力感知で各患者の状態を素早く確認し、優先順位をつけた。


「先生、この人と、こっちの二人が特に危ない状態です」とミアが言った。


「分かった。そちらを先にやります」


 三時間で重篤患者の処置が終わった。他の患者も安定化の処置を続けた。日が傾き始めた頃、アレクが「今日はここまで」と言った。


 ミアが「明日も来ますか」と聞いた。


「毎日来ます。回復の経過を見ないと判断できない」


「分かりました」


 処置道具を洗い、汚染されたものを分けた。患者の記録をミアが更新した。仕事が終わるたびに、次の仕事が来た。


「お前はよく動けました。今日は助かった」


 ミアが「先生が指示してくれたから」と言った。


「お前が判断してくれたから俺が動けた。二人いないとこの規模はやれない」


 ミアが「……そうですか」と言い、道具袋を整えながら顔を赤くした。


「先生」とミアは言った。「今日、先生が動いてくれたから患者が助かった。でも先生がいなかったら……と思うと」


「それが俺の仕事です」とアレクは言った。


「私も早く、先生がいなくてもできるようになりたいです」


「なれます。お前は既になっています」


 ミアが「……そうですか」と言い、道具袋を抱えて立った。赤くなっていた顔が、少し違う理由でまた赤くなった。


* * *


 夜の封鎖区域は、思っていたより静かだった。


 日が落ちると住民の声が消えた。患者の隔離部屋からは時折咳と呻きが聞こえたが、それも低かった。王軍の兵士が交代で見回り、たき火の音だけが規則的に響いていた。


 アレクは記録帳を開き、患者の数値を書き写していた。発熱、脱水度、意識状態、感染の進行段階。一人につき四項目。書き出した数字を見て、小さく息を吐いた。


「先生」とミアが隣で羊皮紙を開いていた。「明日重点的に診るべき人、五人選びました」


「読み上げてください」


 ミアが名前と症状を読み上げた。アレクは聞きながら、自分の判断と照合した。三人は一致していた。二人は違った。


「最後の二人、どうしてその人たちを選びましたか」


「……勘です」とミアは言った。「魔力感知の光が、他の患者と少し違いました。うまく言えないんですけど」


「言える」とアレクは言った。「光の何が違いましたか」


「広がり方が、こう……揺れている感じで」


「不安定ということです。安定している感染と不安定な感染は違う。お前が感じたのは、悪化の前兆だ」


 ミアが「そう……ですか」と言った。


「お前の感知は、お前が思っているより正確だ。今後は判断を声に出してください。俺と照合できる」


「分かりました」


 夜が更けていった。たき火の音と、患者の呼吸音と、ペンを動かす音。それだけが続いた。


お読みいただきありがとうございます。

続きも毎日更新予定です。作品フォロー、評価、ブックマークで応援いただけると励みになります。

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