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治癒魔法なんて要りません 〜転生外科医が教会の独占をぶち壊す〜  作者: いなばの青兎
対立勃発編

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第46話 流行の兆し

 医術師認定証を受け取った翌週から、患者の数が変わった。


 以前から来ていた庶民街の患者に加えて、「合法の医術師がいると聞いた」という触れ込みで、東地区からも人が来るようになった。王宮の勅令が広まるのは早かった。


 ミアが受付の帳面を見て「先生、今週は四十人を越えました」と言った。


「先週の倍だな」


「もう少しすると、診察の回転が追いつかないかもしれません」


「予約制を入れる時期です。明日から、緊急患者と予約患者を分けます。お前と俺で振り分けを決める」


「私が判断していいんですか」


「お前の判断で構いません。緊急かどうかは魔力感知で大体つかめます。間違えても俺が後で確認する」


 ミアが「分かりました」と言って帳面に印を入れた。手の動きが少し速くなっていた。


 アレクは一日の診察が終わると、その日の患者データを見直す習慣があった。症状、年齢、地区、来院の経緯。個々の患者を診るだけでなく、数字として見ると別のものが見えることがある。


 前世でも同じことをしていた。一日の終わりにカルテを並べ直す。一人ずつ診ていたときには見えない傾向が、束にすると姿を現す。流行性疾患の初期は、いつもそうだった。最初の数例は単発の風邪に見える。三日目あたりから、地区と症状の偏りが浮かぶ。そこで動けなければ、次の週には数十人が同じ症状で運ばれてくる。


 東地区から来た患者の記録を並べながら、アレクは止まった。


「ミア」


「はい」


「東地区の患者、今週何人来ましたか」


「えっと……」とミアが記録帳を確認した。「七人です。先週は二人でした」


「症状は」


「高熱と、消化器系のものが多かったです。あと二人が皮膚に発疹があると言っていました」


 アレクが記録を手に取った。東地区。高熱。消化器症状。皮膚発疹。


「カーラ」とアレクは言った。「東地区に知り合いはいますか」


「何人か。何を調べる」


「この一週間で、体調を崩している者がどのくらいいるか。それと、東地区の飲み水の水源がどこか」


 カーラが「……水源」と言った。「教会が管理している共同水路だ」


 アレクが頷いた。記録に「コレラ系感染症——水源汚染の可能性」と書いた。「明日まで待てない。今日中に確認する」と言い、立ち上がった。


 ミアが「一人で行きますか」と聞いた。


「カーラに聞きながら、まず東地区を自分の目で見る。数字と現場は違うことがある」


 ミアが「先生、私の魔力感知も持っていきますか」と道具袋を引き寄せながら言った。


「現地でひと回り見るだけです。患者の触診はしない。お前は医療所で待機。ここで診察を続けてくれた方が助かる」


 ミアが「……分かりました」と言った。少し残念そうな顔をしてから、すぐに引き締めた。


 シルヴィアが書類から顔を上げた。「東地区から、と言いますが、現場の地理を知らずに動くのは危険です。地図を持っていきますか」


「持っていきます」とアレクは言った。


 シルヴィアが書類の山から王都の街区図を引き出して、東地区の頁を開いた。共同水路の位置に印が入っていた。教会の管理区画と、住民の生活圏が重なっている場所だった。


「水源と居住地が密接しすぎている」とアレクは言った。指先で地図をなぞった。「汚染が始まれば一気に広がる構造だ」


「教会の管理に問題があるということですか」


「管理ではなく、設計です。共同水路の構造そのものが、汚染に弱い。教会が悪意で何かしたかどうかは別の話で、構造として脆い」


 シルヴィアが頷いた。「私からも一つ。議会経由で水路の設計記録を取り寄せます。役に立つかもしれない」


「お願いします」


* * *


 翌日、カーラの調査結果が来た。


「東地区の住民で発熱・下痢の症状を訴えている者が、少なくとも四十人以上。うち五人が重篤。教会の治癒師が来ているが、祈祷のみで症状は改善していない」


 アレクは「思ったより速い」と言った。


 シルヴィアが「教会はどう対応していますか」


「神罰だと言って隔離もしていない。患者同士が接触したままになっている」


「隔離しなければ広がる一方だ」


「それと、住民への説明が足りていない。何が起きているか分からないと、住民は教会の祈祷に頼る。祈祷で治らないと諦めて、家族にうつす。連鎖が止まらない」


 シルヴィアが「告知の文面、私が用意します」と言った。「読み書きできない世帯にも届く形で。庶民街の自治会経由なら一日で広まります」


「今すぐ封鎖が必要ですか」とシルヴィアが言った。


「今すぐです。水源を変えて、感染者を隔離して、新規感染を止めるには今が最後のタイミングかもしれない」


「国王への直訴が必要ですね」


「俺が行きます」


「危険な状況で一人で王宮へ行くんですか」


「感染地区を放置する方が危険です。一週間後には死者が数百人規模になる。その前に動かなければならない」


 シルヴィアが「……分かりました。父を通じて王宮への連絡を取ります。あなたは直接行きなさい」と言った。


 アレクはすでに上着を羽織っていた。


「私も行きます」とミアが言った。道具袋を肩にかけながら。


「現場は感染区域です」


「分かっています。でも患者の状態を直接確認するには、私の魔力感知が要ります」


 アレクが手を止めた。昨日「現場には来るな」と言った自分の判断を、状況が変えていた。重篤化の兆候があるのなら、感知の精度を持つ者が必要になる。論理が傾いた。


「……そうだな」と言い、扉を開けた。


 ミアが頷いた。手袋と消毒布を袋に追加した。手の動きに迷いはなかった。


 カーラが「教会の妨害が来るかもしれない」と扉の前で言った。「装備は整えてある」


「無用な衝突は避けたい」とアレクは言った。「ただし住民を守るための一線は譲らない。お前の判断に任せます」


 カーラが「分かった」と短く答えた。


 シルヴィアが「私は議会への根回しを始めます。封鎖の正式承認には王の署名が必要になる。父を経由する筋を作っておきます」


「助かります」


 四人が同時に動いた。


 感染源は教会が管理する共同水路——それが確認できれば、単なる疫病ではなく制度の問題だ。そこまで話を持っていければ、王は動く。計算は合っていた。——しかし計算していなかったことが、一つあった。汚染の広がり方が「均一すぎる」可能性。それは現場を見るまで分からない。


お読みいただきありがとうございます。

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